第六十一話 皇帝の弱点
その夜。
アルフォード公爵家の執務室。
公爵は一人、机の前に座っていた。
目の前には、帝城から届いた報告書。
そこには、カイゼルがレイナをどれほど気にかけているかが記されていた。
「……やはり。」
公爵は低く呟く。
「陛下は、あの娘に特別な感情を抱いている。」
レイナが襲われた時。
カイゼルは自ら現場へ向かった。
傷を負えば怒り。
危険が迫れば、すぐに守ろうとする。
公爵はそこに目をつけた。
「ならば。」
「レイナを利用すればいい。」
◇ ◇ ◇
翌朝。
帝城。
レイナは庭園で花を眺めていた。
「……綺麗だなぁ。」
しゃがみ込み、一輪の花へ手を伸ばす。
「これ、なんて名前なんだろ。」
「薔薇だ。」
「知ってるよ。」
後ろから聞こえた声に、レイナが振り返る。
「カイゼル。」
「ああ。」
「アンタ、また仕事抜けてきたの?」
「少し休憩しているだけだ。」
「昨日もそう言ってなかった?」
「昨日も休憩した。」
「皇帝って、そんなに休憩するものなの?」
「……お前と話す時間が必要なんだ。」
「え?」
レイナが固まる。
カイゼルは何でもないような顔をしている。
「何だ。」
「いや……。」
「なんでもない。」
レイナは慌てて花へ視線を戻した。
頬が少し赤くなっている。
カイゼルはそれを見て、わずかに目を細めた。
その時。
「陛下!」
アルベルトが慌てた様子で駆けてきた。
「どうした。」
「至急、お伝えしたいことが。」
カイゼルの表情が変わる。
「何だ。」
アルベルトはレイナを見る。
「……レイナ様にもお伝えした方がよろしいでしょうか。」
「構わない。」
アルベルトは頷いた。
「今朝。」
「アルフォード公爵家から、一通の書状が届きました。」
レイナが首を傾げる。
「アタシに?」
「はい。」
アルベルトが封筒を差し出す。
レイナは受け取る。
そこには、アルフォード公爵家の紋章が刻まれていた。
「……何の用だろ。」
封を開ける。
中には短い文章が書かれていた。
『レイナへ』
『お前の母親の形見を保管している。』
『返してほしくば、一人で来い。』
レイナの表情が止まる。
「……母上の。」
カイゼルがすぐに反応する。
「見せろ。」
「うん。」
カイゼルが書状を読む。
その瞬間。
表情が冷たくなる。
「罠だ。」
「やっぱり?」
「間違いない。」
レイナは書状を握る。
「でも……。」
「母上の形見なら、取り戻したい。」
「行く必要はない。」
「でも。」
「レイナ。」
カイゼルが真剣な目で見る。
「お前を一人で行かせるつもりはない。」
レイナは少し黙った。
「……じゃあ。」
「一緒に行ってくれる?」
「ああ。」
カイゼルは即答した。
アルベルトが口を開く。
「陛下。」
「公爵家は、陛下が同行することも想定している可能性があります。」
「分かっている。」
カイゼルは書状を見つめる。
公爵家がレイナを利用している。
それは明らかだった。
だが。
カイゼルはまだ知らない。
公爵家が用意している罠は。
二人を引き離すためのものだった。




