第六十二話 罠の屋敷
その日の午後。
レイナとカイゼルは、アルフォード公爵家へ向かう準備をしていた。
「本当に行くの?」
アルベルトが確認する。
「ああ。」
カイゼルは答えた。
「母親の形見を取り戻したいというなら、止める理由はない。」
「ただし。」
カイゼルはレイナを見る。
「余も同行する。」
「分かってるって。」
レイナは苦笑する。
「一人で行かせてもらえないんでしょ?」
「当然だ。」
「過保護だなぁ。」
「お前の場合は必要だ。」
「ひどくない?」
レイナが頬を膨らませる。
カイゼルは少しだけ口元を緩めた。
「事実だ。」
◇ ◇ ◇
しばらくして。
二人を乗せた馬車が、アルフォード公爵家へ向けて走り出した。
今回は近衛兵も同行している。
警戒は十分だった。
「……。」
レイナは窓の外を眺める。
見慣れた景色が少しずつ近づいてくる。
「懐かしい?」
カイゼルが尋ねる。
「全然。」
レイナは即答した。
「早く用事済ませて帰りたい。」
「そうか。」
「母上の形見だけ受け取ったら、二度と来たくない。」
カイゼルは何も言わず、レイナを見る。
その言葉に、少し安心したような気がした。
やがて。
馬車が公爵家の門前で止まる。
「到着しました。」
扉が開く。
レイナが降りる。
「……。」
目の前には。
かつて自分が暮らしていた屋敷。
以前とは違う。
今のレイナには、もう恐怖はなかった。
カイゼルが隣に降り立つ。
「行くぞ。」
「うん。」
二人が屋敷へ入る。
◇ ◇ ◇
玄関ホール。
公爵が待っていた。
「陛下。」
深々と頭を下げる。
「お待ちしておりました。」
「母親の形見を見せろ。」
カイゼルは単刀直入に言った。
「もちろんでございます。」
公爵は笑顔を浮かべる。
「こちらへ。」
案内された先は。
屋敷の奥にある部屋だった。
「ここにございます。」
公爵が扉を開く。
部屋の中央。
小さな箱が置かれていた。
レイナが息を呑む。
「……これ。」
ゆっくり近づく。
箱を開ける。
中には。
一枚の古い手紙と、小さなペンダントが入っていた。
「母上の……。」
レイナの指が震える。
ペンダントを手に取る。
カイゼルは黙って見守る。
「本当に、母上のものだ。」
レイナの目が少し潤む。
しかし。
その瞬間。
ガチャッ。
背後で扉が閉まった。
「……?」
レイナが振り返る。
鍵がかかる音。
「カイゼル?」
カイゼルが扉へ向かう。
ドアノブを回す。
開かない。
「……。」
カイゼルの表情が変わる。
「罠だ。」
公爵の声が扉の向こうから聞こえた。
「申し訳ありません、陛下。」
「しかし。」
「レイナだけは、ここへ残していただきます。」
レイナが目を見開く。
「は?」
カイゼルが扉を睨む。
「何を言っている。」
「今まで通りでございます。」
公爵の声には、わずかな笑みが混じっていた。
「レイナには、この屋敷で働いてもらう。」
「皇后候補など、身の程知らずな立場から引きずり下ろすために。」
「そして陛下には――。」
一瞬の沈黙。
「ここから、お帰りいただきます。」
カイゼルの周囲の空気が、一気に冷えた。
「……余に命令しているのか。」
「滅相もございません。」
「ただ。」
公爵は静かに告げる。
「レイナを置いてお帰りください。」
レイナは唇を噛む。
「……ふざけないで。」
カイゼルが振り返る。
「レイナ。」
「大丈夫。」
レイナは強がるように笑った。
「こんなの、すぐ出られるでしょ。」
しかし。
その直後。
壁の向こうから、魔力が流れ込んできた。
カイゼルが眉を寄せる。
「……結界か。」
部屋全体を覆うように、強力な魔法が展開されていく。
「陛下。」
レイナが小さく呟く。
「これ……ちょっとヤバくない?」
カイゼルはレイナの前へ立った。
「問題ない。」
そう言いながら。
カイゼルは結界へ手を伸ばす。
しかし。
氷の魔力が弾かれた。
「……。」
カイゼルの表情が険しくなる。
公爵家は。
皇帝を閉じ込めるための結界まで、用意していた。




