第六章 英雄譚-6
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ルーク・エイカー。
公理評議会特別少年調査班班長にして、元治安維持隊元帥。そして、元――。
「――超越者序列一位!」
「そう呼ばれるのは久しぶりだ」
手袋の下を片方ずつ引っ張り、両手に嵌めていきながら、ルーク・エイカーは口元に貼り付けた笑みを深いものにした。
「降伏をお勧めするよ。序列五位」
「……ッ! 舐めんな!」
「君のことは高く評価しているとも。だが、君と私では、立っている『次元』が違う」
「な……」
「そうだな。一秒もあれば十分だろう。いや、十二分か。もう一度言おう。降伏するんだ、マイケル・スワロウ。何なら公理評議会に迎い入れてもいい」
「ふざけんな、オラ! 部下の記憶をいじくるような奴に誰が従うか! この詐欺師が!」
「残念だよ」
白いブーツのつま先が地面を蹴り、そして――
0.01秒後に右拳が顔面に突き刺さり、
0.02秒後に左拳が突き刺さり、
0.03秒後に右拳が腹部に埋まり、
0.04秒後に左拳が腹部に埋まり、
0.05秒後に右拳が左胸に当たり、
0.06秒後に左拳が右胸に当たり、
0.07秒後に左手の肘打ちが鼻に刺さり、
0.08秒後に顎に刺さり、
0.09秒後に頸部の真下に刺さり、
0.10秒後にみぞおちに刺さり、
0.11秒後に右足の蹴りがわき腹に当たり、
0.12秒後に再びわき腹に当たり、
0.13秒後に三度わき腹に当たり、
0.14秒後に左ももに当たり、
0.15秒後に左脛に当たり、
0.16秒後に左足の蹴りがわき腹に当たり、
0.17秒後に再びわき腹に当たり、
0.18秒後に三度わき腹に当たり、
0.19秒後に右ももに当たり、
0.20秒後に右脛に当たり、
0.21秒後に右のジャブが胸部へと放たれ、
0.22秒後に胸部へと放たれ、
0.23秒後に胸部へと放たれ、
0.24秒後に左のジャブが胸部へと放たれ、
0.25秒後に胸部へと放たれ、
0.26秒後に胸部へと放たれ、
0.27秒後に右のフックが横腹に突き刺さり、
0.28秒後に再び突き刺さり、
0.29秒後に左のストレートで顔面を殴り、
0.30秒後に左肩を殴り、
0.31秒後に右ハイキックで頬を蹴りつけ、
0.32秒後に靴の裏を胸に叩きつけ、
0.33秒後に左足を踏みつけ、
0.34秒後に左からわき腹を殴り、
0.35秒後に左足を解放してつま先を蹴りつけ、
0.36秒後に反対側のつま先も蹴りつけ、
0.37秒後に右足で左ひざを蹴りつけ、
0.38秒後に太ももを蹴りつけ、
0.39秒後に腹部を蹴りつけ、
0.40秒後に足を振り上げて顎を蹴り、
0.41秒後に振り下ろして頭頂を蹴り、
0.42秒後に左膝蹴りを腹部にかまし、
0.43秒後に再びかまし、
0.44秒後に三度かまし、
0.45秒後に四度かまして、
0.46秒後に右手アッパーで頬を殴り、
0.47秒後に左手アッパーで反対を殴り、
0.48秒後に顔面を右ストレートし、
0.49秒後に再びストレートし、
0.50秒後に正面から体当たりをぶちかまし、
0.51秒後に背中側にまわって肘打ちを打ち込み、
0.52秒後にまた打ち込み、
0.53秒後にさらに打ち込み、
0.54秒後に振りかぶった右拳を背中に放ち、
0.55秒後に腰を回して左拳を放ち、
0.56秒後に右拳を放ち、
0.57秒後に左拳を放ち、
0.58秒後に右靴裏で右足ふくらはぎを蹴りつけ、
0.59秒後に臀部を蹴りつけ、
0.60秒後に背骨を蹴りつけ、
0.61秒後に上からの左拳を左肩へと叩きつけ、
0.62秒後に左わき腹に叩きつけ、
0.63秒後に右拳を右わき腹へと叩きつけ、
0.64秒後に肋骨の右へと掌底を放ち、
0.65秒後に少し下に放ち、
0.66秒後にさらに下に放ち、
0.67秒後に肋骨の左へと掌底を放ち、
0.68秒後に少し上に放ち、
0.69秒後に更に上に放ち、
0.70秒に右肘打ちを右肩甲骨の下に放ち、
0.71秒後少し下に放ち、
0.72秒後にその左に放ち、
0.73秒後に右肩甲骨の下に放ち、
0.74秒後に背中の中心へと放たれ、
0.75秒後に後ろからの体当たりをぶちかまし、
0.76秒後に前に回ってサングラスを奪い、
0.77秒後に眼鏡をはずしてサングラスをかけ、
0.78秒後に眼鏡を上に放り投げ、
0.79秒後に左から殴りつけ、
0.80秒後に右から殴りつけ、
0.81秒後に右から殴りつけ、
0.82秒後に左から殴りつけ、
0.83秒後に右の掌底を顎に放ち、
0.84秒後に再び放ち、
0.85秒後に三度放ち、
0.86秒後にサングラスを外し、
0.87秒後にサングラスをスワロウにかけなおし、
0.88秒後に両の拳を胸部へと同時に叩きつけ、
0.89秒後に胸ポケットから白いハンカチを取り出し、
0.90秒後に額の汗をハンカチで拭い、
0.91秒後にハンカチをしまい、
0.92秒後にスワロウへと笑いかけ、
0.93秒後に大きく息を吸い込み、
0.94秒後に右の拳を構え、
0.95秒後に両目を大きく見開き、
0.96秒後に腹の底から叫びを上げ、
0.97秒後に左足を踏み出し、
0.98秒後に腰を回していき、
0.99秒後、右拳を強く強く握りしめて――
――1.00秒後に、渾身の右ストレートが炸裂した。
「
!
?
」
一言も発することなく、マイケル・スワロウは仰向けに倒れる。
全身が燃え上がるように、熱い。朦朧とする視界の中、ルークが落ちてきた眼鏡をキャッチしてかけなおし、こちらを見下ろしてきた。
「超能力者と戦うのは七年ぶりでね。年甲斐もなくはしゃいでしまった。やりすぎたことは許して欲しい」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
完全に遊ばれていた。
そのことがわかっても、怒りなど微塵にも湧いてこなかった。
それほどまでに絶対的な力の差が、存在していた。
「さて。もう一度交渉と行こうかマイケル・スワロウ。私は君を、高く買っている。一般人が独力で賢人の領域に到達するのは、能力世界史上初の快挙と言っていいだろう」
「……」
もう一度御影の方へと歩み寄りながら、彼は背中越しに淡々と続けた。
「それ故に惜しい。あまりにも惜しい。治安維持隊に引き渡せば、君は尋問を受けることになるだろう。ジゼル・カスタニエのことだ。超越者に対する私怨もあるだろうし、手酷い扱いをされるに間違いない。そしてAGEだ」
「…………ああ…………あの、馬鹿共ね…………」
「君の言う通り、賢人よりも愚者という呼び名がふさわしい集団だよ。だが人類を操る力は本物だ。シェイクスピアはどんな手段を使ってでも、君の記憶を覗き見ようとするだろう」
「問題ねえよ……精神系の能力は繊細過ぎて使えねえが……アイツらの能力も、知っている」
「流石は『全知』の賢人、と言ったところか。知っている物には抵抗できると」
「ああ……だが、お前の能力はわからねえ。きっと、絶対にわからないようになっている。そうなんだろ?」
饒舌だったルーク・エイカーの動きが、ピタリと止まる。
彼はこちらを振り返ると、今にも意識が無くなりそうな状態で、それでもなお立ち上がってみせたマイケル・スワロウの姿に眉をひそめた。
「まだやるのかい?」
「……ああ」
「ここから君が勝つ可能性など、万に一つも存在しないというのに?」
「勝ち負けなんて関係ねえんだよ。知ってるか、詐欺師? 勝者だから英雄なんじゃねえ。最後まで戦う奴のことを、英雄って言うんだよ」
二人の間に、長い、長い沈黙が訪れる。
ルーク・エイカーは無言で頷くと、赤く染まった両の拳を構えた。
無理矢理に戦意の笑みを浮かべて、マイケル・スワロウはルークの元へと歩いていく。
ルークは一度目を瞑り、そして開くと、ゆっくりと首を振った。
「マイケル・スワロウ。君の手は、私には届かない。だが――」
かすれた叫び声を上げて、ふらつきながらも拳を振り上げる。そんなスワロウに対し、ルークは柔らかい微笑を浮かべた。
「――君の言葉は、確かに私へ届いたようだ」
ルーク・エイカーの渾身の右ストレートが、再び腹部へと突き刺さり。
超越者序列五位、マイケル・スワロウは、今度こそ意識を刈り取られて、元序列一位の足元へと崩れ落ちた。




