第八話 皇帝の指名
「レイナ・アルフォード。」
静まり返った会場に、カイゼルの声が響く。
「は?」
突然名を呼ばれたレイナは、口に運びかけていたケーキを危うく落としそうになった。
「アタシ?」
(なんでアタシ?)
「なんでアタシ?」
また同じだ。
カイゼルは胸の奥が妙に落ち着くのを感じた。
嘘を探す必要がない。
心を疑う必要もない。
そんな相手は、この少女だけだった。
「少し付き合え。」
「えー。」
レイナは露骨に嫌そうな顔をする。
(ケーキ食べ終わってないんだけど。)
「ケーキ食べ終わってないんだけど。」
「……食べ終わるまで待つ。」
「え。」
今度は会場中が固まった。
アルベルトですら思わずカイゼルを見た。
(陛下が……待つ?)
(あの陛下が?)
レイナはケーキとカイゼルを見比べる。
「じゃあ、あと二口。」
(せっかくなら味わって食べよ。)
「せっかくなら味わって食べよ。」
もぐもぐ、と口いっぱいにケーキを頬張る。
カイゼルは黙って待っていた。
令嬢たちは信じられないものを見るような目を向ける。
(どういうこと!?)
(陛下が女を待ってる!?)
(私なんて話しかけることすらできないのに!)
嫉妬と困惑が入り混じった心の声が、一斉にカイゼルへ流れ込む。
煩わしい。
だが、不思議と今日は気にならなかった。
目の前ではレイナが満足そうにケーキを食べ終えている。
「ごちそうさま。」
(うまかった。)
「うまかった。」
「終わったか。」
「うん。」
「なら来い。」
「どこに?」
(まさか説教じゃないよね?)
「まさか説教じゃないよね?」
「違う。」
カイゼルは短く答えた。
「庭園を歩く。」
「……庭?」
「そうだ。」
レイナは少し考え込み、肩をすくめる。
「別にいいよ。」
「暇だし。」
(夜風も気持ちよさそうだしね。)
「夜風も気持ちよさそうだしね。」
カイゼルは自然と口元が緩みそうになるのを堪えた。
その様子を見ていたクラリスは、ドレスを握り締める。
(どうして……。)
(どうしてあの子ばかり……。)
(絶対に認めない。)
その黒い感情を聞きながら、カイゼルはレイナへ手を差し出した。
「行くぞ。」
レイナはその手を見つめる。
(エスコートってやつか。慣れてないんだけど。)
「エスコートってやつか。慣れてないんだけど。」
そう言いながら、素直にその手を取った。
その瞬間――。
カイゼルはわずかに目を見開く。
温かい。
誰かと手を繋いで、嫌悪感を抱かなかったのは初めてだった。
「……。」
「ん?」
「いや。」
何でもない、と首を振る。
だがその胸は、確かに高鳴っていた。
生まれて初めて、人といることを心地いいと思ってしまったのだから。




