第七話 自業自得
クラリスは優雅な笑みを浮かべながら歩いてくる。
手には、赤ワインが入ったグラス。
「レイナ。」
「こんなところにいたのね。」
レイナはローストビーフを口へ運びながら振り返った。
「ん?」
クラリスはにこやかに笑う。
「せっかくのパーティなのだから、お姉様がご一緒してあげようと思って。」
もちろん嘘だ。
カイゼルには本心が聞こえている。
(このワインを浴びせて、みんなの笑い者にしてやる。)
(皇帝の前で恥をかけば終わりよ。)
レイナはそんなことなど知らず、皿の料理を食べ続ける。
「そう。」
「ありがと。」
クラリスはレイナのすぐ横まで来ると、わざと足をもつれさせた。
「きゃっ!」
グラスが大きく傾く。
赤ワインがレイナへ向かって飛ぶ――。
その瞬間。
レイナはほんの半歩だけ横へ動いた。
「あ。」
ワインは行き場を失い、そのままクラリス自身へ降りかかる。
「きゃああああっ!」
真っ白なドレスが赤く染まった。
会場が静まり返る。
クラリスは呆然と立ち尽くした。
「ど、どうして……。」
レイナは首を傾げる。
(勝手に転びそうになったから避けただけなんだけど。)
「勝手に転びそうになったから避けただけなんだけど。」
まただ。
一字一句違わない。
カイゼルは無意識に口元へ手を当てる。
「……ふっ。」
小さな笑いが漏れた。
「え……?」
アルベルトは耳を疑う。
今。
陛下が笑った……?
それも、人を嘲笑う冷たい笑みではない。
思わず吹き出したような笑いだった。
周囲の貴族たちも凍り付く。
(陛下が笑った!?)
(初めて見た……。)
(どういうことだ……。)
クラリスは涙目で叫ぶ。
「レイナ!」
「あなたが避けるからでしょう!」
レイナはきょとんとする。
(いや、ワインかけられそうになって避けない奴いる?)
「いや、ワインかけられそうになって避けない奴いる?」
「自分で転んだんだから、自分のせいじゃん。」
クラリスは言葉に詰まる。
反論できない。
すると、カイゼルがゆっくり歩み寄った。
「クラリス・アルフォード。」
「……は、はい。」
「余の前で見苦しい真似をするな。」
「ですが陛下!」
「黙れ。」
たった一言。
クラリスは肩を震わせる。
カイゼルの瞳は氷のように冷たかった。
「余はすべて見ていた。」
その言葉に、クラリスの顔色が変わる。
もちろん、ワインを浴びせようとしたことなど見えてはいない。
だが、心は読んでいた。
クラリスは勘違いした。
(バレた……!?)
その反応だけで十分だった。
カイゼルは静かに告げる。
「下がれ。」
「……はい。」
クラリスは涙を流しながら去っていく。
その背中を見送り、レイナはぽつりと呟いた。
(なんかかわいそうになってきた。)
そして、そのまま口にする。
「なんかかわいそうになってきた。」
カイゼルは思わず目を見開く。
仕返しをされてもなお、相手を少し心配する。
その心も。
その言葉も。
一文字たりとも違わない。
「……変な女だ。」
そう呟いたカイゼルの胸には、今まで感じたことのない感情が、静かに芽生え始めていた。




