第六十六話 母からの言葉
部屋の中に。
女性の声が響いた。
『――レイナ。』
「……母上?」
レイナの目が大きくなる。
聞き間違えるはずがない。
幼い頃に聞いた、優しい声。
『もし、この声を聞いているのなら。』
『あなたは、もう一人で生きていけるほど強くなったのね。』
「……。」
レイナの瞳に涙が浮かぶ。
「母上……。」
カイゼルは何も言わず、レイナを支えていた。
『あなたには、何も話さずに逝ってしまってごめんなさい。』
『でも、あなたを守るためには、それしかなかったの。』
「守る……?」
レイナが呟く。
その言葉に反応するように。
ペンダントがさらに強く光る。
『あなたの中には、私の魔力が残っている。』
『それは、普通の魔力ではない。』
カイゼルの表情が変わる。
「……魔力を継承しているのか。」
『あなたの魔力は、誰かに奪われるようなものではない。』
『決して、誰かの道具になってはいけない。』
レイナはペンダントを握る。
「じゃあ……。」
「公爵家は、それを知ってたの?」
返事はない。
代わりに、声が続く。
『もし誰かが、あなたの力を利用しようとするなら。』
『逃げなさい。』
『戦ってもいい。』
『でも、あなた自身を失わないで。』
レイナの目から涙が一粒落ちる。
「……ずるいよ。」
「今さら、そんなこと言うなんて。」
カイゼルはレイナを見る。
いつも強気だったレイナが。
今だけは、子どものような顔をしていた。
『最後に一つだけ。』
『あなたが誰を信じるかは、あなた自身が決めなさい。』
『私が決めることではない。』
その言葉を最後に。
光がゆっくりと消えていく。
「母上……?」
レイナが手を伸ばす。
しかし。
もう声は聞こえない。
静寂が戻る。
「……。」
レイナは俯いた。
カイゼルが静かに声をかける。
「レイナ。」
「……ごめん。」
「なぜ謝る。」
「なんか……。」
レイナは涙を拭う。
「情けないところ見せちゃった。」
カイゼルは首を横に振る。
「情けなくなどない。」
「泣きたい時に泣くのは、弱さではない。」
レイナが顔を上げる。
「……アンタ。」
「何だ。」
「そういうこと言うの、ずるい。」
「なぜだ。」
「余計に泣きそうになる。」
カイゼルは少し困ったように黙る。
そして。
「なら、泣けばいい。」
「余がいる。」
レイナは目を見開く。
そして。
小さく笑った。
「……ありがと。」
◇ ◇ ◇
その頃。
部屋の外。
公爵は魔術師から報告を受けていた。
「魔力の反応が強くなっています。」
「やはり、レイナの中に力が残っていたのか。」
公爵の顔に笑みが浮かぶ。
「これさえ手に入れば。」
「皇帝との関係など、どうでもいい。」
「レイナ自身を利用できる。」
魔術師が尋ねる。
「では、結界を解除しますか?」
「いや。」
公爵は首を振る。
「まだだ。」
「力が完全に引き出されるまで、あの二人を閉じ込めておけ。」
「しかし、陛下まで……。」
「構わん。」
公爵は冷たく笑う。
「レイナの力を手に入れるためなら。」
「皇帝と敵対することも恐れん。」
◇ ◇ ◇
部屋の中。
レイナは涙を拭い、立ち上がった。
「カイゼル。」
「ああ。」
「出よう。」
「分かった。」
カイゼルが魔法石へ手を伸ばす。
その瞬間。
ペンダントが再び光った。
今度は。
結界そのものに亀裂が走る。
「……!」
カイゼルが目を見開く。
「レイナ。」
「何?」
「お前の魔力が、結界を拒絶している。」
「じゃあ……。」
「ああ。」
カイゼルが笑う。
「今なら出られる。」
二人は同時に結界へ手を伸ばした。
そして。
パリンッ!
透明な壁が、音を立てて砕け散った。
しかし。
結界が消えた瞬間。
屋敷中に警報が鳴り響いた。
公爵家の者たちが一斉に動き始める。
「陛下たちが結界を破ったぞ!」
「止めろ!」
「レイナを逃がすな!」
レイナはカイゼルを見る。
「……走る?」
「ああ。」
「了解!」
二人は廊下へ飛び出した。
だが。
その先には。
大勢の公爵家の兵士たちが待ち構えていた。




