第四十五話 皇后候補を巡る思惑
翌朝。
レイナが朝食を終え、自室へ戻ろうとしていると。
「レイナ。」
後ろからカイゼルの声がした。
「ん?」
振り返る。
カイゼルはいつものように落ち着いた表情で立っていた。
「今日は予定があるか。」
「特にないけど。」
「なら、庭園へ行くぞ。」
「庭園?」
「ああ。」
「昨日、あまり歩けなかっただろう。」
レイナは少し笑った。
「アンタ、結構気にしてるよね。」
「当然だ。」
「お前を連れ出したのは余だからな。」
「それに。」
カイゼルはレイナを見る。
「昨日の件で、しばらく気晴らしが必要だろう。」
レイナは少し驚いた。
「……ありがと。」
「どういたしまして。」
「なんか今日、妙に優しくない?」
「いつも優しいつもりだが。」
「自分で言うんだ。」
レイナが笑う。
カイゼルもわずかに口元を緩めた。
その様子を少し離れた場所から見ていたアルベルトは、静かに目を細める。
(陛下はもう、完全にレイナ様を特別扱いしておられるな……。)
◇ ◇ ◇
帝城の庭園。
色とりどりの花が咲き、噴水から水が静かに流れている。
レイナは花壇の前で足を止めた。
「綺麗。」
「気に入ったか。」
「うん。」
「じゃあ、ここ好き。」
「そうか。」
カイゼルは何気なく頷く。
「なら、いつでも来ればいい。」
「いいの?」
「お前の好きな場所だ。」
「自由に使え。」
レイナは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、暇になったらここに来よう。」
「ああ。」
二人は並んで庭園を歩く。
穏やかな時間だった。
しかし。
その頃。
帝城の謁見室には、一人の貴族が呼ばれていた。
「皇帝陛下がお見えになります。」
扉が開く。
カイゼルが入ってくる。
貴族は慌てて頭を下げた。
「陛下。」
「面を上げろ。」
「はっ。」
カイゼルは席につく。
「話とは何だ。」
貴族は慎重に口を開いた。
「アルフォード公爵家の件でございます。」
カイゼルの目が細くなる。
「続けろ。」
「帝都では、レイナ様が皇后候補になるのではないかという噂が広がっております。」
「それについて、一部の貴族が懸念を示しております。」
「懸念?」
「はい。」
「レイナ様よりも、クラリス様やエレノア様の方が皇后に相応しいのではないか、と。」
カイゼルの表情が冷たくなる。
「それを余に言いに来たのか。」
「も、申し訳ございません!」
貴族は慌てて頭を下げる。
「ただ、帝国の貴族の間では……。」
「余が誰を皇后にするか。」
カイゼルは静かに言う。
「貴様らが決めることではない。」
「……はっ。」
「それに。」
カイゼルは立ち上がる。
「レイナを皇后にすることについて、余は何一つ問題を感じていない。」
貴族が目を見開く。
「陛下……。」
「むしろ。」
カイゼルの声が低くなる。
「レイナを傷つける者がいることの方が、よほど問題だ。」
貴族は何も言えなくなった。
「下がれ。」
「はっ!」
貴族が慌てて退室する。
扉が閉まる。
カイゼルは一人、窓の外を見る。
そこには庭園が見える。
花の間を歩くレイナの姿。
自然に笑っている。
その姿を見つめながら。
「……皇后、か。」
小さく呟く。
以前なら。
皇后という立場は、国のために最も適した者を選べばいいと思っていた。
だが。
今は違う。
レイナが誰かに決められることが、なぜか気に入らない。
レイナが望むなら。
自分の隣にいてほしい。
ただ、それだけだった。
◇ ◇ ◇
庭園では。
「ねえ、カイゼル。」
「何だ。」
「さっきから何か考えてない?」
「……そう見えるか。」
「うん。」
レイナは首を傾げる。
「難しい顔してる。」
「少し考え事をしていただけだ。」
「ふーん。」
レイナはそれ以上聞かなかった。
そして。
何気なく花を眺めながら笑う。
「ここ、好きだな。」
「また来てもいい?」
「何度でも来ればいい。」
「じゃあ決まり。」
レイナが笑う。
カイゼルも、その笑顔を静かに見つめた。
その頃。
アルフォード公爵家では。
「帝城から新たな情報が入りました。」
公爵が報告を聞く。
「何だ。」
「陛下が、レイナ様を皇后候補から外すつもりはないようです。」
公爵の顔が険しくなる。
「……そうか。」
クラリスもエレノアも黙り込む。
やがて。
公爵が低い声で言った。
「ならば。」
「レイナを皇后にする前に、こちらで手を打つ。」
「今度は失敗するな。」
公爵家は再び動き始める。
しかし。
今度の標的は、レイナだけではなかった。
皇帝の隣に立つ者を巡り。
帝都の貴族たちまで、静かに動き始めていた。




