第五十九話 公爵の言い訳
謁見室に沈黙が落ちる。
公爵は俯いたまま、必死に言葉を探していた。
「陛下。」
「何だ。」
「全て、誤解でございます。」
レイナの眉が寄る。
「誤解?」
公爵はレイナを見ない。
「レイナを屋敷へ戻そうとしたのは、娘を心配してのこと。」
「帝城へ連れ戻すよう命じたのも、家族として当然のことです。」
カイゼルの表情は変わらない。
「家族として、か。」
「はい。」
「ならば聞こう。」
カイゼルが立ち上がる。
「なぜ、レイナだけ別の食事を与えていた。」
「なぜ、暖炉のない部屋で暮らさせた。」
「なぜ、病気になっても医師を呼ばなかった。」
公爵の顔が強張る。
「それは……。」
「さらに。」
カイゼルは一歩前へ出る。
「なぜ、レイナを使用人のように働かせていた。」
「……。」
公爵は答えられない。
レイナは黙ってその様子を見ていた。
昔なら。
きっと怖かった。
何を言われるのか。
何をされるのか。
そんなことばかり考えていた。
だが。
今は違う。
隣にはカイゼルがいる。
「答えろ。」
カイゼルの声が響く。
公爵は苦し紛れに口を開いた。
「……あの子は、昔から問題の多い娘でして。」
「クラリスやエレノアにも迷惑をかけておりました。」
レイナが目を細める。
「アタシが?」
公爵は慌てて続ける。
「そうです。」
「だから、家族の中で立場を理解させるために――」
「嘘だ。」
カイゼルが遮った。
「……!」
公爵の顔が青ざめる。
カイゼルは冷たい目で公爵を見る。
「お前は今、レイナのせいにしようとした。」
「違います!」
「違わない。」
「余には分かる。」
公爵は息を呑む。
心を読まれている。
それを思い出したのだ。
カイゼルは続ける。
「お前たちは、レイナを娘として扱っていなかった。」
「自分たちの都合で使える人間として扱っていた。」
「そして今も。」
「皇后候補になったレイナを邪魔だと思い、屋敷へ戻そうとした。」
クラリスが声を上げる。
「違います!」
「レイナが皇后になるなんて、おかしいです!」
エレノアも続く。
「そうよ!」
「私たちの方が――」
「黙れ。」
カイゼルの声が響く。
二人は一瞬で口を閉じた。
「誰が皇后になるかを決めるのは、お前たちではない。」
「ましてや。」
カイゼルはレイナを見る。
「本人の意思を無視して決めることでもない。」
レイナは驚いたようにカイゼルを見る。
公爵は唇を噛む。
「しかし、陛下。」
「レイナは我が娘です。」
「だから何だ。」
「娘なら何をしても許されるのか。」
「……。」
「家族なら傷つけてもいいのか。」
誰も答えられない。
カイゼルは静かに言った。
「余は許さない。」
「レイナを連れ戻すことも。」
「今までのように扱うことも。」
「二度と認めない。」
公爵の顔から血の気が引く。
レイナは小さく息を吐いた。
「……カイゼル。」
「何だ。」
「もういいよ。」
カイゼルがレイナを見る。
「これ以上、アンタが怒る必要ない。」
「でも。」
「アタシはもう、あの家には戻らない。」
レイナは公爵たちを見る。
「それだけで十分だから。」
その言葉に。
公爵は初めて気づいた。
もう。
レイナは自分たちの言うことを聞く娘ではない。
そして。
その背後には。
皇帝がいる。
公爵は拳を握りしめた。
「……。」
しかし。
まだ終わってはいなかった。
公爵は心の中で、別の方法を考え始めていた。




