第六十話 最後の悪あがき
謁見室。
公爵は俯いたまま、拳を握りしめていた。
「……承知いたしました。」
ようやく口を開く。
「今後、レイナには一切手を出しません。」
カイゼルは冷たい目で公爵を見る。
「本当にそう思っているのか。」
「もちろんでございます。」
公爵は頭を下げる。
しかし。
その心の中には、別の考えが渦巻いていた。
(今は逆らえない。)
(だが、レイナさえ皇后にならなければいい。)
(クラリスかエレノアが皇后になれば、全て元に戻せる。)
カイゼルの目が細くなる。
「……そうか。」
「では、もう一つ聞こう。」
「はっ。」
「お前は今、何を考えている。」
「……!」
公爵の顔が強張る。
「な、何のことでしょう。」
「分からないと思ったか。」
カイゼルの声が低くなる。
「お前がレイナを諦めていないことくらい、分かっている。」
公爵は何も言えない。
レイナはカイゼルを見る。
(やっぱり、この人怒ってるなぁ。)
カイゼルはレイナの心の声を聞きながら、少しだけ眉を寄せた。
そして。
「アルベルト。」
「はっ。」
「公爵家を監視しろ。」
「屋敷への出入り。」
「使用人との接触。」
「金の動き。」
「全てだ。」
「承知しました。」
公爵の顔が青ざめる。
「陛下!」
「それでは、あまりにも――」
「黙れ。」
カイゼルが遮る。
「すでにお前たちは、レイナを二度連れ去ろうとした。」
「そして今度は、余まで狙った。」
「信用を失ったのは、お前たち自身だ。」
「……。」
「二度と同じことをするな。」
公爵は歯を食いしばりながら頭を下げた。
「……承知しました。」
「下がれ。」
「失礼いたします。」
公爵たちは謁見室を出ていく。
扉が閉まる。
静寂が戻った。
◇ ◇ ◇
帝城の廊下。
クラリスが苛立ったように歩いていた。
「どうして……。」
「どうしてレイナばかり。」
エレノアも俯く。
「陛下は、完全にレイナの味方ね。」
「このままじゃ、本当に……。」
二人の足が止まる。
公爵が振り返った。
「諦めるな。」
「お父様……?」
「まだ方法はある。」
「ですが、陛下が監視すると……。」
「だからこそ、直接レイナを狙うのはやめる。」
公爵は低い声で言う。
「皇帝がレイナを守るなら。」
「皇帝自身に、レイナを手放させればいい。」
クラリスが目を見開く。
「そんなこと、できるの?」
「方法を考える。」
公爵は冷たく笑った。
「レイナを皇后にしない方法をな。」
◇ ◇ ◇
一方。
謁見室では、レイナがカイゼルの前に立っていた。
「終わったね。」
「ああ。」
「なんか疲れた。」
「お前は何もしていないだろう。」
「精神的に疲れたの。」
レイナが頬を膨らませる。
カイゼルは少しだけ口元を緩めた。
「そうか。」
「じゃあ、今日はもう休め。」
「また?」
「ああ。」
「最近、アンタすぐ休めって言うよね。」
「お前が事件に巻き込まれるからだ。」
「アタシのせいじゃないでしょ。」
「分かっている。」
カイゼルはレイナを見る。
「だからこそ、余が守る。」
レイナは一瞬黙った。
「……そういうこと、さらっと言うのやめてよ。」
「なぜだ。」
「恥ずかしいから。」
レイナは顔を逸らす。
カイゼルは不思議そうに首を傾げた。
「……変なやつだな。」
「アンタにだけは言われたくない。」
二人は小さく笑った。
しかし。
その頃。
アルフォード公爵家では。
新たな計画が動き始めていた。
今度の標的は――。
レイナを守る、カイゼルの心だった。




