第四十八話 仕組まれた噂
皇后候補たちとの顔合わせが終わった翌日。
帝城では、昨日の話が早くも広がっていた。
「陛下はレイナ様を特別扱いされていた。」
「他の候補者とは明らかに態度が違ったそうよ。」
「やはりレイナ様が皇后になるのでは?」
そんな声が、侍女たちの間でも聞こえてくる。
レイナは廊下を歩きながら、首を傾げた。
「……なんか昨日から、やたら見られてない?」
隣を歩く侍女が苦笑する。
「お気になさらない方がよろしいかと。」
「でも、気になるって。」
その時。
廊下の向こうから、数人の令嬢が歩いてきた。
レイナと目が合う。
すると。
「……あれが?」
「ええ。」
「公爵家の落ちこぼれ令嬢でしょう?」
レイナの足が止まった。
「……。」
侍女が不安そうにレイナを見る。
「レイナ様。」
「大丈夫。」
レイナは気にしていないように笑った。
しかし。
令嬢たちは、わざと聞こえるように話し続ける。
「礼儀作法もまともにできないらしいわ。」
「それなのに皇后候補だなんて。」
「陛下も何を考えていらっしゃるのかしら。」
レイナは小さく息を吐いた。
「……噂って、広がるの早いな。」
その時だった。
「誰が何を考えているか。」
低い声が廊下に響いた。
令嬢たちが一斉に振り返る。
そこにはカイゼルが立っていた。
「へ、陛下……!」
全員が慌てて頭を下げる。
カイゼルは令嬢たちを見つめる。
「今の話。」
「もう一度言ってみろ。」
「い、いえ……その……。」
令嬢たちは震え始める。
レイナが慌ててカイゼルの袖を掴んだ。
「いいよ。」
「別に。」
カイゼルがレイナを見る。
「だが。」
「お前が侮辱されている。」
「だからって、いちいち怒らなくていいって。」
「余は怒っている。」
「ほら、やっぱり。」
レイナは困ったように笑う。
「アタシなら大丈夫だから。」
カイゼルはしばらくレイナを見つめた。
そして。
「……分かった。」
令嬢たちへ視線を戻す。
「下がれ。」
「はっ!」
令嬢たちは逃げるように去っていった。
◇ ◇ ◇
その日の午後。
執務室。
アルベルトが一枚の報告書を持ってきた。
「陛下。」
「帝都で流れている噂についてです。」
「レイナの噂か。」
「はい。」
カイゼルは書類を受け取る。
「単なる悪口ではありません。」
「複数の貴族家から、ほぼ同じ内容の噂が流されています。」
「つまり。」
「誰かが意図的に流している可能性が高いかと。」
カイゼルの目が細くなる。
「アルフォード公爵家。」
「おそらく。」
アルベルトは頷く。
「さらに。」
「昨日の皇后候補の顔合わせ以降、噂が急激に広がっております。」
「クラリス様とエレノア様が関係している可能性もあります。」
カイゼルは報告書を机に置く。
「証拠は。」
「まだありません。」
「なら、決めつけるな。」
「承知しました。」
カイゼルは窓の外を見る。
レイナのことを考える。
彼女は強い。
多少の悪口など気にしないだろう。
だが。
問題は、その先だ。
噂が広がれば。
やがて民衆の間にも届く。
皇后として相応しくない。
公爵令嬢として失格。
そんな印象を作られてしまえば。
「……厄介だな。」
カイゼルが呟く。
アルベルトが尋ねる。
「どうなさいますか。」
「噂を止めるだけでは意味がない。」
「流した者を見つけろ。」
「そして。」
カイゼルの声が低くなる。
「証拠を集めろ。」
「誰が、何のためにレイナを貶めているのか。」
「全て明らかにする。」
「承知しました。」
◇ ◇ ◇
一方。
アルフォード公爵家。
「上手くいっているようですね。」
クラリスが笑う。
向かいに座る公爵も頷いた。
「レイナの評判を落とせばいい。」
「陛下がどれだけ気に入っていても、皇后にはできなくなる。」
エレノアが尋ねる。
「でも、陛下は噂を信じるでしょうか。」
「証拠など必要ない。」
公爵は冷たく笑う。
「貴族社会では、噂そのものが力になる。」
「それに。」
「レイナは社交界を知らない。」
「自分から反論することもできまい。」
三人は知らなかった。
その会話が。
誰かに聞かれていることを。
扉の外。
一人の使用人が静かに立っていた。
そして。
聞いた内容を、密かに記憶していた。
◇ ◇ ◇
夜。
レイナの部屋。
「……なんか疲れた。」
レイナはベッドへ倒れ込んだ。
その時。
コンコン。
扉が叩かれた。
「レイナ。」
扉の向こうからカイゼルの声がする。
「余だ。」
「カイゼル?」
「ああ。」
「入っていいか。」
「うん。どうぞ。」
扉が開く。
カイゼルが部屋へ入ってくる。
「今日、色々あったな。」
レイナはベッドの上で体を起こす。
「うん。」
「でも大丈夫。」
「昔から、悪口とか慣れてるし。」
その言葉を聞いた瞬間。
カイゼルの表情がわずかに曇った。
「……慣れる必要はない。」
「またそれ言う。」
「何度でも言う。」
レイナは少し驚いたあと、ふっと笑った。
「じゃあ、ありがと。」
「ああ。」
カイゼルは静かにレイナを見つめる。
そして。
心の声が聞こえた。
(本当はちょっとだけ嫌だったけど。)
(カイゼルが怒ってくれたから、もういいや。)
カイゼルは目を伏せる。
やはり。
この娘は、強がっているだけなのだ。
「レイナ。」
「何?」
「何かあれば、余に言え。」
「一人で抱える必要はない。」
レイナは少しだけ目を丸くした。
「……分かった。」
小さく笑う。
「覚えとく。」
「ああ。」
カイゼルはそれだけ言うと、部屋を出ていった。
扉が閉まる。
レイナは再びベッドへ横になる。
「……ほんと、変な人。」
そう呟きながら。
少しだけ嬉しそうに笑った。
◇ ◇ ◇
その夜。
カイゼルは自室へ戻った。
しかし。
頭からレイナのことが離れない。
今日、廊下で侮辱されていたこと。
笑って誤魔化していたこと。
そして。
『慣れている』と言ったこと。
カイゼルは静かに目を閉じる。
また、あの家か。
アルフォード公爵家。
レイナを傷つけ続けた家族。
そして今度は、帝都で彼女の評判まで落とそうとしている。
「……許さん。」
低い声が漏れる。
皇后選定が始まったばかりだ。
これから先、レイナへの嫌がらせはさらに増えるだろう。
ならば。
カイゼルは皇帝として、それを見過ごすつもりはなかった。
そして。
レイナを傷つけようとしている者たちも。
必ず自分の手で突き止める。
その頃。
アルフォード公爵家では、さらに別の計画が動き始めていた。




