第五十三話 皇帝の警告
レイナの部屋に、重い沈黙が落ちていた。
床に散らばった衣服。
開けられた引き出し。
そして、机の上に残された一枚の紙。
『次は、本人を連れていく。』
レイナはその文字を見つめる。
「……本気でアタシを狙ってるんだ。」
カイゼルは紙を握りしめる。
パキッ。
紙の端が凍りついた。
「今さら気づいたのか。」
「いや、分かってたけど。」
レイナは苦笑する。
「ここまで帝城に入り込んでくるとは思わなかった。」
カイゼルはレイナを見る。
「怖くないのか。」
「怖いよ。」
「……。」
カイゼルが少し驚く。
レイナは肩をすくめた。
「アタシだって普通の人間だから。」
「でも。」
レイナは拳を握る。
「だからって、何もしないのは嫌。」
カイゼルは黙ってレイナを見る。
その心の声が聞こえてくる。
(また連れて行かれるなんて絶対嫌。)
(あの家に戻るなんて、もう二度とごめんだ。)
カイゼルの目が細くなる。
「……戻すつもりはない。」
「え?」
「お前を公爵家へ戻すつもりはない。」
レイナは少し目を丸くする。
「それは……ありがたいけど。」
「けど?」
「アンタ、皇帝なんだから。」
「アタシ一人のために、そこまでしていいの?」
カイゼルは即答した。
「ああ。」
「余がそうしたい。」
レイナの胸が、ドクンと鳴る。
「……。」
思わずカイゼルを見る。
しかし、カイゼルは真剣な顔をしているだけだった。
そこに迷いはない。
「だから。」
「お前は何も心配するな。」
「……分かった。」
レイナは小さく頷いた。
◇ ◇ ◇
その後。
カイゼルはすぐにアルベルトへ命じた。
「城門を全て閉じろ。」
「城内へ入る者、出る者を一人残らず確認する。」
「そして、レイナの部屋周辺には常に護衛を置け。」
「承知しました。」
アルベルトは一礼する。
「陛下。」
「何だ。」
「このままでは、帝城内にいる者すべてを疑う必要があります。」
「ああ。」
カイゼルは冷たい目をする。
「だから調べる。」
「使用人も、近衛兵も、貴族も。」
「例外はない。」
アルベルトは頷いた。
「承知しました。」
◇ ◇ ◇
同じ頃。
アルフォード公爵家。
公爵の前に、一人の男が跪いていた。
「帝城への侵入は成功しました。」
「だが、レイナ本人には近づけませんでした。」
公爵は苛立たしげに机を叩く。
「……皇帝の警戒が強すぎる。」
クラリスが不安そうに尋ねる。
「お父様。」
「本当にレイナを屋敷へ戻せるのでしょうか。」
「戻す。」
公爵は即答した。
「レイナは屋敷で働いていればいい。」
「皇后になどさせるものか。」
エレノアも頷く。
「そうよ。」
「レイナが皇后になったら、私たちはどうなるの?」
公爵は二人を見る。
「心配するな。」
「皇帝の隣に立つのは、お前たちのどちらかだ。」
「レイナには、屋敷で今まで通り働いてもらう。」
「それだけだ。」
男が顔を上げる。
「では、次はどういたしましょう。」
公爵はしばらく考える。
そして。
「帝城から出た瞬間を狙え。」
「必ず生きたまま連れてこい。」
「はい。」
「決して傷つけるな。」
「公爵家に必要なのは、レイナの命ではない。」
「働けるレイナだ。」
男は深く頭を下げた。
「承知しました。」
◇ ◇ ◇
その夜。
レイナは自室の窓から外を眺めていた。
「……帝城って、こんなに警備厳しかったっけ。」
窓の外には、いつもより多くの近衛兵がいる。
レイナはため息をつく。
「これじゃ、ちょっと散歩するのも大変だな。」
その時。
コンコン。
扉が叩かれた。
「レイナ。」
カイゼルの声だった。
「入っていい?」
「うん。」
扉が開く。
カイゼルが部屋へ入ってくる。
「まだ起きていたか。」
「うん。」
「眠れないのか。」
「ちょっとだけ。」
カイゼルはレイナの隣まで歩いてくる。
「なら。」
「今夜はここにいる。」
「え?」
「お前が眠るまでな。」
レイナは目を丸くする。
「皇帝がそんなことしていいの?」
「ああ。」
「余がしたい。」
また同じ言葉。
レイナは少しだけ頬を緩める。
「……変な人。」
「知っている。」
二人は静かに笑った。
しかし。
その頃。
帝城の外では。
一台の馬車が、暗闇の中で静かに待機していた。
御者席には男が一人。
そして。
馬車の中には、レイナを連れ去るための道具が用意されていた。
「次は必ず。」
男は帝城を見上げる。
「皇帝の目が届かない場所へ連れていく。」
夜は静かに更けていった。




