第四十七話 皇后候補たちの集い
皇后候補たちが帝城へ集まる日。
朝から城内は慌ただしかった。
侍女たちは廊下を行き交い、謁見の間には豪華な料理や茶器が並べられている。
レイナは自室で、侍女たちに髪を整えられていた。
「……こんなに着飾る必要ある?」
「本日は皇后候補の皆様がお集まりになりますので。」
「別にアタシは普段着でもいいんだけど。」
「陛下が『レイナには一番似合うものを』と。」
「またアンタか……。」
レイナは苦笑する。
鏡を見ると、普段より少しだけ華やかな姿になっていた。
「なんか落ち着かない。」
「とてもお似合いですよ。」
「そう?」
「はい。」
レイナは鏡の中の自分を見る。
(皇后候補、か。)
まだ実感が湧かなかった。
自分が皇后になる。
そんな未来を考えたことなど、一度もない。
「……まあ、なるようになるか。」
レイナは立ち上がった。
◇ ◇ ◇
謁見の間。
すでに何人もの令嬢が集まっていた。
その中には。
クラリス。
エレノア。
二人の姿もあった。
クラリスは周囲を見渡す。
「随分と多いわね。」
「ええ。」
エレノアが答える。
「でも。」
二人の視線が同時に入口へ向く。
そこからレイナが入ってきた。
「……来たわ。」
クラリスの表情がわずかに険しくなる。
レイナは周囲を見回しながら歩く。
(人、多っ。)
「人、多っ。」
思わず口に出してしまう。
近くにいた令嬢が小さく笑った。
「ふふ。」
レイナも苦笑する。
「ごめん。」
「こういう場所、慣れてなくて。」
その様子を見ていた令嬢たちは、少し意外そうな顔をした。
噂では。
礼儀を知らない。
社交界にも出たことがない。
皇后には相応しくない。
そう聞いていた。
しかし。
実際のレイナは、気取ったところがないだけだった。
「レイナ。」
声が響く。
カイゼルが入ってきた。
全員が一斉に頭を下げる。
「陛下。」
「顔を上げろ。」
カイゼルは玉座へ向かう。
そして。
レイナを見る。
「こちらへ。」
「アタシ?」
「ああ。」
レイナがカイゼルの近くまで歩いていく。
その瞬間。
令嬢たちの間に小さなどよめきが起こった。
「陛下のすぐ隣に……。」
「やっぱり、特別扱いなのね。」
クラリスは唇を噛む。
「……どうして。」
エレノアも拳を握る。
カイゼルは周囲を見渡す。
「今日ここへ集まってもらったのは。」
「皇后候補となる者たちと話をするためだ。」
「余は家柄だけで決めるつもりはない。」
令嬢たちが顔を上げる。
「その者がどんな人間なのか。」
「余自身の目で確かめる。」
レイナは少し驚いた。
(ちゃんと自分で決めるんだ。)
「では。」
カイゼルが最初の令嬢を見る。
「そなたから話せ。」
令嬢は緊張しながら前へ出る。
「は、はい。」
「私は――」
一人ずつ会話が始まる。
教養。
政治への考え。
皇后として何をしたいのか。
カイゼルは淡々と質問していく。
しかし。
レイナには、そのたびにカイゼルが相手の心を読んでいることが分かっていた。
(この人、今も読んでるな。)
けれど。
カイゼルは表情を変えない。
そして。
クラリスの番になる。
「クラリス・アルフォードです。」
クラリスは優雅に頭を下げる。
「皇后となりましたら、貴族との関係を重視し、帝国の安定に尽くしたいと考えております。」
「そうか。」
カイゼルはクラリスを見る。
その瞬間。
心の声が流れ込んでくる。
(私が皇后になれば、アルフォード公爵家はさらに力を持てる。)
(レイナさえいなければ。)
カイゼルの目がわずかに細くなる。
だが。
何も言わない。
「下がれ。」
「はい。」
クラリスが戻る。
次はエレノア。
「エレノア・アルフォードです。」
同じように頭を下げる。
「皇后となりましたら、陛下を支え、帝国のために尽くしたいと思っております。」
カイゼルはエレノアを見る。
(私が皇后になれば、お姉様より上になれる。)
(レイナさえ消えれば……。)
カイゼルの表情が冷たくなる。
「下がれ。」
「……はい。」
エレノアが戻る。
最後。
レイナの番だった。
「レイナ。」
「はい。」
レイナは前へ出る。
そして。
カイゼルの前に立つ。
「皇后になったら、何をしたい。」
レイナは少し考えた。
「うーん。」
そして。
「美味しいものを食べたい。」
謁見の間が静まり返る。
カイゼルが瞬きをする。
「……それだけか?」
「あと、自由に街を歩きたい。」
「それから。」
レイナは少し笑った。
「困ってる人がいたら助けたい。」
「皇后だからって偉そうにするんじゃなくて。」
「普通に、人の役に立てたらいいかなって。」
カイゼルは黙ってレイナを見る。
心の声が聞こえる。
(皇后とか、まだよく分からない。)
(でも、なるならカイゼルが困らないようにしたい。)
カイゼルの胸がわずかに揺れた。
「……そうか。」
短い返事。
しかし。
その声は、他の候補者へ向けたものより明らかに柔らかかった。
謁見の間にいた者たちは、その違いに気づいていた。
そして。
クラリスとエレノアも。
レイナが自分たちよりも、はるかに強く皇帝の心を掴んでいることを。
はっきりと思い知らされた。




