第九話 化け物と呼ばれた男
夜風が心地よく吹き抜ける庭園。
会場の喧騒が嘘のように静かだった。
レイナは花壇を眺めながら歩く。
「広いなぁ。」
(庭だけで公爵家より広そう。)
「庭だけで公爵家より広そう。」
また同じだ。
カイゼルは無意識に口元が緩みそうになる。
「そんなに珍しいか。」
「うん。」
「アタシん家にも庭はあるけど、こんな立派じゃないし。」
(というか、庭仕事ばっかやらされてたけど。)
「というか、庭仕事ばっかやらされてたけど。」
カイゼルの足が止まる。
「……庭仕事?」
「公爵令嬢がか。」
「そうだけど?」
レイナは不思議そうに答えた。
「花壇の手入れとか、掃除とか洗濯とか。」
「使用人さんだけじゃ終わらないからって、アタシもやってた。」
(あいつら何もしなかったし。)
「あいつら何もしなかったし。」
カイゼルの瞳が僅かに細くなる。
公爵令嬢に使用人同然の仕事をさせるなど聞いたことがない。
しかも、この娘はそれを愚痴としてではなく、事実として話している。
「……そうか。」
それ以上は聞かなかった。
聞けば、今すぐアルフォード公爵を問い詰めたくなる気がしたからだ。
しばらく沈黙が流れる。
やがてレイナが口を開いた。
「ねぇ。」
「なんだ。」
「アンタ、本当は暴君じゃないでしょ。」
カイゼルは足を止めた。
「……なぜそう思う。」
レイナは腕を組み、少しだけ考える。
(さっきから見てたけど、アンタ、嘘ついた奴にだけ反応してたよね。)
「さっきから見てたけど、アンタ、嘘ついた奴にだけ反応してたよね。」
「最初は勘かなって思ったけど、違う。」
「嘘つく人ばっか見てた。」
「だからさ。」
レイナはカイゼルを真っ直ぐ見つめた。
(アンタ、人の心が読めるんじゃない?)
「アンタ、人の心が読めるんじゃない?」
カイゼルは目を見開いた。
誰にも話したことはない。
歴代皇帝の中でも、この能力を持っていた者はいない。
側近のアルベルトにすら隠してきた秘密。
それを、この少女は見抜いた。
「……どうして、そう思った。」
「消去法。」
レイナはあっさり答える。
(勘だけど、たぶん当たりだな。)
「勘だけど、たぶん当たりだな。」
思わず、カイゼルは小さく笑った。
「勘、か。」
「うん。」
「違うなら笑ってくれていいよ。」
その笑顔にも嘘はない。
カイゼルはゆっくりと空を見上げた。
隠し続けてきた秘密。
誰にも知られてはいけない能力。
だが、不思議だった。
この少女になら話してもいい。
そう思えてしまった。
「……そうだ。」
レイナがカイゼルを見る。
「余は、人の心が読める。」
「だから人を信じられない。」
「口では忠誠を誓いながら、心では余を殺したいと願う。」
「親も、乳母も、家臣も……皆そうだった。」
「そんなものを聞き続ければ、人間など嫌いにもなる。」
普通なら怯える。
気味悪がる。
化け物と呼ぶ。
そう思っていた。
しかし。
レイナは目を輝かせた。
(え、めちゃくちゃ便利じゃん。)
「え、めちゃくちゃ便利じゃん。」
「……は?」
「だって詐欺にも遭わないし、裏切る奴もすぐ分かるじゃん。」
「しかもアンタ、氷魔法なんでしょ?」
「アタシ、炎魔法。」
(氷と炎って最強じゃね?)
「氷と炎って最強じゃね?」
「凍らせて燃やせるじゃん。」
「いいなぁ、その能力。」
カイゼルは言葉を失った。
怖がらない。
嫌悪しない。
哀れまない。
その能力を羨ましいと笑う人間など、生まれて初めてだった。
「……お前は。」
「ほんとうに変な女だ。」
レイナは吹き出す。
(それ、今日何回目だよ。)
「それ、今日何回目だよ。」
夜風に乗って、レイナの笑い声が響く。
その笑顔を見つめながら、カイゼルは胸の奥に芽生えた感情に気付き始めていた。
――もっと、お前を知りたい。
それが恋の始まりだとは、まだ知らずに。




