第四十九話 皇帝の隣
カイゼルがレイナの部屋を訪れてから、しばらく。
二人は窓際に並んで座っていた。
先ほどまでの騒ぎが嘘のように、帝城は静かだった。
レイナは窓の外を眺める。
「……今日、色々あったな。」
「ああ。」
「公爵家からの書状が来たり。」
「そうだな。」
「そのあと、アンタが怒ったり。」
カイゼルは少し眉を寄せる。
「余は怒っていない。」
「いや、怒ってたでしょ。」
「……。」
「めちゃくちゃ怖い顔してたし。」
「お前を連れ戻すと言われたからだ。」
レイナは少し黙る。
「……そんなに嫌だった?」
「何がだ。」
「アタシが公爵家に戻ること。」
カイゼルは迷うことなく答えた。
「ああ。」
「嫌だ。」
あまりにも即答だった。
レイナは目を丸くする。
「……即答なんだ。」
「当然だ。」
「お前をあの家へ戻すつもりはない。」
レイナは少しだけ笑った。
「そっか。」
「ありがと。」
カイゼルはレイナを見る。
「礼を言う必要はない。」
「余がそうしたいだけだ。」
レイナはその言葉を聞いて、少し照れくさそうに視線を逸らした。
(……ほんと、この人ずるいな。)
「ほんと、この人ずるいな。」
カイゼルが眉を動かす。
「何がだ。」
「そういうところ。」
「どういうところだ。」
「本人に聞かれても説明しない。」
「ならば言うな。」
「無理。」
レイナは笑う。
カイゼルも小さく息を吐いた。
「……お前は本当に自由だな。」
「今まで自由じゃなかったからね。」
その言葉に、カイゼルの表情が少しだけ変わる。
「だから。」
「これからは好きにすればいい。」
レイナはカイゼルを見る。
「本当に?」
「ああ。」
「何をしても?」
「他人に迷惑をかけない範囲ならな。」
「じゃあ、明日街に行きたい。」
「……。」
カイゼルが黙る。
レイナは笑った。
「ダメ?」
「いや。」
「行くか。」
「やった!」
レイナが嬉しそうに笑う。
その顔を見て、カイゼルの口元がわずかに緩んだ。
「ただし。」
「護衛は増やす。」
「えー……。」
「嫌なら行かない。」
「行く!」
即答だった。
カイゼルは小さく笑う。
「なら決まりだ。」
レイナは窓の外を見る。
「明日、何食べようかな。」
「食べることばかりだな。」
「だって帝都、美味しいものいっぱいあるじゃん。」
「……確かに。」
二人の間に、穏やかな空気が流れる。
しかし。
その頃。
帝城の外では、一人の男が闇の中を歩いていた。
手には、アルフォード公爵家から渡された新しい指示書。
男はそれを開く。
そこに書かれていたのは――。
『レイナを帝城から連れ出せ。』
男は口元を歪めた。
「次は、失敗しない。」
公爵家はまだ諦めていなかった。
レイナを自分たちのもとへ連れ戻すために。
そして。
その計画は、これまでとは比べものにならないほど危険なものになろうとしていた。




