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暴君陛下は人の心が読める~本音しか言わない元ヤン令嬢を溺愛中~  作者: S@Y@


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第三十七話 皇帝の怒り


 西門前。


 黒い馬車は、近衛兵たちに完全に囲まれていた。


 御者は震えながら手綱を握っている。


 馬車の中では、男たちが息を呑んでいた。


 目の前にいるのは、帝国最強の魔力を持つ皇帝。


 逃げられるはずがない。


「レイナを返せ。」


 カイゼルが、もう一度言う。


 低く静かな声だった。


 だが。


 その静けさこそが、男たちには恐ろしかった。


「……陛下。」


 一人の男が、ゆっくりと剣を抜く。


「ここまで来た以上、簡単に返すわけにはいかない。」


 カイゼルの目が細くなる。


「そうか。」


「ならば、聞こう。」


「なぜレイナを連れて行く。」


 男は答えない。


 カイゼルは男の心へ意識を向ける。


(殺すな。)


(公爵様からは、生きたまま連れてこいと言われている。)


(失敗すれば、俺たちの命も危ない。)


「……なるほど。」


 カイゼルの声が冷たくなる。


「生きたまま連れてこい、か。」


 男の顔が強張る。


「なぜ、それを……。」


「余に隠し事をするな。」


 カイゼルの足元から、白い冷気が広がっていく。


 石畳が次々と凍りつく。


「陛下!」


 アルベルトが後ろから駆け寄る。


「レイナ様の救出を最優先に!」


「ああ。」


 カイゼルは馬車から目を離さない。


「だからこそ、こいつらを一瞬で終わらせる。」


「なっ……!」


 男たちが身構える。


 次の瞬間。


 バキバキバキッ!


 地面から巨大な氷の柱が突き上がった。


「ぐっ!」


「うわぁっ!」


 男たちの足元が凍りつき、身動きが取れなくなる。


 御者も慌てて馬車から飛び降りた。


「降りろ!」


 近衛兵たちが一斉に馬車を取り囲む。


「武器を捨てろ!」


「抵抗するな!」


 男たちは次々と地面へ押さえつけられていく。


 しかし。


 馬車の中には、まだ一人残っていた。


 レイナの隣に座っていた男だ。


 男は短剣を抜く。


「動くな!」


 レイナの首元へ刃を近づけた。


「近づけば、この女を傷つける!」


 カイゼルの動きが止まる。


「……。」


 レイナは男を睨む。


(うわ。)


(こういうの、一番面倒くさいやつじゃん。)


「レイナ。」


 カイゼルが呼びかける。


「大丈夫か。」


「うん。」


「ちょっと身体に力が入らないけど。」


「無理に動くな。」


「分かった。」


 男が叫ぶ。


「武器を捨てろ!」


「この女を傷つけたくなければな!」


 近衛兵たちが動きを止める。


 カイゼルは男を見据えた。


「……愚かなことをする。」


「何だと?」


「お前は今、自分の命を捨てた。」


 男の表情が引きつる。


「脅しのつもりか!」


「違う。」


 カイゼルは静かに右手を上げた。


「事実を言っている。」


 男の心へ、恐怖が流れ込んでくる。


(殺される。)


(いや、まだだ。)


(レイナを盾にして逃げれば――)


 カイゼルの目が鋭く光る。


「アルベルト。」


「はっ!」


「三秒後に動け。」


「承知しました。」


「三。」


 男が息を呑む。


「二。」


「待て!」


「一。」


 カイゼルの指先が動いた。


 男の足元だけが、一瞬で凍りつく。


「なっ……!」


 足を取られた男の身体が傾く。


 その隙を逃さず、アルベルトが馬車へ飛び込んだ。


「レイナ様!」


 男の手から短剣を叩き落とす。


 近衛兵が男を取り押さえた。


「確保!」


 レイナはようやく息を吐く。


「……助かった。」


 カイゼルが馬車へ近づく。


「レイナ。」


「ん?」


「怪我は。」


「大丈夫。」


 カイゼルはレイナの手首を見る。


 縄で赤くなっている。


 それを見た瞬間。


 カイゼルの表情が変わった。


「……外せ。」


「はっ!」


 近衛兵がすぐに縄を切る。


 自由になったレイナは、自分の手首をさする。


「これくらい平気だよ。」


「平気ではない。」


「でも、本当に大したことないって。」


 カイゼルは答えなかった。


 ただ、レイナの手首をそっと取る。


 冷たい指先が、赤くなった部分に触れる。


「……痛むか。」


「ちょっとだけ。」


 カイゼルの眉が寄る。


「そうか。」


 その声は静かだった。


 だが。


 周囲にいる近衛兵たちは分かっていた。


 陛下は怒っている。


 今まで見たことがないほど。


「陛下。」


 アルベルトが近づく。


「捕らえた者たちは、どういたしますか。」


 カイゼルは男たちを見る。


「全員、地下牢へ送れ。」


「尋問は余が行う。」


「はっ。」


 男たちが連れて行かれていく。


 その中の一人が叫んだ。


「俺たちは命令されたんだ!」


「レイナを生きたまま連れてこいってな!」


 カイゼルの足が止まる。


「……誰に命じられた。」


 男は口を閉ざす。


 だが。


 カイゼルには聞こえていた。


(公爵様に決まっている。)


(アルフォード公爵だ。)


 カイゼルの瞳が冷たくなる。


「そうか。」


 レイナが顔を上げる。


「……父上か?」


 カイゼルはレイナを見る。


 だが。


 今は何も言わなかった。


 レイナをこれ以上動揺させる必要はない。


「帰るぞ。」


「え?」


「帝城へ戻る。」


「でも、視察は?」


「中止だ。」


 即答だった。


「今日はもう、お前を一人にしない。」


 レイナは少し驚いた顔をする。


「……分かった。」


 カイゼルはレイナへ手を差し出した。


「来い。」


 レイナはその手を握る。


 その瞬間。


 カイゼルの胸に、嫌な予感が走った。


 今回の襲撃は、ただの誘拐ではない。


 なぜ生きたまま連れて行こうとしたのか。


 なぜ公爵は、そこまでしてレイナを必要としているのか。


 そして。


 レイナ自身が知らない何かが、公爵家にはまだ隠されている。


 カイゼルは静かに目を細めた。


 ――必ず全てを暴く。


 そのためなら。


 アルフォード公爵家そのものを、敵に回しても構わなかった。

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