第三十八話 公爵家の思惑
帝城へ戻った直後。
カイゼルはレイナを自室まで送った。
「今日はもう、部屋から出るな。」
「えー。」
レイナが不満そうに頬を膨らませる。
「せっかく街まで行ったのに。」
「誘拐された人間が言うことではない。」
「でも、助かったじゃん。」
「今回はな。」
カイゼルは真剣な顔でレイナを見る。
「次も助かるとは限らない。」
レイナは少し黙った。
「……分かった。」
「今日は大人しくしてる。」
「ああ。」
カイゼルはそれだけ言うと、部屋を出ていった。
◇ ◇ ◇
執務室。
アルベルトが捕らえた男たちの尋問結果を報告していた。
「陛下。」
「今回の誘拐についてですが。」
「アルフォード公爵家からの指示だったことは間違いありません。」
カイゼルは目を細める。
「目的は。」
「レイナ様を生きたまま連れてくること。」
「それ以外の指示は?」
「特にありませんでした。」
カイゼルはしばらく黙った。
「……やはりか。」
「何か気になる点が?」
「なぜ殺さず、連れ戻そうとするのか。」
アルベルトは少し考える。
「公爵家としては、レイナ様を手元に置いておきたいのではないでしょうか。」
「だが、皇后候補から外したいのであれば、むしろ帝城にいる方が都合がいいのでは?」
「いいえ。」
カイゼルは静かに答えた。
「違う。」
「公爵家が欲しいのは、皇后候補としてのレイナではない。」
「……と、申しますと?」
カイゼルの脳裏に、これまで見てきた公爵家の姿が浮かぶ。
使用人同然の扱い。
質素な部屋。
少ない衣服。
そして。
レイナが屋敷にいた頃、当然のように雑用を押し付けていた家族。
「働かせるためだ。」
アルベルトが目を瞬く。
「働かせる……?」
「あの家にとって、レイナは娘ではない。」
「便利な働き手だ。」
カイゼルの声が冷たくなる。
「だから取り戻したい。」
「皇后候補としてではなく、今まで通り使うために。」
「……なるほど。」
アルベルトも表情を曇らせる。
「そして、皇后候補にはクラリス様とエレノア様を推したい。」
「ああ。」
「レイナが帝城にいる限り、その二人にとって邪魔になる。」
カイゼルは机の上へ手を置く。
「だから連れ戻そうとした。」
「自分たちの都合のためにな。」
怒りが静かに滲む。
「……愚かな家だ。」
◇ ◇ ◇
その頃。
アルフォード公爵家。
執務室には、公爵とクラリス、エレノアが集まっていた。
「失敗しただと……?」
公爵が苛立たしげに机を叩く。
「はい。」
報告に来た男が震えながら答える。
「皇帝陛下が現れ、レイナを奪い返しました。」
「くそっ……!」
公爵は歯を食いしばる。
「なぜ陛下があそこまでレイナを守る!」
クラリスが不安そうに口を開く。
「お父様。」
「このままでは、本当にレイナが皇后になってしまうのでは?」
「そんなことはさせん!」
公爵は即座に否定した。
「レイナに皇后など務まるはずがない!」
エレノアも唇を噛む。
「でも……陛下はレイナを気に入っているように見えます。」
「それが問題なのだ。」
公爵は二人を見る。
「レイナが帝城にいる限り、お前たちが皇后になる可能性が下がる。」
「それに。」
「レイナが戻ってくれば、また屋敷の仕事をさせられる。」
クラリスとエレノアの目がわずかに輝く。
「……そうですね。」
「今まで通りなら。」
「私たちは何も困らない。」
公爵は頷いた。
「そうだ。」
「レイナは屋敷に戻す。」
「そして、今まで通り働かせる。」
「皇后候補になるなど、絶対に認めん。」
クラリスが小さく笑う。
「レイナさえいなければ。」
「皇后になれるのは私。」
エレノアも続く。
「私だって負けない。」
二人の間に、再び嫌な空気が流れる。
しかし。
公爵はまだ知らない。
レイナを取り戻そうとすればするほど。
皇帝の怒りを買うことになるということを。
◇ ◇ ◇
その夜。
レイナは自室でのんびりしていた。
「……明日は何しようかな。」
ベッドへ寝転びながら呟く。
公爵家へ戻る気など、もう一切ない。
ここでの生活は快適だった。
食事も美味しい。
自由に過ごせる。
そして。
何より。
「……カイゼル、変な人だけど。」
思い出すと、自然に笑みが浮かぶ。
「悪い人じゃないんだよな。」
その頃。
執務室では、カイゼルが一人で書類を読んでいた。
ふと。
レイナの顔が頭に浮かぶ。
「……。」
小さく息を吐く。
「明日は、あの娘を連れ出すか。」
仕事ばかりでは退屈だろう。
そう思っただけだった。
――まだ二人は知らない。
アルフォード公爵家が。
もう一度レイナを取り戻すため、次の手を打とうとしていることを。




