第32話 皇帝が知らない場所で
翌朝。
帝城の執務室。
「陛下。」
アルベルトが新たな報告書を差し出す。
「アルフォード公爵家の監視を強化した結果、新たな動きがありました。」
カイゼルは報告書を受け取る。
「申せ。」
「公爵家は表向きには静かですが、水面下で各地の傭兵や暗殺者と接触を続けています。」
「それだけではありません。」
「帝城で働く者にも接触を試みた形跡があります。」
カイゼルの目が細くなる。
「内通者を作る気か。」
「その可能性が高いかと。」
アルベルトは続ける。
「ですが、接触した者は全員こちらで監視しております。」
「今のところ帝城に裏切り者は確認されておりません。」
「そうか。」
カイゼルは静かに頷いた。
「監視は続けろ。」
「一匹たりとも逃がすな。」
「はっ。」
◇ ◇ ◇
その頃。
レイナは侍女たちと一緒に帝城の図書室へ来ていた。
「すご……。」
思わず声が漏れる。
天井まで届くほど高い本棚。
数え切れないほどの本。
「全部読めるの?」
侍女が笑う。
「一生かかっても難しいかもしれません。」
「だよね。」
レイナは楽しそうに本棚を見て回る。
「料理の本もある。」
「魔法の本まで。」
「これ面白そう。」
一冊の本を手に取る。
夢中になってページをめくる姿を、侍女たちは微笑ましく見守っていた。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
帝城から少し離れた酒場。
黒い外套の男が静かに席へ着く。
向かいには、別の男。
「広場での襲撃は失敗。」
「毒も失敗。」
「皇帝は想像以上に厄介だ。」
もう一人の男が笑う。
「なら、皇帝を相手にするな。」
「狙うべきは女だけだ。」
「護衛がいない瞬間を作ればいい。」
黒い外套の男は眉をひそめる。
「そんな隙があるか?」
「ある。」
男は机に一枚の地図を広げた。
そこには帝都近郊の森が描かれていた。
「数日後。」
「帝城の狩猟祭がある。」
「皇族も貴族も参加する恒例行事だ。」
「森は広い。」
「人も散らばる。」
「皇帝でも、四六時中あの女の隣にはいられない。」
黒い外套の男の口元が歪む。
「なるほど。」
「そこで始末するわけか。」
「そういうことだ。」
二人は静かに笑った。
◇ ◇ ◇
その夜。
レイナは部屋の窓から月を眺めていた。
「狩猟祭かぁ。」
侍女から聞いた帝国の伝統行事。
少し楽しみだった。
「森なんて久しぶりかも。」
その頃。
執務室では、カイゼルも狩猟祭の予定表を見つめていた。
「……。」
胸騒ぎがする。
理由は分からない。
しかし、今まで何度も危険を察してきた勘が告げていた。
何かが起こる。
アルベルトが尋ねる。
「陛下?」
カイゼルは予定表を閉じた。
「狩猟祭の警備を倍にしろ。」
「特にレイナの周囲は、一瞬たりとも目を離すな。」
「承知しました。」
誰も知らない。
刺客たちが狙っているのは、まさにその狩猟祭であることを。
そして――。
レイナが初めて、自力ではどうにもできない絶体絶命の危機に陥ることを。




