第三十九話 皇帝からの通達
翌朝。
アルフォード公爵家。
執務室に、一通の封書が届けられた。
「公爵様。」
「陛下からの書状でございます。」
公爵は眉をひそめる。
「陛下から……?」
「はい。」
封蝋には、皇帝の紋章が刻まれていた。
公爵は嫌な予感を覚えながら封を開く。
そこに書かれていたのは、短い文章だった。
『レイナ・アルフォードは、今後帝城にて暮らす。』
『本人の意思に反して、アルフォード公爵家へ戻すことは認めない。』
『今後、レイナに接触する際は、必ず皇帝の許可を得よ。』
公爵の顔が引きつる。
「……ふざけるな。」
書状を握りしめる。
「レイナはアルフォード公爵家の人間だぞ。」
クラリスが不安そうに尋ねる。
「お父様……。」
「陛下は、本当にレイナを手元に置くおつもりなのですか?」
「そういうことだ。」
エレノアも顔を曇らせる。
「でも……。」
「このままでは、レイナが陛下の側にいることになります。」
公爵は苛立たしげに机を叩いた。
「だから困るのだ!」
「レイナが皇帝の側にいる限り、お前たちが皇后になる機会が減る。」
クラリスが唇を噛む。
「……ならば。」
「こちらから皇后候補を推薦してはいかがでしょう。」
公爵が顔を上げる。
「クラリスか。」
「はい。」
クラリスは胸を張る。
「私は長女です。」
「公爵家の娘として、皇后に相応しい教育も受けています。」
エレノアも負けじと口を開く。
「私だって同じです。」
「私の方が陛下のお心を掴めるかもしれません。」
二人の間に険悪な空気が流れる。
公爵は二人を見比べた。
「……ならば。」
「二人とも候補として名前を出す。」
「陛下に選ばせればいい。」
クラリスとエレノアは頷いた。
「はい。」
「分かりました。」
しかし。
公爵の中には、別の考えもあった。
(レイナさえ帝城から追い出せれば。)
(また屋敷で働かせることができる。)
(掃除も料理も、今まで通りやらせればいい。)
それが一番重要だった。
◇ ◇ ◇
一方。
帝城。
執務室。
アルベルトが書類を持って入ってくる。
「陛下。」
「アルフォード公爵家から返書が届きました。」
「見せろ。」
カイゼルは封を開く。
そこには。
クラリスとエレノアを皇后候補として推薦する内容が書かれていた。
カイゼルは最後まで読み、静かに紙を机へ置く。
「……分かりやすいな。」
アルベルトが首を傾げる。
「何がでしょう。」
「レイナを連れ戻せないと分かった途端、別の娘を差し出してきた。」
「皇后の座を狙っているのでしょう。」
「ああ。」
カイゼルは冷たい目で書状を見る。
「だが、余にそのつもりはない。」
「お断りになりますか。」
「当然だ。」
即答だった。
アルベルトは少しだけ苦笑する。
「陛下は、最初から皇后を決めるおつもりがなかったのですか?」
カイゼルは少し黙る。
「……今は、ない。」
「今は?」
「ああ。」
それ以上は答えなかった。
ただ。
頭に浮かぶのは、昨日のレイナの笑顔だった。
街で菓子を見つけて喜んでいた顔。
自分に遠慮なく話しかける声。
そして。
危険な目に遭っても、最後まで自分で立とうとしていた姿。
「……。」
カイゼルは小さく息を吐く。
「アルベルト。」
「はい。」
「公爵家へ返書を送れ。」
「内容は。」
「クラリスとエレノアを皇后候補として推薦する件は、受け入れない。」
「そして。」
「レイナについても、これまで通りだ。」
「帝城から出すつもりはない。」
「承知しました。」
アルベルトが一礼する。
しかし。
その時。
扉の外から声がした。
「陛下。」
「レイナ様がお見えです。」
カイゼルの表情がわずかに変わる。
「通せ。」
扉が開く。
「カイゼル。」
レイナが顔を覗かせた。
「何してるの?」
「仕事だ。」
「また仕事?」
「ああ。」
レイナは呆れたように笑う。
「働きすぎじゃない?」
「昨日、アタシが誘拐されたばっかりなのに。」
「だから仕事を減らしている。」
「え?」
レイナが首を傾げる。
「昨日の分もある。」
「お前の護衛も増やした。」
「……。」
レイナは少し黙る。
「アンタさ。」
「何だ。」
「もしかして、結構心配性?」
カイゼルは真顔で答える。
「今さら気づいたのか。」
「自覚あるんだ。」
レイナが笑う。
カイゼルも、ほんの少しだけ口元を緩めた。
◇ ◇ ◇
その頃。
アルフォード公爵家。
返書を待つ公爵のもとへ、帝城から新たな書状が届いた。
公爵は急いで封を開く。
そこには。
『クラリス、エレノア両名を皇后候補として推薦する件は、これを認めない。』
『また、レイナ・アルフォードを公爵家へ戻すことも認めない。』
『今後、本人の意思に反して接触を試みた場合、皇帝への反逆とみなす。』
公爵の顔が青ざめる。
「……皇帝への反逆だと?」
クラリスも震える。
「お父様……。」
エレノアが小さく呟く。
「これじゃ、レイナに何もできない……。」
公爵は書状を握り潰した。
「……まだ終わっていない。」
「レイナを取り戻す方法はある。」
「必ずな。」
その目には、執念が宿っていた。
レイナを娘としてではなく。
自分たちの都合のために使える存在として。
取り戻そうとしている。
そして。
公爵家は次の手を考え始めていた。




