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ユートピア・アラート 〜超能力少年と不可思議少女の世界革命〜  作者: 赤嶺ジュン
ユートピア・アラート8 エゴイズム・フェスティバル(後編)
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グリーン・レインボー -1


グリーン・レインボー





 誰かにとって都合の良い雨が降った。


 水滴が地面に吸い込まれ、褐色土を暗く塗りつぶす。雨音は打楽器からノイズのそれへ。俺は呼吸を飲み込む。

 トウキョウ郊外、超能力者専用大規模演習施設。『ポイント・トゥ・ポイント』のロッカー。天上の神がバケツで水をぶちまけたような惨状に、俺は茫然と立ち尽くした。


「天気予報を間違えたか」


 舌打ち。つい先ほど脱ぎ捨てたジャージの上を羽織る。踵を返し、傘をとって施設の出入り口へ。そのまま門へと向かう。


 誰もいない空間。人っ子一人いないスペース。優越も空虚も感じることはない。今日の予定を脳内で修正しながら、大股で歩く。


 演習施設の敷地外に出る。雨具を着た守衛の前を通り過ぎようとした途端、僅かに身動きする気配がして、俺は足を止めた。

 視線を横に向ける。よく手入れされた髭に、グレーの髪が目についた。


「何か用か?」


「いえ別に。お帰りが早いのだなと」


「雨が降ってきたからな」


「それならば今日は、少し時間が余っているのではありませんか?」


「年がら年中余ってるよ。不登校だからな」


「おや、意外ですね。不登校の件はさておき、私には貴方が随分と忙しそうに思えたのですが」


「面倒な爺だな」


 強い言葉。拒否の構え。老人には通じない。雨の中で柔和な笑みを浮かべ続ける。

 俺は肩をすくめた。


「話を聞こうか」


「随分と素直ですね」


「話が通じる人間と通じない人間の違いくらい、俺にもわかる」


 門の横の守衛室へと足を向ける。雨避けの下に入り、傘を畳む。軸を中心に回転。水たまりへと雫を飛ばす。

 老人が近づくのと同時に、ロックされていた扉がスライド。彼に続く形で中に入る。ドアが閉まり、雨音が遮られた。


「どうぞ」


 椅子を指し示してくる。俺は立ったまま壁に寄りかかり、両手を組み合わせた。


「お前。名前は?」


「サミュエル・ウォーレンと申します。趣味は……」


「お前の趣味なんてどうでもいい」


「失礼」


「俺は御影奏多だ。それじゃあ、手短に済ませよう」


「承知しました」


 ウォーレンは軽く頭を下げると、手早く雨具を脱いで部屋の奥へと移動した。


 部屋の様子を観察。これといった特徴なし。おそらくはプラスチック製の机に椅子が二脚。来客用だろう。奥には回転椅子と仕事机。紙のノートがある。珍しい。


 水の音。雨じゃない。もっと静かで、絶え間ない。目を向ける。ポットに水が注がれてるのが見えて、俺は聞こえるようため息を吐いた。


「手短にと言ったはずだが?」


「ええ。可能な限りそういたします。ですが、初対面の方とすぐに会話を交わせるほど、私は器用ではありません」


「潤滑油が必要ってか」


「その言い方は少し面白味がありませんね」


「知らねえよ。それに、俺は紅茶もコーヒーも飲まねえぞ」


「まあ、そうおっしゃらずに。自分で言うのもなんですが、私はどちらも得意でしてね」


 ウォーレンのいるキッチンへと目を向ける。レトロな器具の数々。歪曲したガラスが透明に光る。

 俺は小さくため息を吐いて、近くにあった椅子に腰を掛けた。


「御影様は、とても優秀な能力者なのでしょうね」


「御影様って呼ぶな。というか、そんなこと、お前にわかるわけねえだろ」


「見ればわかりますよ」


「嘘だな。この場所から演習場の様子は見えねえ。俺が練習していることなんて、見たことないはずだ」


「ええ」


「ならどうして俺が優秀だとわかる」


「言ったでしょう? 見ればわかります」


 ヤカンが甲高い声でわめきながら、白い湯気をまき散らす。ウォーレンは静かに立ち上がると、俺に対して背を向けた。


 額に手を当てる。目を瞑り、ざらつく意識を沈黙に埋める。白の脳裏は、新たな音によって塗り替えられる。未知の音。作業音。湯の中で泡が弾け、カップで流体が踊る。瞼の裏に、瀟洒な喫茶店が映し出される。


 カタンと、鼓膜が揺れた。目を開けると、カップの中で琥珀色の水面が揺れていた。


「紅茶です。葉は……」


「聞いてもわからないから解説はいらねえぞ」


「そうですか。では、どうぞ」


 白磁の陶器。黄ばんでる様子は一切ない。取っ手に指を絡める。確かな重量を口元に運ぶ。息を吹きかける。自身の虚像が揺れる。唇をあてがい、傾ける。


 口の中に熱が流れ、鼻孔を香りが通り抜ける。熱くもなく、温くもない。味の主張も激しくない。だが、無味なわけでもない。危うさを感じるほど絶妙なバランス。


 カップをテーブルに戻す。ウォーレンと目が合った。


「いかかでしたか?」


「俺の好みじゃないな」


「そうですか」


「だが、悪くもない」


「それはそれは」


 老人が相好を崩す。俺は目を逸らす。サミュエル・ウォーレンという人間の相手は、顔を見ない方がやりやすい。


「話をしよう。ウォーレン」


「はい」


 ウォーレンが自身のカップを手に取り口に運ぶ。俺は指と指とを絡ませる。難解なパズルのように。

 数秒の沈黙。視線を戻す。少し皺の寄った左手が、髭の曲線を撫でていった。


「旅行に興味はおありですか?」


「ないな」


「なぜ?」


「確認行為になるからだ。観光名所は映像が出回ってる。写真もVRもな。椅子に座ったままでも、世界を漫遊できる」


「紅茶を飲みながら?」


「それもいいが、麦茶の方が好みだな」


「お作りしましょうか」


 返事の代わりにカップを手に取り、紅茶を啜る。ウォーレンの微笑みが、少し濃くなる。湯気が浮かんで、その笑みを隠す。俺は目を瞬かせた。


「ですか、世の中には観光名所ではなくとも、素晴らしい場所がございます」


「残念ながら、俺たちはこの列島に閉じ込められている。北に行けば気候帯が変わり植生も変化するが、それだけだ。これも確認作業になる」


「何より、旅行に行っている暇がない?」


「暇はある。学校に行ってないんだからな」


「繰り返しになりますが、私にはお忙しいように見えます」


「ただの作業だ」


「よりよい超能力者になるための?」


「違う。精神安定上の理由だ」


「なるほど」


 ウォーレンが椅子から立ち上がり、またキッチンの方へと歩いていく。

 俺はテーブルの上に頬杖をついた。


「納得するな」


「なぜです?」


「うざい」


「申し訳ありません。お詫びというわけではないですが、茶菓子はいかがでしょう」


 クッキーの積まれた皿が置かれる。空気が揺れ動いているのがわかった。


「手作りか」


「はい」


「出来立てか」


「そうですね」


「天才か?」


「ちょっと意味がわかりません」


「急に辛辣になるな」


 人差し指と親指で、クッキーをつまみ上げる。口の中に放り込み、咀嚼。手作りによくある粉っぽさは皆無。


 また紅茶を啜る。ティータイムという文化に初めて触れた気がした。


 窓の外では相変わらずの雨。しとしとと、じめじめと。湯気が浮かび上がる。意識がまた、この部屋の中に引き戻される。


「ぶどう畑に興味はありませんか?」


「あるかもしれないし、ないかもしれない」


「それはそれは」


「この列島だと、工場での生産が主だと思っていたが」


「土地を消費する作物にも需要はあるのですよ。値段は倍以上に膨れ上がりますが」


「おまけに栄養価も味も工場さんの方がいい」


「はい」


「土に対する信仰だな」


「といっても、あのぶどう畑はワイン用のものです。山に囲まれた土地に、整然とぶどうの木が並ぶさまは、なかなかに圧巻ですよ」


「ああ。あの盆地の」


「ええ。そうなりますね」


「前から行きたいと思っていた」


「それは丁度良かった」


「で? お前はどうしたいんだ? まさか一緒に行ってホテルに泊まってとか言い出さねえよな?」


「いえいえ。あそこには、私の家がございまして」


「随分と遠いと思ったが、時間的には案外近いか」


「そこに招待したいと思うのですが、いかがでしょう」


「悪くない」


「それは良かった」


「それじゃあ行くぞ」


「今からですか?」


「何か問題でも?」


「いいえ」


「だよな。俺を招く理由は道中に聞くとしよう」


 ウォーレンの白い眉がピクリと動く。彼は紅茶のカップから手を放して、テーブルをノックするように叩いた。


「もう少し打ち解けたかったのですが」


「突然見知らぬ爺にわけわかんねえ話をされた俺の身にもなれ」


 それもそうですね、と、ウォーレンが笑う。裏表のない笑顔だと俺は思った。



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