第33話 狩猟祭への招待
数日後。
帝城では、狩猟祭の準備が着々と進められていた。
廊下では侍女たちが衣装を運び、騎士たちは武具の手入れに追われている。
レイナはその様子を眺めながら、興味深そうに歩いていた。
「なんだか、お祭りみたい。」
すると、向こうからカイゼルが歩いてくる。
「見ていたのか。」
「うん。」
「みんな忙しそうだね。」
カイゼルはレイナの隣に並んだ。
「数日後に狩猟祭がある。」
「帝国では毎年行われる伝統行事だ。」
「狩猟祭?」
レイナは首を傾げる。
「名前は聞いたことあるけど、見たことはないな。」
「参加するの?」
「ああ。」
「皇帝も毎年参加する決まりだ。」
レイナは少し困ったように笑う。
「でも、アタシ狩りなんてしたことないよ?」
「心配はいらん。」
カイゼルは穏やかに答えた。
「必ず獲物を狩る必要はない。」
「森を散策したり、景色を楽しんだりする者もいる。」
「そうなんだ。」
レイナはほっとしたように笑う。
「それなら安心。」
「動物を追いかけるのは、ちょっと苦手だから。」
カイゼルは静かに尋ねる。
「では、戦うことは苦ではないのか。」
レイナは苦笑した。
「まあ、喧嘩なら昔から慣れてるし。」
「でも、動物を傷つけるのは何か違うじゃん。」
カイゼルは小さく頷く。
「そうか。」
「それなら無理をする必要はない。」
「お前が楽しめば、それでいい。」
レイナは少し照れくさそうに笑った。
「ありがと。」
◇ ◇ ◇
その日の午後。
仕立て屋が狩猟祭用の衣装を運んできた。
「レイナ様、お召し物が完成いたしました。」
大きな箱が開かれる。
中に入っていたのは、淡い青を基調とした動きやすいドレスだった。
装飾は控えめながらも気品があり、狩猟祭にふさわしい一着だ。
「わぁ……。」
レイナは思わず目を見開く。
「これ、本当にアタシの?」
「はい。」
侍女が微笑む。
「陛下がご用意くださいました。」
レイナは苦笑する。
「またアンタか。」
ちょうどその時。
部屋の扉が開き、カイゼルが姿を現した。
「気に入らなかったか。」
「違う違う。」
レイナは慌てて首を振る。
「こんな立派な服、初めてだからびっくりしただけ。」
そう言って、大切そうにドレスを抱きしめる。
「ありがとう。」
カイゼルは静かに頷いた。
「着てみろ。」
「うん。」
◇ ◇ ◇
しばらくして。
着替えを終えたレイナが部屋から出てくる。
青いドレスは驚くほどよく似合っていた。
侍女たちから感嘆の声が漏れる。
「とてもお似合いです。」
「まるで最初からレイナ様のために仕立てられたようです。」
レイナは照れくさそうに裾を見下ろした。
「歩きやすい。」
「これなら転ばずに済みそう。」
侍女たちがくすりと笑う。
カイゼルはしばらく言葉を失っていた。
あまりにも自然に、その姿へ見入ってしまう。
「カイゼル?」
レイナが不思議そうに顔を覗き込む。
「どうしたの?」
我に返ったカイゼルは、小さく息を吐いた。
「……よく似合っている。」
短い一言。
だが、その声には飾らない本心が込められていた。
レイナは少し頬を赤くする。
「ありがと。」
その笑顔に、カイゼルは静かに目を細めた。
◇ ◇ ◇
その頃。
帝都郊外の森。
木々の陰に、黒い外套を纏った男たちが集まっていた。
「狩猟祭当日。」
男が地図を広げる。
「標的をこの谷へ誘い込め。」
地図には、人目につかない深い谷が記されていた。
「皇帝は護衛を率いて追ってくる。」
「その間に女を連れ去る。」
別の男が低く笑う。
「生きたまま連れて来いとの命令だ。」
「アルフォード公爵がお待ちだ。」
森の奥に、不気味な笑い声が響く。
まだ誰も知らない。
狩猟祭の日。
レイナを待ち受けるのが、楽しい思い出ではなく、絶望的な罠であることを。




