第六章 英雄譚-4
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衝撃と衝撃がぶつかり、パアンッ! と風船が弾けたのを何倍にもしたような音が響き渡る。操るのは、どちらも『風』。青の空気と虹の大気が御影とスワロウの間で正面から激突し、段々とそのエネルギーを増していく。
やがて均衡が崩れ、圧縮された空気の塊は能力の操作を離れて弾ける。爆発的に業風が吹き荒れ、二人の体を空へと吹き飛ばす。
ビルとビルの間を高々と舞いながらも、御影は思考回路を駆動させていく。ビル風という言葉があるが、街の空気は基本わだかまる。建築物が摩擦となり、風の勢いを減少させてしまうからだ。
故に、彼が全力を出せるのは障害物の無い場所。さらに言うならば、地上から離れた空となる。風とは本来、複雑なものだ。気温の変化。気圧の差。そして、地球の自転。ありとあらゆる要素が絡まり合い、結果気流が形成される。
そういう意味では、御影奏多の能力は極めて強引なものだ。御影の能力は、『風を吹かす』ものであり、正確には『風を操る』ものではない。精細な積み木の城を、積み木一つを抜き取ることで全体を崩壊させていくように、風の方向を変えることで能力が及ぶ範囲全体の気流を変えていき、自然には起こりえない異常な風を巻き起こす。
本当の意味で風を操ろうとするならば、天候までをも掌握しなくてはならない。エボニーとの戦いでやったのがまさにそれだ。あの時は一瞬で黒雲が発生し、竜巻が起こったが、それまでにいくらかの準備をする必要があった。だからこそ、最初から『本気』をだすことができず、序盤はエボニーに追い詰められた。
だが、今回はマイケル・スワロウの元に行くまで、十分な時間をかけた。複製主要ブロックの空は、完全に御影の支配下にある。
空中で姿勢を整え、自らのいる空間に上昇気流を発生させる。上へ上へと移動しながら、御影は雨を含んだ風を一つに束ねていく。
「行けッ!」
エボニー戦で最後に放った竜巻の渦。それに倍する威力の空気の槍を、回転した状態でマイケル・スワロウへと走らせた。
御影と同じく、否、御影以上に軽々と宙を舞うマイケル・スワロウは、慌てる様子もなく、ただ右手を御影の方向へと構える。
巨大な円形をした虹の盾が形成され、御影の一撃を真正面から受け止める。ゴングをハンマーで殴るような音とともに、槍が砕け散って霧散していく。
正確に言えば、あれは虹の盾ではないのだろう。マイケル・スワロウの前方で彼の能力が発動され、過剰光粒子が複数発生することにより虹の光を放った。
「――ッ!」
そこまで考えたところで、なかば第六感にも似た危機探知により、御影奏多は右手を空へと向ける。
途端、上空から雷撃が落ちてきて、彼のいる空間を貫いた。
雷は空気の中を流れる。それを利用して無理やり電流の向きを捻じ曲げ、かろうじて回避をすることに成功したが、完全に防ぎきることはできない。静電気の何倍もの電流が御影の体を流れ、彼は悲鳴を上げて空を真っ逆さまに落ちていった。
凄まじい勢いで自由落下していきながら、御影は複製主要ブロックの街並みを睨みつける。雷に打たれた街路樹の炎が、雨が降っているのにもかかわらずその勢いを増し、宙を蛇のようにうねりながら御影へと迫った。
エボニーの炎に比べれば、どうということもない。少し勢いのある風を吹かせただけで、炎は全て霧散していく。だがその隙を突く形で、次なる攻撃が繰り出されていた。
「何!?」
思わず驚きの声を上げてしまう。雨水が凝縮されていき、巨大な水の塊となって、御影へと落下してくる。
風を自らへと吹かせ、重力の勢いも利用し、何とか回避することに成功した。道路上で水の塊が弾け飛ぶ。気が付いたときには、だいぶ地上に近い所にまで追い詰められていた。
そう思った時には、赤い光の柱に呑み込まれている。スワロウの本来の能力。『母星胎動』による、局所地震。
「舐めんな……ッ!」
自らと道路の間に存在する空気を、無理やり圧縮させていく。限界まで縮めたところで能力を解除し、無色の爆発を発生させて、自らを再び空へと吹き飛ばした。
遅れて、御影が落ちようとしていた場所が、下からの衝撃で吹き飛ばされる。建物や道路の破片が宙を舞う中、御影はそれに倍するスピードで上空のスワロウへと接近していった。
「見下ろしてんじゃねえぞ、オイ!」
「ハ! 弱え癖に吠えんな、オラ!」
両者が風を纏った状態で、またも正面から激突する。今度は段々と近づいていき、気圧が急上昇して目や鼓膜が痛んでいくのに耐えながら、御影はスワロウを睨みつけた。
臨界点が訪れ、操作を外れた気流が荒れ狂ったが、今度は御影だけが吹き飛ばされる形となった。低速のトラックにぶつかられたに等しい衝撃に、彼は吐血しながら空中を飛んで行く。対するスワロウは傷一つない状態のまま、能力を発動させた。
「大樹の破滅よ空を焦がせ!」
スワロウの右手の先から、オレンジ色に光る大剣が形成されている。それはそこらのビルに倍する百メートル以上の長さまで伸び続け、周囲に灼熱の炎を散らした。
炎だけではない。プラズマ。雷。その他、熱エネルギーを発する現象全てを束ねて作り上げられた、太陽と同じ威力を持つ破壊の剣。それは全てを焼き尽くし、全てを破壊し、世界を終わらせる神話の再現。
「ああッ!?」
全身が恐怖で粟立つのを知覚して、御影は上方への回避を選択する。一筋の風が彼に衝突し、空へと吹き飛ばした途端、巨大な炎の剣が振るわれた。
橙の扇が、複製主要ブロックを切裂いていく。コンクリート建築はスワロウの斬撃に触れた途端、オレンジ色に発光しながら溶けだしていった。
爆発的な上昇気流が発生し、御影の体はさらに高い場所へと打ち上げられる。数百メートル離れた場所から発生した熱波に、肌がジリジリと焙られる。
「クソッタレが……ッ!」
気圧と気温が急激に下がっていき、体が不調をきたしていく。御影はその事実を無理して、無理やり能力を発動させた。
スワロウの一撃により発生した上昇気流を束ね、回転させ、巨大な竜巻を作り上げていく。だが、それをスワロウへと走らせようとしたところで、御影は段々と気流の操作が効かなくなっていっていることに気が付いた。
青一色だった竜巻に、他の光も混ざっていく。竜巻の制御が、奪われていく。
そこで起きた現象が何かなど、御影では分析することは不可能だ。マイケル・スワロウは世界に存在する物質の全てを知っている。たとえ風単体を操る力が御影に劣るのだとしても関係ない。気温。気圧。そして自転。その全てに大なり小なり干渉できるのだとしたら、総合力ならいとも簡単に御影を超越してのけるだろう。
例えば、御影が発生させた竜巻を奪い、跳ね返すなどといった荒業だって可能だ。
渦巻く気流の壁が、御影へと迫る。何とか周囲の気体をかき集めて迎え撃とうとするも、そもそも能力がEランクの御影は、想定外の事態に極端に弱い。
辛うじて竜巻に吸い込まれることは回避したものの、外縁部の強風に吹き飛ばされて、御影はまたも複製中央エリアの空を飛んでいった。
※ ※ ※ ※ ※
スタンド席第一高校陣営。
「馬鹿なんですかーーッ!?」
「Oh Yeah!? 地震雷火事全部そろってる! ついでに竜巻まで! まずくないっすかグレッグ先輩!」
「まずいに決まってんだろ! つうか何? アイツ、能力複数持ってるの!?」
「反則っすね!」
「アッハッハッハ! もはや笑えてきますねえ! カメラ荒ぶっててロクに映ってないのも滑稽ですし!」
「そうっすね! アッハッハッハ!」
「いや、笑いごとじゃないぞ学生警備」
現実逃避気味に騒ぎ立てるテクラたちを見て、ライナルトが呆れたように首を振った。
「アレインとヘルムートのように似ている超能力者がいる以上、全部操れるヤツが現れても……いや、やっぱ理解不能だな」
ライナルトの横で、ミラトンが呟くように言った。
「普通、超能力者が操れるのは一つの力。それが原則。だけど、あえてマイケル・スワロウが操るものを一つの言葉に表すとしたら、『災害』、あるいは『自然』が最適」
「そんなの、人類が歴史上一度も勝ったことがない相手じゃないか。地震も異常気象も、この世からなくすことはできない。そんなの相手に、どうやって勝てばいいんだ?」
ライナルトの言葉に、その場にいた全員が沈黙してしまう。テクラはため息を吐くと、本来なら地上を映すはずの監視カメラが必死で空中を映そうとしているのをウィンドウから見て取りつつ、諦めのため息を吐いた。
「私たちも、覚悟を決めた方がいいかもしれませんね。もし本当に、マイケル・スワロウが治安維持隊を裏切っているのだとしたら、彼の手でこの世界は滅ぼされるかもしれません。本当に、本当に業腹ですけど……御影奏多の勝利を願うしか、なさそうですね」
「やっぱり御影先輩のファンっすか。私と同じっすね」
「二面ボスが実はツンデレかあ。ありきたりだな」
「顔面焼かれたいのか」
うわあ! と大袈裟にのけぞるシャーリーとグレッグ。こんな状況でも相変わらずの緩さだったが、逆に学生警備がいつもの調子を保てなくなった時こそが世界の終わりかもしれないと彼女は思った。
※ ※ ※ ※ ※
メインスタジアム元帥専用ルーム。
当然のことながら、治安維持隊高官の面々は不測の事態に大混乱となっていた。
「な、なんだあの力は!? あんなもの記録にないぞ!」
「御影奏多の報告通りか! まさかとは思っていたが……」
「そんなことよりも、全世界同時中継されていることにまず対処すべきです!」
「クソ! やはり、学生などに任せるべきではなかった!」
騒ぎ立てる部下たちを後目に、ジゼル・カスタニエは爪に歯を突き立てて、虹の光が飛び散る聖天祭会場の方を睨みつけている。
ルーク・エイカーは暫くの間沈黙を決め込んでいたが、埒があかないと判断してカスタニエの元へと歩み寄っていった。
「マイケル・スワロウのことは御影奏多に託すと決めました。彼の能力についても、予想の範囲内のはず。今すべきは、第三高校のハッカーに、何が起きたか確認することでしょう」
「こんなの、聞いてない……ヴィクトリア……どうして……超越者なんて……」
ルークの言う事など意に介さず、カスタニエはブツブツと独り言を呟いたまま硬直している。彼は数秒その場に立ち尽くしたが、ゆっくりと首を振って部屋の外へと歩いていった。
アリス・ヴィンヤードもまた、ルークの後についてくる形で廊下へと出てくる。眼鏡を外し、目元に指をあててため息を吐く彼に、ヴィンヤードは口を開いた。
「どうしますか?」
「君は公理評議会に連絡をとり、マスメディアの統制方針を固めるよう促してくれ。隠蔽するのはただ一点。マイケル・スワロウの裏切りだ。映像の途切れは、不測の事態で押し通す」
「ですが、彼はレイフ・クリケットを倒しました。それについてはどうしますか?」
「レイフ・クリケットがマイケル・スワロウにパワハラをしていた、とでもすればいいだろう。超越者を無力化したこと自体にはいくらでも隠蔽が効くはずだ。陰謀論が噴出するだろうが、放って置けばいい。実際に陰謀なのだから」
「わかりました。ルークは?」
「まずエヨンの元に行く。それから、戦いの決着に備えるとしよう」
「無理をしないでくださいよ?」
「わかっている」
ルークの右手が持ち上がり、アリス・ヴィンヤードの頭を軽く撫でる。少しだけ頬を赤らめながらも、彼女は唇を尖らせた。
「誤魔化さないでください。約束ですからね?」
「わかっていると言っただろう」
「七年前だってそう言いました。あなたはいつも、周囲を裏切る行動をとる」
「それが私の性だからね」
「……やはり、あなたは詐欺師ですよ」
「お褒めに預かり光栄だ」
彼にしては珍しく、道化師のように頭を下げてみせると、アリス・ヴィンヤードは不満そうな態度をあからさまに出して立ち去って行った。
一人廊下に残されたルーク・エイカーは、苦笑しながらヴィンヤードと反対の方向に足を踏み出した。
「やれやれ。私もだいぶ、毒されてしまったようだ――」
※ ※ ※ ※ ※
アスファルトへと墜落し、何度も何度も転がりながら、御影は周囲に血をまき散らす。
数十メートルの距離を移動したところで、ようやくその勢いが止まり、御影はガクガクと震える足を両手で抑えながらその場に立ち上がった。
全身の肌から、血が滴り落ちていく。意識が急速に遠のいていくのがわかり、御影は右手で額を掴んで首を振った。
「その程度か、御影奏多!」
遥か彼方上空から、マイケル・スワロウの声が降ってくる。どうも能力を使って自分の声が届くようにしているらしい。
「やっぱ……遊ばれてるな、これ……」
白い羽を広げて浮遊するスワロウを見上げて、御影は唸り声を上げる。本気で来いという怒り以前に、もはやどうしようもないのではないかという諦めの感情の方が強かった。
「だが……そんなのは、今更だ」
風を吹かせ、自らの体を宙へ浮かす。上へ上へと移動しながら、御影は思考を巡らせた。
『力の差は歴然。ミュリエルは俺のことを、世界の全てを分析する者とか言ってたが、スワロウの方がそう呼ぶにふさわしい存在だ』
最初に風による攻撃を受けたときは押し返せたが、あのときは戯れに御影の能力のみを使われていただけだ。二回目には互角。三回目には真正面からぶつかり吹き飛ばされた。
風の操作という一点においても、御影がスワロウに勝る点など一つもない。そもそも最弱だったところから無理やり学生最強の座をもぎとった御影には、絶対的な能力の限界が存在する。それは六月のときには既に、レイフ・クリケットによって看破されていた。
『奴と俺はよく似ている。格は違うが、世界の全てを分析しようとしたという一点において、俺とアイツは同じだ』
ロザリンド・ウィルキンスには気に入られそうだ。随分と学者向きな世界の見方だと思う。あんな見た目と言動だが、マイケル・スワロウは真に『賢人』と呼ぶにふさわしい存在だ。
「だが。俺とアイツは違う」
もし同じなのだとしたら。御影はミュリエル・ボルテールの誘いを断らなかったろう。
世界の全てを、知りたくはないか――?
「残念ながらよお。俺が知りたいって思ったのは、そんなものじゃなかったらしいぜ?」
人はありとあらゆる仮面を持つ。
我々は瞬間に閉じ込められ、一秒前とは他人の自分を演じている。
思想は複数に分割され、思考は自分の中ですらすれ違う。
自らを極めようとしたエボニー・アレインと、弱さが欲しいと泣いた少女。
自らを見限ったラン・シャオナンと、強さが欲しいと嘆く少年。
道化を演じるミュリエル・ボルテールと、真理を求める研究者。
道化を嫌うカリーナ・エメルトと、偽善者でしかない医者。
理想と現実。フィクションとノンフィクション。全ての人間はその狭間に遍在する。
だが。それでも。
「お前は俺にはなれないよ、マイケル・スワロウ。俺を名乗れるのは俺だけだ」
そう呟いた、次の瞬間。
御影奏多のいる空間を、真っ白な柱が貫いていった。
※ ※ ※ ※ ※
生み出されるは、地球上に存在しうる最大火力の槍。
地殻運動。天気天候。その他、ありとあらゆる自然現象が束ねられて形成される一撃。
「大神よ。大樹の知恵を手に入れし賢者よ。我が呼びかけに応えたまえ!」
万物を極めれば、自ずとただ一つの結論に辿り着く。大いなる力。全ての物質に宿りし力。すなわち、エネルギー。熱と言う名の振動。その増大は不可逆であり、故にこそ全てを飲み込み上書きしてしまうほどの力がある。
「――永久大樹は転生せり!」
上から降り注ぐは、雷を中心とするプラズマ現象。下からは、局所地震と炎の柱。それらは混ざり合って一つのエネルギーとなり、巨大な柱となって天地を繋ぐ。
生存不可避の、灼熱光線。大地が穿たれ、黒雲に穴をあける、絶対なる神の一撃。災害を超えた大災害の局所発生。この一撃をまともにくらって生存できるものなど、マイケル・スワロウと同じ領域、超越者と同じ時空に到達出来た者にしか許されない。
だが、マイケル・スワロウは知っている。かつて世界の限界を超えた者を。
覚えている。四月一日に見た、あの『奇跡』を。
「さあ! お前の答えを見せてみろ! 御影奏多ァッ!」
――光が、爆ぜた。
風が吹く。
マイケル・スワロウの放った一撃が、ガラスが砕け散るような音と共に霧散していく。
御影奏多が、姿を現す。
あの、黄金の光をまき散らして。
「ハハハッ! ハハハハハハハハハハッ! ついに来たか! 能力の完全なる『転換』が!」
スワロウが知る世界の、更に上を行く者。世界の全てを超越する者。
「そうだよ! それがお前の、本来の力だ! 超越者の世界へようこそ! お前と俺は今、まったく異なるが故に、同じ高みに存在する! ……だが!」
虹の光を発生させ、かつての御影奏多に倍するスピードで竜巻の竜を作り上げていきながら、マイケル・スワロウは続けて叫んだ。
「それだけじゃ足りねえ! 『次元切断』のレイフさんが最優である理由が、超能力ではないように! 『次元破壊』のラン・シャオナンが最凶となりえず、俺に敗北したように! 大いなる力があるだけでは不適格だ! かつての能力を捨てたお前は、己を超えられるのか!?」
「……――誰が何を捨てたって?」
黄金の光と同時に、青の輝きが空間を満たしていく。
新と旧。二つの力を同時に操りながら、御影奏多は皮肉に笑ってみせた。
「俺は何も捨てちゃいねえよ。今までも。そして、これからもな」
先ほどのマイケル・スワロウに倍するスピードで、青と黄金の光を纏った竜巻の竜が形成される。御影の一撃はスワロウのそれに真正面から激突し、相殺するどころか完全に食い破って、スワロウへと迫っていった。
「――ッ!」
虹の盾を出現させ、竜巻を受け止める。それでも相殺しきれず、スワロウは強風に吹き飛ばされて空を舞った。
何とか体勢を整えて、空中に浮遊する。御影奏多がいつのまにか数メートルほどしか離れていない場所まで移動して、こちらのことを見つめていた。
「俺はお前の期待通りには動かねえよ。俺が俺である限りな」




