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第44話:永遠の眠りを司る墓の守護者ネヘブ


 ハリムが目を覚ますと、まだ祭壇の上だった。

 

 

 「おお!目を覚ましたか」

 

 珍しい黒髪黒目に黒コート姿の青年が覗き込んでいた。

 その背後に、崩れた大壁画が視界の片隅に入った。

 あれは夢ではなかったのだな、とショックの余韻がハリムの胸に蘇る。

 

 

 「……夢ではない?はっ!あのドラゴンは!?」


 慌てて身を起こすと、長い金髪を後ろで束ねたエルフが険しい顔でエーギルの傍らに座っているのが見えた。

 大輪の白百合のような美貌に似合わず、豪快に胡坐をかいている。


 「さっきのドラゴンのことか?それならお前の目の前にいるぜ」

 エルフは顎で黒髪の青年を指した。

 

 ハリムは黒髪の青年の背に、黒く太い尻尾があることに気づく。

 濡れた蛇の鱗のように艶やかな黒鱗。鈍く虹色を帯びるその輝きは、竜人のものとは異なっていた。

 先端には鋭い棘があり、まるでドラゴンの尾だ。

 しかし、どうしてもハリムの中で彼とあのドラゴンが結び付かない。

 

 「……?どういうことだ?」


 「俺はクロ!エーギルの従魔のドラゴンだ」

 訝しむハリムに、元気よく名乗る黒髪の青年。

 頭のアイマスクには目が描かれており、魔道具なのか器用にウィンクまでしてみせる。

 


 (あのエーギルに従魔……?いや、そもそもエルフは従魔契約自体が──)

 理解も思考も追いつかないハリム。思わず、信じられないとでも言うように首を振る。


 「……わからんって顔してるな。見せたほうが早いか」

 そう言うや否や、クロは祭壇から飛び降りた。

 

 次の瞬間、黒い霧が噴き上がる。

 その中から現れたのは、先ほどの四つ眼の巨大な黒竜だった。

 見上げるほど高いはずのこの祭壇が、その首元にすら届いていない。


 紫色に光る四つ眼に見下ろされながら、ハリムはようやく理解した。

 目の前の存在が、あの黒髪の青年なのだと。


 「……なるほど、分かった」

 

 「うむ、わかればよろしい!」

 尊大に頷きながらクロは人姿に戻り、祭壇へ降り立つ。


 混乱を飲み込むしかないハリムに、背後から声がかかる。

 「……こいつがエーギルの従魔になったのは色々あってな。俺はヨナだ。」

 

 「──ヨナ?まさかラルツィレ支部の?」

 

 その言葉にヨナが頷く。

 

 「ああ。俺はラルツィレ支部の副ギルドマスター、ヨナ・リネンだ。お前はハリム・ザカリアで間違いねェか?俺たちは捜索依頼を受けて来た」

 

 彼の懐から取り出されたのは、デリッツダムギルド発行の捜索依頼書。


 ハリムは、まさか自分の捜索依頼にこんな大物が動くとは思わず、驚きながらも頷く。

 「……ありがたい。もう一生ここから出られないかと思っていた。ヨナ殿、感謝する」

 


 「感謝するのはまだ早ェ。まずはこの砂漠を出てからだ」

 

 ヨナの緑色の瞳が、ハリムを鋭く睨む。

 「──ハリム、お前は……”闇神復活を望む者”なのか?」

 

 ハリムは首を振り、懐から一枚の書状を取り出す。

 「違う。僕は学者として、そしてルド一族の末裔として、真教典を知りたいだけだ。疑うならこれを見てくれ」


 「……!これは聖女アストレアの刻印入りの誓約書か。驚いたな」

 

 「聖女アストレア?」

 クロが横から書状を覗き込み、首を傾げる。

 

 「王都にいる、《全視の聖眼》を持つ聖女だ。その眼は、嘘も真も、本質までも見抜く。この誓約書の持ち主は、その契約により──嘘をつけば死ぬ」


 「ずいぶん重い誓約だな……」


 「僕の研究が研究だからな。グロッタ殿が引き合わせてくださったのだ」


 「……あのグロッタが?疑って悪かった。ところで、ギルとはいつ会った?」

 ヨナは書状を畳んでハリムへ返した。

 その切り替えの速さに、副ギルドマスターとしての有能さが垣間見えた。


 

 「エーギルとはついさっきこの祭壇で会ったばかりだ。その時にはすでに昏睡状態だった」

 ハリムは彼を見つけるまでの経緯を説明する。

 

 

 「……やっぱり、これはただの昏睡状態じゃねェな」

 ヨナの眉間に皺が寄る。


 「どういうことだ?」

 クロは心配そうに尋ねる。

 はじめクロは、この昏睡状態はすぐ治療できるだろうと楽観視していた。

 むしろ、不眠症のエーギルがたくさん寝られるから良いのではないか……そう思っていたが、どうやら違うようだ。

 その不安を表すかのように、クロの尻尾が忙しなく揺れはじめる。

 

 「試しにそいつの瞼を開かせてみろ」


 クロはヨナに言われた通り、エーギルの瞼を開こうとするが、開けない。

 ()()()()のではなく、()()()()のだ。

 

 「あれ?開けないぞ……どういうことだ?」


 「これは呪いによる昏睡状態なのだ。それも強力な呪いだろう」

 ハリムは片目を閉じ、思案しながら続ける。片目を閉じるのは彼の癖だ。

 

 「通常、彼には呪いは効かない。竜の呪いによって弾かれるからだ。ならば、この呪いは竜の呪いと同等か、あるいはそれ以上か……。ともかく今の彼には、神話級の強い呪いが二つ重なっている状態だ。長引けば、さすがに命が危ない」


 それを聞いたクロは顔色を変えて、ドラゴン姿へ戻り、天井を見上げた。

 

 「なら急ぐぞ!戻るのはデリッツダムか?いや王都か?」

 どうやら天井を破るつもりらしい。


 「待て!」「やめろ!」

 ヨナとハリムが同時に大声で制止する。


 「遺跡は壊さないでくれ」

 「下手すりゃ戦争になる」


 「……面倒だな、困ったぞ」

 クロは長い首をうなだれさせた。

 


 「そもそもこのレベルの呪いじゃ、外に出ても解呪できるどうかさえ怪しい。犯人をブン殴る方が早ェ」

 

 「おお、それは分かりやすくて良いな。さっさと犯人を殴って出るぞ!」

 

 「ところで、ヨナ殿達はここにどうやって入ったんだ?出口は塞がれていたはずだが」 

 

 「こいつがギルの気配を辿って、穴を開けて入った。……まァそれも砂に埋もれちまったがな」

 

 「そうか……」

 わかりやすく肩を落とすハリム。


 「なァクロ、お前の鼻で出口を探すことは出来ねェのか?」

 

 「俺を犬扱いするな!そうできたら苦労はしないぞ!……クロだけにな。がははは!」

 大広間にクロの笑い声が響く。ドラゴン姿なので大音声だ。

 


 「……一体彼は一体何者なんだ?」

 ハリムは、壁画で見た神々しい闇神ベツゴの姿との落差に、あれは幻もしくはドラゴン違いだったのではないかとさえ思い始めた。

 そんなハリムの心中を知ってか知らずか、その隣でヨナは「それは俺も聞きてェ」と返す。


 「なぁ、呪いをかけた犯人を探すには……」

 クロがそう言いかけたその時。

 祭壇が眩い光を放ち、空中に巨大な魔法陣が浮かび、大広間を光で包み込んでいく。

  

 「うぉっまぶしっ!?」

 「これは転移魔法陣……!」

 「なんだ……!?」


  

 次の瞬間、()()がいたのは暗闇だった。

 漆黒の中、クロの四つ目だけがくっきり紫色に発光し、その目が驚きで丸くなっている。

 

 「おう驚くほど暗いな。なんだここは?」

 呑気に驚く声が暗闇に反響した。


 ハリムは内心、驚くほど表情豊かなドラゴンだなと半ば呆れながら思った。

 なんとなく、エーギルが彼を従魔にした理由が分かったような気がした。

 こいつは他のドラゴンとは違う───暗闇の中、表情が見えないことをいいことに、ハリムはそう思った。

 


 「──む。なにか、いるぞ」

 暗闇で紫に光る四つの眼が細められる。

 


 ドン!と闇の中に音が響く。

 


 ぼう、と暗闇の中で青い炎がひとつ灯った。

 

 闇の奥から声が響く。冥府の底から響くような低くて冷たい声だった。


 「──闇夜に生まれ、砂漠に立つ。ここは無数の魂を見守り、永遠の眠りを司る神殿である」


 またひとつ、ふたつ、みっつ、次々と青い炎が灯り、あたりを照らしていく。

 不思議なことに青白い炎でありながら、蝋燭で灯されたような明るさだった。

 

 やがて闇が晴れ、空間の全貌があらわになる。


 すさまじく広い霊廟だった。

 

 謁見の間のような空間に、あらゆる亡者達が周囲にずらりと並び立っている。

 骸骨そのままの姿から、甲冑を着たものまで、さまざまだった。


 

 未だ晴れぬ闇の先から、ドン!と再び地面を叩く音が重々しく響いた。

 

 その姿は見えないにも関わらず、空気が落ちるように冷たく沈む。

 肺の奥が冷えるような存在感だ。

 亡者達が次々と首を垂れながら、その闇に道を開ける。


 「──ゆえに、我はネヘブ」


 漆黒の闇から抜け出たのは、美しい金色の瞳。

 闇をそのまま塗り固めたような黒く精悍な肉体に、狼の頭。

 冥界を思わせる闇の中で揺れる白い衣。

 クロはそれを見て、エジプト神話に出てくるアヌビスを思い出した。



 「……まさか、あの永遠の眠りを司る墓の守護者……!?」

 ハリムの口から思わず声が漏れる。


 「……成程、汝は神官の子か」

 ネヘブはそれ以上肯定も否定もせず、ただハリムを一瞥する。

 

 そしてクロを見据えて、再び口を開く。


 「神の子よ……汝の瞳に、かつての主の面影を見た。ゆえに、光の勇者は眠らせた。汝と語るために」


 

 ネヘブは杖を再び地面に突き立てた。

 

 ドン、と石床一帯を震わせながら重々しく響く。


 かなり離れているはずなのに、まるで間近で打ち鳴らされているかのようにその振動が直接足裏に伝わってくる。

 身が引き締まる音だとハリムは思った。

 (奈落を見通し得ぬ生者はその音に震え、眼を失った亡者はその音に導かれる……)

 


 「──ゆえに、汝に試練を課す。光の勇者を目覚めさせたくば、我と戦え」

 

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