35年目10月第2週/プレイヤーキャラ?との接触に成功しました その①
時間が経つのは早いもので。
二階堂真幸公衆告白事件より、今日を含め早三日が過ぎ去った。
片思いの相手の煮え切らない態度に感情が爆発させた佐藤さんは、本人も思いもしなかった形で自爆を遂げ、更に地雷まで踏んだ。同級生たちすらも視界に入れず、完璧な第三者ポジションを陣取っていたはずの山田さんは巻き込まれ事故によって一年生女子の九割を敵に回した。なんと忌まわしい事件だったことか。
噂は瞬く間に広まった。伝播範囲が学年内でのみで止まっているのが不幸中の幸いか。事件当日の放課後そそくさと帰路についた私は見聞きしなかったのだが、主犯の二階堂青年が『あんまり大げさにするな』と口止めを入れたらしく。その発言がブレーキの役割を果たしたようだ。
事を大げさにしたお前が言うなよな、と思ったのはきっと私だけじゃないはずだ。
二年・三年のお姉様方の耳には入っていないとはいえ、一学年目のほぼ九割の女子生徒に敵認定された山田さんの心労・苦労は計り知れず。二階堂自身も火消し行為に躍起になっているが効果は芳しいのは当然だ。二階堂が彼女を庇えば庇うほど、比例するように、彼を思い慕う少女らは阿修羅へと変貌していく。恋は盲目とは末恐ろしい。
「梨乃の言っていた通りに、か」
正義感溢れる行動派女子、もとい私の友人である海津梨乃の「これからしばらくは女子の風当たりが強くなりそう」という予言は、見事に的中した。
朝の登校から夜の下校まで。山田さんに付き添い、荒れ狂う波への防波堤の役割をこなす彼女は、誰に聞かれても私の自慢の友。事なかれ主義者の私とは正反対の人物。類は友を呼ぶ、という格言は嘘だった。
関わらない、と返答したことに後悔も反省もしていない。人には出来ること出来ないことがある。私は梨乃のような「無条件で誰かに寄り添い支え励まし共に歩む」力は無い。打算と妥協に価値基準を見出す人間には縁遠い行為だ。ささやかな願いのためならば、ヒト一人位、どうってことない。
「何事も最後は自己防衛した者が勝つ。
権力には逆らうな。
長いものには巻かれていればいいのだから」
それが正答。それが正解。
世の中はいつだって弱肉強食。食うか食われうか、それだけだ。
……だというのに。
『睦美はさ、どうする?』
あの日。三日前。
真剣な面持ちで問われた梨乃の言葉が今になって耳の奥でループする。
ええい、うるさい。うるさい。
だって、私には関係ないんじゃないか。
梨乃は自己責任を覚悟で手を出したんだ。
三日前に勃発した修羅場の結果、一年女子の有志が対山田戦線を結成した。現在、地獄絵図と化している一年二組から逃げ出して何が悪い。女子の暗黒面は果てしなく底がないだ。
巻き込まれ事故とかたまったものではありません。
「……厄介事に自ら進んでいくことも無い、はずなんだけどな」
――だというのに。貴重な昼休みを潰してまで、私が教室からわざわざこんなところまで来てしまったのは、何故なんだろう。
◆
我が文芸部の活動は創作よりも評論に趣が置かれている。
と言っても、月二回のペースで開かれる定例会で、各部員が読んだ作品をお勧めしたり、感想を言いあう等、中身は大変ぬる~いモノだ。十代から文筆稼業を真剣に志すような人物は、こんなぬるま湯系お遊びクラブではなく、本格的に活動している他の部活に所属している―――のだが。
例外、というのは意外と身近にいたりするもんだ。
「須田がいる……だと……ッッ!?」
「本当だ。須田ちゃんが部室にいるなんて珍しいね」
例外その1とその2は部室のドアを開けるなり、単行本片手に弁当を突っつく私を見て目を見開く。
確かに幽霊部員。四月の入部以来、ほとんど寄り付いてないけど。これでも、一応、文芸部員なんですよ。極たまにですけど顔も出しているんです。
だから、信じられないものを見たような顔でこちらを凝視しなくてもいいのではないでしょうか。
特に、瞼をこれでもかとシパシパ動かしつつ体を硬直させている小早川。
「市武良先輩……。そこまで驚かれると、さすがの私も傷つきます。女の子のハートはガラス製なんです。今ので私の心は粉々に砕けました。主に小早川のせいで、主に小早川のせいで」
「んなっ!? な、んで俺のせいなんだ! しかも何故に二回も言った!」
「大事なことなので。それに、市武良先輩は癒し系だからそんなことしない言わない。だから主に、というか、全部小早川のせい」
「テメェ……っ」
例外その2、小早川翔太はふざけるなと眉間にしわを寄せこちらにガンを飛ばしてくる。
そんな簡単にキレないでくださいよ生徒会執行部メンバー様。その悪人面が、完璧超人の精鋭ばかりが名を連ねる生徒会執行部に在籍してるとか嘘みたいだよ。アンタが執行部メンバーとか未だに信じられないのは私だけだろうか。ワイシャツの左側二の腕部分に、安全ピン止めて身につけている腕章とか幻覚だよね(笑)と心の中の悪態を視線に乗せ、ガンを飛ばし返す。
右手に箸、左手に単行本を持ったっまま戦いの火ぶたを落とした私の不格好さを笑わない例外その1、じゃなくて市武良先輩、さすがです。「市武良が仕事を放棄すれば付属第一は一夜にして滅ぶ」と称えられる影の功労者のスルースキルは伊達じゃなかった。
「そもそも女の子って誰のことだ? わが文芸部におわす可憐な乙女は凪先輩だけだっつの」
「あら嫌だ。眼鏡かコンタクトでもご愛用したらいかが、小早川庶務(笑)。今日はもう早退して、是非、眼科に行ってきたらいいよ。腐った目ん玉取り替えて貰って来な?」
「悪いな、ご期待に添えそうにない。俺の最大の長所は視力が2・0あることだ。どんな視力がイイ俺でも眼前にいるのヤツを女子とは認識できない。可笑しいな。おい、そこの女子と自称する未確認生命体。掴むところのねえ絶壁をなんとかしてから出直してこい」
「よーし分かった。表に出やがれエセ執行部員。その下半身徹底的にぶっ潰す」
「ハッ、やれるもんならやってみろよ、ミジンコ。俺との体格差理解してんの? 馬鹿なの阿保なの?」
しっかし、紺色の下地に白い糸で『生徒会執行部』とデカデカと刺繍が施されている腕章とか、遠まわしに言ってダサいよ小早川。ああ、市武良先輩とか眉目秀麗な方々はたとえダサい腕章だろうがお手軽ファストファッションだろうが、何でも一級品のように見えてしまうのでしょうね、くそぅ、羨ましい。
というか、付属第一高等学校には美男美女美少年美少女が多すぎやしないか。学校の権力者集団である『生徒会執行部(小早川は除く。きゃつは最大級に褒めても中の上がいいところだ)』のお兄様お姉様方。明らかに年齢詐称している保険医や教員、部活顧問。何故か学年に一人は存在する現役アイドル。二階堂のように、一般人向けの学校なのに通学している上流階級の人間。
もう訳がわからないよ。
隣の隣の隣の隣にあるアルカンシエル高等部なら、芸能コース等生徒の要望に合わせた各種専門コースが取りそろえられている。付属第一から徒歩三十分先には、財閥や政治家・有名人の子息向けの全寮制男子校だってある。私立アイリス学園は総合教育機関とより学園都市とでも名乗ればいいと思う。多種多様の学校が存在するのに、最適と思われる学校環境に目もくれずに、彼ら彼女らが付属第一にわざわざ通う理由が本当にわからない。逆の意味でその身には不相応な教育機関を選択している人間がここにはあまりに多く、そのせいで付属第一の美男美女美少年美少女の人口密度は半端じゃない。
他校の友人たちから『アイリス学園高等部の普通は普通じゃない』と評価されるのも頷ける。そもそも、各クラスに最低でも一人、そこらの芸能人が霞んで見えるレベルの美男美女が居ることが当たり前になっているとか。
世も末。
などと、どうでもいいことを頭の片隅で考えつつ、小早川とガンの飛ばしあいからのマジでバトルが発展する五秒前に、
「大丈夫、大丈夫。須田ちゃんの心はたぶん防弾ガラス製だから。自信持ちなよ」
わが校を代表する癒し系先輩に、極上スマイル付きでワンテンポ遅い毒を吐かれました。見えないし聞こえないけれど、先輩の背後の空間に漂う擬音はきっと『須田ちゃん、ファイト!』なのでしょう。
これが人工ではなく天然だというのが、また。
市武良先輩にタイミングよく介入されてしまい、私と小早川の燃え上がった闘志は完全に消え去った。空気を読むのも上手なんて、さすがです、先輩。
『防ww弾wwwガwwラwスwwwwwwwwwwwww』と。
腹を捩って爆笑しやがった野郎にはひざ蹴りを一発かわして床に沈めるに留め、いい加減さっさと半分以上残っていたお弁当の中身消費活動を再開させようと思います。
長くなったので分割します。
1年次10月第2週に追加登場したキャラは以下の通りです。
◆小早川将太<こばやかわ しょうた>
附属第一高校1年。生徒会執行部メンバー(庶務)。文芸部所属。
最大級に褒めても中の上がいいところ、とは睦美談。
体格差があると自分で言っておいて、睦美にひざ蹴りを喰らわされている。
◆市武良<しむら>
睦美の文芸部の先輩。
眉目秀麗。ダサい生徒会執行部の腕章だろうが、一級品のように身につけてしまう程度には高スペック。
「市武良が仕事を放棄すれば付属第一は一夜にして滅ぶ」らしい。