第六章 英雄譚-5
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本来、御影奏多は風を操る超能力者ではなかった。
転換点となったのは七年前。聖洸を救うことと引き換えに、クルス・アリケスを下半身不随にしてしまった、あの事件。
『あの時君は、僕という君を憎んだ。自らを殺してしまいたいと願うほどに呪った。そのことと、外部からの干渉が合わさって、僕という人格は能力ごと切り離された』
声がする。脳内に響く声。御影奏多にしか聞けない声。
子供のささやきが、木霊していく。
かねてからそうではないかと疑っていたが、エボニー・アレインが語った朝霞奏也の仮説によって、疑念は確信へと変わった。
精神と超能力の種類は、リンクしている。御影が青と金の二つの力を操れるのは、二重人格に似た状態だったからに他ならない。
『そう。救世主になることを望んだのは、僕の方だったんだ』
「……」
『いいのかい? 僕を置いて行かなくて』
「ああ、いいさ」
声に出して、肯定する。
自分で自分に言い聞かせる。自らという存在を、自らの意志で決定する。
「最後に一つだけ言わせろ。四月一日のあのとき。俺たちを救ってくれて、ありがとう」
小さな笑い声が、聞こえたような気がした。
かつて御影と対立し、反目し、そして協調した、もう一人の自分が消えていく。溶け合っていく。御影奏多と共に、御影奏多の人生を歩むために。
「――ッ!」
感情のボルテージが爆発的に上昇していくのがわかる。彼の思いに合わせて、青と金の光が舞い踊る。
予兆も予備動作もなく、御影は自らの体を一気に加速させて、スワロウへと迫っていった。
対するスワロウの方は、反対にこちらから遠ざかろうと宙を飛ぶ。白い羽を揺らして、彼は右手を空へと掲げた。
「落ちろ!」
轟音と共に、雷が降り注ぐ。それをあらかじめ気体の動きで察知していた御影奏多は、黄金の力をもって周囲へと干渉していった。
「ハァァアアッ!」
雷が全て、御影の体を避けていく。それだけではない。電撃は強制的にその方向を変えさせられ、マイケル・スワロウへと走っていった。
「チッ!」
スワロウが右手を振り、虹の盾を生み出して雷を受け止める。その隙に御影は近くにあった高層建築へと跳んで行くと、意識を集中させた。
「吹っ飛べ!」
縦横数十メートル、高さ百メートル以上のビルが中程で折れて、回転しながら飛んで行く。
スワロウは回避を選択する。彼のいた場所をコンクリートの塊がぶっ飛んでいき、大通りの中央に墜落して街灯や街路樹をなぎ倒していった。
両手を広げる。御影の左右に金の光が渦を巻いていき、瞬く間に二つの竜巻を形成していく。
続けて手を前へと振ると、今度は青い過剰光粒子をまき散らしながら竜巻が暴れ出す。街に存在するありとあらゆるもの。車、バイク、そして瓦礫をも巻き上げて、アスファルトを砕く破壊音を響かせながら進んでいく。
「永久大樹は転生せり!」
先ほどの白い光の柱が竜巻の間に屹立し、巨大なエネルギー砲が天地を貫いていった。御影とスワロウの攻撃がそれぞれ相殺し合い、衝撃波となってあたりに拡散していく。
マイケル・スワロウの体が、攻撃の余波で遥か彼方上空へと飛んでいく。それに対し、御影は金の過剰光粒子を球体のように出現させ己を包み、その場に留まっていた。
「今のから逃げるのか……よッ!?」
ガクン! と浮遊感が襲い掛かって来て、視界が瞬間モノクロに染まり、白濁した光の中へと飲み込まれている。
気が付いたときには真っ逆さまに落下しており、御影は慌てて青の風を吹かせて自らの体を安定させていった。
「脳への負担がデカすぎる! シャオナンが怠惰でいたとか、嘘だろこれ……」
マイケル・スワロウが虹の光を出し、更なる異常を引き起こしているのが見える。御影は頭痛を追い払おうとするかのように首を強く振って、上へと飛んで行った。
※ ※ ※ ※ ※
マイケル・スワロウは、今相手にしている少年が『こちら』の領域へと到達しつつあるのを実感していた。
今はまだいい。手に入れたばかり、否、取り戻したばかりの能力に振り回されそうになるのを、元の能力で何とか抑えている段階だ。
だがそれはスワロウだからわかるのであって、傍から見れば御影奏多は十全に戦えているように見えるだろう。こちらが押されているようにすら見えるかもしれない。
「さっさとケリをつけねえとな!」
元々それが、こちらの戦術ではあった。どんなに強力な能力でも、使いこなせなければ意味がない。まだ全力を出されない状態で仕留める。その予定だった。
「それがまさか、能力を二つとも使ってくるとはなあ!」
スワロウが言えた台詞ではないのかもわからないが、ここまででたらめだとぼやきたくもなってくる。
「こっからは試すような真似は無しだぜ! 死んでくれるなよ……ッ!」
両手を広げる。地上からは地響きが。右からは雨の渦が。頭上からは雷交じりの光球が。そして左からは、旋風が。
振動。水。火炎。風。それぞれに理論上最強の一撃ではなくとも、総合で勝る攻撃として御影奏多へと迫る。
対し、御影がやることは至極単純だ。
右手を横に強く振り、黄金の粒子をまき散らす。
たったそれだけで、四つの攻撃が全て方向を捻じ曲げられ、あらぬ方向へと飛んでいく。
すぐ側を跳ね返された炎の球が通り過ぎていくのに眉一つ動かす、マイケル・スワロウは思考を巡らせていった。
『やはりあの黄金の力は、離れた場所では発動していない。いや、できないんだろう。近距離型だか遠距離型だか知らないが、鍛えられていない超能力の範囲は狭い。だが……』
御影が空に向けた手のひらの上で、金の粒子が螺旋を描くように回り出す。数秒で形成された竜巻は、こちらへと飛んでくる時には既に青い光を纏っていた。
『元の気体操作が残っている以上、そんなものはハンデでもなんでもねえ! むしろ、元々近距離が苦手だったのが補強されちまってる!』
能力が完全に『転換』することによって発生するはずだったもう一つの弱点は、気配探知をはじめとした超越者レベルの遠距離攻撃能力が失われることだった。だがその予想も完全に外れ、御影奏多は想定をはるかに超えるレベルの急成長を遂げた。
「本当に俺が言うのもなんだが、反則すぎんだろオラ!」
だがもちろん、マイケル・スワロウもこのまま黙って敗北する気はなかった。
※ ※ ※ ※ ※
またも雷が降り注いできて、御影は電撃の軌道を捻じ曲げることで対処する。
黒雲は段々とその勢力を増していき、時々内部の雷で怪しく光っているのがわかる。疾風も強くなってきていて、雨の中にいるのか海の中にいるのかわからないほどだった。
「……ッ!」
あまりにひどい環境に、とにかく空中で姿勢を保つことが精一杯の御影に対し、マイケル・スワロウは余裕綽々に飛行している。おまけに隙を見ては虹色のビームを連打してくる始末だ。そろそろ本格的に攻撃の理屈がわからなくなってきた。
『ま、そりゃそうだよな。この世に存在するもの全てを操れるんだ。想像したことを現実にするっつう意味じゃあ、序列八位やターレスとどっこいどっこいか』
本日三発目の光の柱が天地を貫き、御影はその衝撃をもろに受けて回転しながら宙を飛んでいく。人間は元々、地上という二次元に生存する生き物だ。パイロットになるにもすさまじい訓練が必要だというのに、御影はというと空なんてロクに飛んだことがない。平衡感覚を保てなくなれば、自分から地上に突っ込んでいく可能性が大だった。
「そんな間抜けな結末……誰も望んでねえだろ!」
天候が荒れに荒れているのは大いに結構。元々、既に存在する風を操るのは御影の十八番。相手が自然を操るなら、その非自然を操り返すのみだ。
風が束ねられ、圧縮され、数百を超える針の群れとなって飛んでいく。さながらマシンガンの如く乱射される御影の攻撃に、マイケル・スワロウが慌てる様子はない。相変わらず御影かあら距離を保ったまま、虹の盾を取り出して全てを防いでしまう。
それどころか、御影が操ろうとしていた風が、制御を外れて荒れ狂っていくのがわかった。
「な……!」
台風の風がそうであるように、突如発生した風はその力が莫大なら、正面から壁に激突したような衝撃を与えてくる。
頭の中に星が散る。それでも無意識化で空気の様子を把握していた御影は、次なる異常事態に全身の毛が逆立つのがわかった。
半径数百メートル規模の雲の壁が、円状に形成されつつある。それが勢力を増しながら段々と狭まってきているのに、御影はたまらず叫んだ。
「ふざけんな! 人間が生きてられる環境じゃなくなるぞ、これ!」
上下左右から不規則に吹く風にもみくちゃにされ、御影はまたも凄まじい勢いで落下していく。何とか上方へ向かおうとしたら、テニスボール大の氷の粒がいくつも腹に直撃し、彼は白目を剥いて吐血した。
『霰……か? ここ、標高何メートルなんだよ……』
雨のカーテンを切り裂くようにして、吹雪が渦巻きながら御影がいる空間を通り過ぎる。
肌に貼りついていた雨粒が急速に凍り付いていく。黄金の光とともに冷気を吹き飛ばすも、落下は止まりそうにない。地上はもうすぐそこまで迫っている。駄目押しと言わんばかりに雲がチカリと光るのが見えて、御影はギリと歯ぎしりした。
「また……雷か……」
続けて能力を発動しようとして、ついに思考回路が完全に静止してしまっていることに気が付く。そのままなすすべもなく雷に呑み込まれ――。
「させませんよ!」
少女の叫びと共に、真っすぐに落ちるはずの雷が途中で直角に折れ曲がって、ちょうどそこにあった公理議事堂に直撃、爆発炎上させた。
「ああああああああああ!?」
自らの本拠地と言ってもいい場所の崩壊に、思わず叫びを上げてしまう。直後、それがレプリカであるところに気が付いたところで、更なる叫びが御影の耳に届いてきた。
「――暗闇ニ祈リ祈レヨ鎮魂歌!」
御影の視界が、真っ暗闇に染まる。それがあの男の作り上げた能力の壁であることに気が付いた時には、御影の体は二方向の重力により緩やかな降下を開始していた。
黒い幕のようなものの向こう側に、虹の光が微かに見えた。どうやら、雷以外にも攻撃が放たれていたらしい。
そう思ったとたん、足が地面の上について、御影はたまらずその場に尻餅をついた。
空から暗闇が消え、元の嵐の世界が戻ってくる。座り込んだままの御影の元へと、少女が駆け寄って来て手をかざした。
「お疲れ様です! 今、治療しますから!」
「カリーナ!」
御影の驚きの叫びに、カリーナ・エメルトは無言で頷きを返してくる。続けて彼女の横にラン・シャオナンが降りてきて、そのまま仰向けにぶっ倒れた。
「もう無理! 今日だけで能力何回使ったよ! カリーナ! 僕にも治療プリーズ!」
「そ、それ以上やったら……体力無くなって……衰弱死……」
「オーケー! やっぱり僕はヒーローにはなれないと! ならこのまま雨に打たれてよっか! 青春だなー!」
「控えめに言って……気持ち悪い……」
「それ全然控えめじゃ無くない!?」
「お前ら……」
「私もいますよ~。御影っち、ボロボロですね~」
緑の髪が頬にべったりとついた状態で、ミュリエル・ボルテールが姿を現す。
彼女は両手を空へと向け、顔をしかめていた。
「アイツには私がちょっかい出して足止めしますから~。も~。こんなにバカスカ雷撃たれたら、私のアイデンティティ消失ですよ~」
「……ハハハ」
相変わらずマイペースな(ように見える)ミュリエルに、思わず苦笑を浮かべてしまう。その途端、御影の体を橙の光が覆っていった。
肌の表面を、炎がチロチロと舐めていく。だが火傷するようなことはなく、炎は御影の凍り付いた肌を元に戻していった。
「一人で無理をしすぎなのよ」
「お前にだけは言われたくねえ」
カリーナの肩を叩いてねぎらい、ゆっくりとその場に立ち上がった御影の横に、エボニー・アレインが並び立つ。
彼女は空を見上げて、降り注ぐ雨に目を細めた。
「状況は遠目だけど確認していたわ。アンタは四月一日の力をまた使えるようになったけど、それも限定的。対するアイツは絶好調。アイツは空にいる状態なら天候を操っていると言っていい。現時点では、完全にアンタの上位互換と言えるわね」
「ご丁寧にどうも」
「手短にお願いできませんか~? 私が雷飛ばして何とか注意を引いてますけど、下手したらここら一帯が地震で吹き飛ばされます~。遊びの邪魔された子供みたいに怒ってますし~」
「せ、正々堂々戦うのを、邪魔された……って感じでしょうか?」
「いい大人が何をはしゃいでいるのやら。ま、ミュリエルの足止めもそうだけど、地震の攻撃が来ないのは、アレを操るので精一杯だからじゃないかしら」
そう言って、エボニーが空を指さす。顔を上げると、黒々としたぶ厚い雲が、大きな渦を描いているのが見えた。
「……地平線の彼方まで更地にするつもりか、アイツ?」
「このままじゃ富士山噴火しなくてもエイジイメイジア滅ぶわね。アイツを抑えるには、どうにかして接近しなきゃいけない。それには、あの雲が邪魔よ。違う?」
「そりゃそうだが……」
「そこで提案。私とアンタの力で、全部吹き飛ばす。ついでにアンタも空まで送り届ける。どうかしら?」
「無茶苦茶言ってるのわかってんのか、オイ!」
あまりのことにたまらず叫んでしまう。ミュリエルが『巻いて巻いて!』と目で訴えてくるのを無視し、御影は続けて言った。
「いくらお前でも、それは……」
「私だけじゃない。アンタと私よ。ちゃんと話聞いてた?」
「そういう問題じゃないだろう!」
「じゃ、質問の仕方を変えるわ。今アンタの前にある選択肢は二つ。一つは私たちと協力すること。二つ目は、『これは男と男の戦いだ!』とか叫んで一人で行っちゃうこと。もしくは、全員の腹に膝蹴りして黙らせること」
「選択肢三つじゃねえか! つうか、その聞き方は卑怯だろ……」
先ほどまでとは違う種類の頭痛を感じて、御影は手のひらを額に当てる。直後、ラン・シャオナンも含めた全員の視線がこちらに集中していることに気が付いて、彼はため息を吐いた。
「わかったわかった。言う通りにするよ」
「その答え方、何か嫌。やり直して」
「…………」
御影はエボニーに向き直ると、彼女の目をまっすぐに見つめた。
「頼むエボ。俺を助けてくれ」
「了解!」
弾けるような笑みを浮かべて、エボニーは御影に背を向ける。空中に炎の輪を一瞬で生み出して、彼女は声を張り上げた。
「ミュリエル! 合図したら、アイツに一撃かまして注意を引きなさい! カリーナ! アンタは私たち三人のサポートを!」
「はいは~い!」
「了解……です!」
「僕は!? みんなの頼れるラン・シャオナンは、何をすればいいのかな!?」
「アンタはそこで寝てなさい」
「容赦なさすぎィ! これだからアレインは苦手なんだよ……」
ブツブツと文句を言うシャオナンを無視して、エボニーは再び御影へと目を向けた。
「私の合図と同時に、この火の輪をくぐりなさい」
「俺はライオンじゃねえ」
「それと同時に射出するから」
「砲弾でもねえぞ!?」
「うるさいわね。アンタならどうにかなるでしょ?」
「限度ってものがあるだろうが、オイ! 急加速が度を過ぎれば、よくて失神、悪くて全身複雑骨折だぞ!」
「大丈夫よ。人間はミサイルの中にいても無事らしいから」
「ロケットな!? しかもアレ、ベッドに寝てるからな!?」
「はーい! みんな、準備して! シャオナンは永眠しなさい!」
「特に理由のない暴言が僕を――」
「話を聞けえッ!」
「せめて最後まで言わせろ御影……!」
ギャーギャー騒いでいるうちに、カリーナとミュリエルが能力を発動し始めてしまう。御影は二度目のため息を吐いて、周囲に青の風を散らしていった。
「合わせろよ、エボ!」
「上等!」
炎の輪が、その勢力を増していく。エボニーが高らかに叫びを上げた。
「作戦開始ッ!」
これを作戦と呼べるか、と脳内で突っ込む御影を後目に、ミュリエルは上空で雷の音を轟かせ、カリーナが聖天祭開始時同様こちらの能力発動のサポートをしてくる。
御影は覚悟を決めて両手を強く握りしめると、一瞬だけエボニーと目を合わせて道路を蹴り、上方へと飛翔した。
「行っッけぇぇェェええエエッ!!」
エボニーの咆哮と共に、炎がその勢力を増していく。橙の光が螺旋状に空へと伸び、凄まじい上昇気流が発生していく中、御影奏多は宙を翔る。
人間大砲に等しい強引な移動に、全身にGが重くのしかかってくるのがわかる。御影は食いしばった歯がギリギリと軋む音を聞きながら、更に風の動きを加速させていった。
御影のサポートを受ける形で、炎は更にその勢いを増していく。高度百メートルを過ぎ、マイケル・スワロウがいる空間を通り過ぎて、そのまま雲の中へと突き進む。
嵐が吹き荒れている。自らの風の勢いが削がれ、炎が雨の中で消えていくのがわかる。だが、これで終わらせるわけにはいかない。
七天祭六日目の、ワン・オン・ワン。御影とエボニーの攻撃が正面から激突することで、空の雲は散り散りに吹き飛ばされた。
なら、二人の力を合わせれば。例え超能力者が作り出した雷雲だろうとも。
「――弾け飛べェッッ!」
※ ※ ※ ※ ※
自らの思考回路に合わせて創り出されていた世界が、突如として崩壊していく音を、マイケル・スワロウは聞いていた。
嵐が。超巨大な竜巻が。御影奏多とエボニー・アレインが作り出した熱波によって、吹き飛ばされていくのがわかる。
超能力の本質。自らのイメージ通りに、世界を形作ること。
彼らの願いは、一つの形となってスワロウの上空に現れる。
「太陽と、空……」
「…………――――ォォォォォぉぉぉぉぉオオオオオおおおおおッッ!!」
叫びが耳に届き、マイケル・スワロウはハッと体を震わせる。
青の過剰光粒子を蒼天に散りばめて、御影奏多が真っすぐにこちらへと飛んでくる。
彼の鬼気迫る表情に、スワロウは瞬時に悟る。
決着の時が、すぐそこにまで迫っているのだと。
「……いいだろう」
誰に聞かせるまでもなく、マイケル・スワロウは小さく呟く。
右手を御影へと向ける。彼の進む先を虹の光が包み込む。
スワロウが広げていた手を強く握った瞬間、御影の移動速度が急速に低下するのと同時に、彼の叫び声が響き渡った。
「ああああああああああ!?」
「空気を圧縮した。先の爆発による気圧低下。逆に利用させてもらったぞ!」
食いしばった歯の間から血を勢いよく噴き出して、御影は宙で回転しながら減速していく。スワロウは続けて己の体を風に包み、御影の元へと飛んでいった。
大の字に空を見上げた状態で何とか姿勢を安定させた御影の上空に移動する。近づかれるとは思わなかったのか、彼の両目が大きく見開かれるのがわかった。
確かに、マイケル・スワロウは接近戦を嫌っていた。だが、これだけ近づいてしまえば関係ない。加えて、必殺の一撃も持っている。自然を操るということは、己の肉体をも操れるということ。つまり――。
「終わりだ! 御影奏多!」
プロボクサーもかくやのストレートが、御影の腹に直撃する。彼は更に吐血して苦悶に顔を歪めた。が……。
「捕まえた……!」
「な!?」
右腕がガッチリとホールドされている。空中で固まるスワロウに、御影はニヤリと笑った。
「人間、最後に頼るのは腕力か。だが悪いね。もっとすげえパンチを打てる奴に、俺は二人ほど心当たりがある」
「……レイフさん」
「と、うちの万能執事だ」
二人の体を、黄金の過剰光粒子が取り巻いていく。一瞬その光に目を引かれそうになって、スワロウは慌てて首を振った。
「馬鹿な! 相打ちにもちこむつもりか!?」
「さてどうなるかな。ちゃんと俺を守ってくれよ?」
「……ッ!?」
思いがけない言葉に瞠目した、次の瞬間。
スワロウのいる空間の全てが横方向に加速され、二人を諸共に吹き飛ばしていった。
※ ※ ※ ※ ※
青空が広がる、複製中央エリア。未だに凄まじい勢いで吹き荒れる風のなか、エボニー・アレインはその場にペタリと尻餅をついた。
「どうなったの、これ……?」
彼女の問いに答えるように、その場にいる四人の前にホログラムウィンドウが出現した。
※ ※ ※ ※ ※
メインスタジアム。観客席。
「ああ、もう! 何が起きてるんですかーッ!」
「頂上戦争すぎて、もうわけがわからないっす!」
「……シャーリー。それはちょっとグサッと来るからやめてくれ」
今は亡き友人のことを思い出して微妙な顔をするグレッグの横で、ライナルトが首を振った。
「確かに二人の言う通りだ。後半はカメラもほとんど壊されていたみたいだしな。一体、何がどうなってるんだ?」
彼の言葉が終わるとほぼ同時に、スタジアム中央部のウィンドウが全て切り替わった。
※ ※ ※ ※ ※
元帥専用ルーム。
ジゼル・カスタニエは、窓の先に広がる光景にわなわなと震えていた。
「そんな……嘘でしょう……?」
※ ※ ※ ※ ※
電灯の無い廊下の暗がりで、アリス・ヴィンヤードは祈るように目を瞑っていた。
「…………武運を」
※ ※ ※ ※ ※
自分の攻撃で勝手に気絶した御影奏多を抱きかかえる形で、スワロウは能力を展開する。
ビル、道路、交差点を通り過ぎ、その先に広がっていた森の上も抜けて、二人は空を飛んでいく。何とかその勢いを緩和しつつ、枯草の広がる野原が見えたところで、マイケル・スワロウはカッと目を見開いた。
「そこだ……ッ!」
白い羽を伸ばし、風を操って、進行方向を変えていく。やがて勢いを完全に殺すことに成功し、スワロウは御影を小脇に抱えて着地した。
手を離すと、御影は一言も発することなく草原の上に転がった。
「……ハア……ハア……………はあ」
乱れてしまった呼吸はなかなか元に戻らず、マイケル・スワロウは何度か深呼吸を繰り返した。ようやく人心地がついたところで、彼はサングラスを指で持ち上げる。
「よくやった……本当によくやったよ、お前は……」
御影はピクリとも動こうとしない。スワロウは額に浮かんだ汗を拭って、淡々と続けた。
「だけど、結果はこれだ。俺の勝ちだよ、御影奏多。だが……本当に、これで……」
そこまで言ったところで、目の前にホログラムウィンドウが出現していることに気が付き、スワロウは口をつぐんだ。
そこには、たった一文だけ簡単に表示されていた。だがその極めて端的な通告に、彼は唖然として口を開いた。
「敗北だと!? 一体……」
※ ※ ※ ※ ※
「ええっと? これってつまり、どういうことですか!?」
「どうもこうもねえよ!」
メインスタジアム観客席。超越者側が敗北したと知らせるウィンドウの前で固まるテクラの横で、グレッグが狂喜乱舞して叫んだ。
「勝ったんだ! アイツらが勝ったんだよ! エイジイメイジア史上初めて、学生が超越者に勝利したんだ!」
※ ※ ※ ※ ※
「何なのこれ!?」
「つまりですね~」
複製中央エリア、公理議事堂前。
あまりの混乱に頭を抱えるエボニーの前で、ミュリエルは人差し指を立ててみせた。
「超越者はマイケル・スワロウ以外の四人が敗北判定を受けていました。あ、レイフ・クリケットは元々参加していないから三人ですね」
「いいわよそんな細かいこと! それで?」
「なら旗を取らずとも、マイケル・スワロウが敗北すればこちらの勝ちです~」
「そんなことはわかっているわよ! アイツはどうして負けたの!?」
「個人が負ける理由はいくつかあります。聖天祭においては、一定時間以上移動できない戦闘不能状態に陥ること。私たちはカリーナの治療が早かったのでギリセーフでしたね~。それからもう一つは……」
「反則負けだ」
ラン・シャオナンの呟きに、全員の視線が彼へと集まった。
「今までの戦いを振り返ると、団体戦にあった『空を飛んではいけない』というルールはなかったみたいだ。そんなこと余裕でできる連中だしな。だけど、どう考えてもルール違反なことが一つある」
「まさか……フィールドですか!?」
カリーナが口元を抑えて叫び、シャオナンが首を縦に振る。エボニーは暫く腕組みをして考えていたが、やがて降参したように両手を上げた。
「私にもわかるように説明しなさい」
「フィールドの外に出てはいけない。これは絶対条件だ。そうじゃなきゃ、競技として成立しない。だがついさっき、序列五位は御影の能力によって諸共に吹き飛ばされた。この街の外まで、な。つまり二人共反則負けだ。だけど、僕たちがまだここにいる」
「ハ? え? ……な……な……何よ、それ!? どんだけ――」
※ ※ ※ ※ ※
「――どんだけ人の期待を裏切れば気が済むんだ! 御影奏多ァッ!」
You Loseと表示し続けるウィンドウを叩き割って、スワロウは腹の底から叫びを上げる。
「まだだ! まだ終わってねえ! 超越者はほとんどが戦闘不能! 今からでも逆転は十分可能だ! 富士山を……いや、間に合わねえ! ひとまず、御影奏多を人質にとって……」
そう言って、マイケル・スワロウは御影の倒れている方へと振り向く。
御影を守るようにして、一人の男が立っているのと目が合った。
「よくやった、御影君」
公理評議会の人間であり、治安維持隊を敵視し、かつ協力する男、ルーク・エイカーは、スワロウに背を向けたまま、震える声でその言葉を口にした。
「君が手にした、覚悟ある敗北は。たった今、我々に偉大なる勝利をもたらした」
上下白のスーツに身を包んだルークは、御影に背を向けて、スワロウに向き合う。彼はポケットからこれまた白の手袋を取り出して、こちらに微笑してみせた。
「あとは任せたまえ。ここから先は、私の時間だ」




