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第43話:祭壇の上に立つもの


 神学者ハリム・ザカリアは、祭壇の上で考えていた。

 

 頭上からわずかな砂が流れ込み、光を受けて金色にきらめいている。

 

 祭壇に横たわる人物を静かに眺める。

 その姿は、まるで神託を受ける神官のような佇まいだった。

 

 


 ハリムが謎の地下遺跡に閉じ込められて、数日が経つ。


 

 ──数日前、岩の間に謎の横穴を偶然見つけ、好奇心に勝てず階段を降りた結果がこの有様だ。

 

 護衛に雇った冒険者ともはぐれてしまった。

 相手からすれば、「目を離した隙に護衛対象が行方不明になった」ことになる。

 せめて一言かけるべきだった。申し訳ないことをした。

 

 

 まさか地下遺跡があったとは。

 

 本来行く予定だった遺跡は、もう少し先にある廃墟群だった。

 どの資料にも、地下遺跡に関する記載はない。


 ここは間違いなく未発見の遺跡だ。 

 その前人未到の遺跡に、いま自分はいるのだ。


 入り口は流砂で塞がってしまったので、救助は望めないだろう。

 新しい出口を探すしかない。

 

 それでも、ハリムはあまり危機感を抱いていなかった。

 なんとかなるだろうという直感と、「救助を呼ぶのはこの地下遺跡を調査してからでもいいだろう」という研究者としての下心があった。

 

 蝋燭に火を灯すと、暗闇の中でぼんやりと通路の壁が浮かび上がる。

 

 ハリムは遺跡調査で使う灯りは魔力ランプではなく、蝋燭を使うようにしていた。

 照度は大きく劣るものの、蝋燭の方が何かと都合が良いからだ。

 空気の流れや酸素の有無を察知できるだけでなく、魔力を使わないため魔物にも気づかれにくい。


 かろうじて手元が見えるくらいの微かな光を頼りに、壁を這うようにして進んでいく。

 

 (終わりの見えない暗闇を進むのは想像以上に堪えるものだな……)

 ハリムは心中でそうこぼしながら、片手を鞄に突っ込んで予備の蝋燭の残り本数を数える。

 

 そろそろ時間感覚さえ危うくなってきたころ、通路の照明と思しきスイッチを見つけた。

 まだ使えそうだと判断したハリムは、装置に魔力を慎重に流す。

 

 その魔力に呼応した青白い光が一瞬だけ暗闇を走り抜けていくと、通路全体の照明が蘇った。


 次の瞬間、目の前に現れた通路の全貌に、ハリムは息を呑んだ。


 通路の壁全体に彫り込まれた緻密なレリーフ。

 紋様として簡略化されているものの、それは間違いなく、ルドバキ族の闇神教に関わるものだった。

 長い歳月のあいだ誰も通らなかったのか、保存状態は極めて良好だった。


 ハリムは震える手でレリーフに触れる。

「この建築様式は……間違いなく300年前から400年前のもの。信じられない……」

 

 ルドバキ族は世界に戦争をもたらした悪しき種族として、忌み嫌われていた。

 彼らが信仰した闇神教も邪教と見なされ、関連するものはほとんど破壊され尽くしたはずだ。


 「……奇跡だ。僕は夢でも見ているのだろうか」


 通路に使われている石畳の造りも非常に丁寧で、上質かつ貴重な石材が使われている。

 魔物避けにも使われる素材だ。

 

 石畳のすり減りがあまりないところを見ると、限られた人しか入れない施設だった可能性が高い。

 ──つまり、大衆施設ではなく、宗教的に重要な施設か。


 宗教施設。まさに自分の研究分野ではないか!

 ハリムは溢れる好奇心と興奮を抑えることができなかった。


 この遺跡は明らかに、これまで語られていたルドバキ族の闇神教の血生臭い雰囲気とは異なる。

 ハリムはそこに、史実を覆しかねない発見の気配を感じ取っていた。


 護衛の冒険者とはぐれたことも、遺跡に閉じ込められたこともすっかり忘れ、調査に夢中になった。


 

 

 ……そして気がつけば、数日が経過していた。

 

 ハリムは竜人──スラングで言う「トカゲ獣人」だ。

 竜人はわずかな水と食料さえあれば、数日間は飲まず食わずでも生きられる。

 

 非常食用のビスケットはまだ一袋残っているし、この遺跡は驚くべきことに水場がまだ生きていた。

 おそらく、儀式の前に供物や身を清めるための場所だったのだろう。


 これならあと一週間ほどはもちそうだが、そろそろ出ないとまずい。

 地上では大騒ぎになっているはずだ。

 なんとか外部と連絡を取らなければ──そう考えていた矢先だった。


 今日もマッピングをしながら迷路のように入り組んだ通路を進んでいると、奥からザラザラと砂の流れる音がした。

 やがて、ドサリと何か重いものが落ちる音が響いた。


 「……!?」

 考えるよりも先に、ハリムは音のした方へ駆け出した。


 その先にこれまでにはなかった扉が現れて、思わず足を止めた。


 重厚なレリーフが刻まれた両開きの扉。

 これまでの通路にあった小部屋には、扉などなかった。

 どう見ても、ここが中枢であることは明らかだった。


 ハリムは息を呑み、その扉を押し開けた。


 「……これは……」


 中央に大きな祭壇がせり上がる大広間。

 高い天井の下、どこからか差し込む淡い光に照らされ、四方の壁いっぱいに壮麗な壁画が描かれている。

 それぞれ異なる場面が、ひとつの神話を形作っていた。


 扉から入った位置──正面から見ると、この祭壇が壁画に描かれている闇神へ捧げられる構図になっていた。

 上からさらさらと落ちる砂埃が光を受け、金色にきらめいていた。

 それはまるで、神の祝福のようだった。


 ハリムは思わず息を呑み、その荘厳さに震えた。

 (これが……おばあさまが祈っていた「ベツゴ様」……)

 


 「……闇とは影にあらず。光が生まれるより前に在った“息”のこと……」


 ほの暗い陰影が、壁画の闇神の威容をいっそう際立たせている。

 その瞳は、こちらを見定めるかのように静かに描かれていた。


 描かれている神話は、書物にある闇神教とはまるで異なっていた。

 闇神ベツゴは、闘争と血を求める破壊神などではなかったのだ。


 

 「これはまさか、真教典『はじまりの詠』……」


 ハリムは震える声で、古代文字を読み上げた。

 壁画に刻まれた古代文字が、400年の時を超えてハリムへ語る。


 「はじまりに、光が生まれた。

 光は世界を照らし、命を芽吹かせた。

 やがて疲れた光のために、闇が訪れた。

 闇はすべてを包み、静寂を与えた。

 そして神ベツゴは、夜と死をもたらした。

 それは滅びではなく、休息であり、すべての命が再び生まれるための眠りであった。

 かくして世界は息づき、光と闇は交互に歌い合った……。」


 そして、さきほど天から落ちてきたであろう人物が、祭壇の上に倒れていた。

 

 雪の夜の月光を集めたような銀色の髪。

 この場に不釣り合いなほど、深く鮮やかな蒼穹のマント。

 そして特徴的なエルフの長耳。


 ハリムは目を見開いた。見間違えようもない。

 そこに倒れていたのは、自分の友人だった。


 「まさか……エーギル?」

 

 ハリムは急いで祭壇を駆け上がった。

 

 祭壇の上の彼は目を覚まさなかった。

 いくら呼びかけても、揺すぶっても反応はない。 

 

 彼は昏睡していた。


 

 (光の勇者が闇神の祭壇で倒れているなんて、この状況は一体……?)

  

 ハリムが考え込んだ、そのとき。

 


 「ここだ、この壁の向こう!エーギルの気配がするぞ!」

 それは、無邪気で場違いなほど明るい声だった。

 

 

 ドン!ドン!ドン!

 何かがぶつかる音と、鈍い地響き。


 (壁の向こう……?ということは、まさか)


 嫌な予感がした。


 目の前の壁画に入った大きな亀裂が、みるみる広がっていく。

 よりにもよって、最も重要と思われる闇神が描かれた正面の大壁画だ。


 「ああああああああああ!?!?」

 ハリムは絶叫した。生まれて初めての大絶叫だった。


 轟音を立てて崩れていく大壁画。

 目の前で壁画が破壊された衝撃も大きかったが、それを上回ったのはそこから現れた存在だった。


 紫の光を宿す四つ目を持つ、黒く巨大なドラゴン。

 まさに、いま崩れ落ちた大壁画に描かれていた闇神そのものだった。


 そこでハリムの意識は途切れた。

 


 

 「ふう……あっエーギルいたぞ!その隣にいるのは……誰だ?」

 邪竜さながらの外見とは不釣り合いなほど、可愛らしく首を傾げるクロ。 


 

 その足元でヨナが周囲を見回す。

 崩れた大壁画、残された壁画、そして祭壇に刻まれた闇神の紋様。

 それらを一瞥して、頭を抱えた。

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