第31話 皇帝の逆鱗
帝城・地下牢。
薄暗い石造りの牢獄に、重苦しい空気が漂っていた。
捕らえられた刺客は鎖で拘束され、それでも不敵な笑みを浮かべている。
「皇帝自ら尋問とはな。」
「光栄だ。」
カイゼルは無言で男の前に立った。
アルベルトと数名の近衛兵が後ろに控える。
「一度だけ聞く。」
「誰の命令だ。」
男は鼻で笑う。
「何度聞かれても同じだ。」
「依頼主を売るくらいなら死んだ方が――」
そこで言葉が止まった。
カイゼルの瞳が静かに細められる。
「……なるほど。」
男の額から汗が流れる。
「な、何だ……。」
「やはりアルフォード公爵か。」
男の顔色が一変した。
「ち、違――」
「嘘は不要だ。」
カイゼルは冷たく言い放つ。
「お前は今、『なぜ分かった』と思った。」
「それで十分だ。」
男は言葉を失った。
心を読まれた。
隠していたはずの依頼主が、一瞬で暴かれたのだ。
「もう一つ聞く。」
「次の計画は何だ。」
男は必死に口を閉ざえる。
(言うな……。)
(絶対に考えるな……。)
だが、人は考えまいとしても考えてしまう。
暗殺。
毒。
夜。
帝城。
次々と流れ込む思考。
カイゼルの表情が険しくなる。
「……毒か。」
男の肩が震えた。
「厨房へ潜り込ませるつもりだったな。」
「なっ……!」
アルベルトが息を呑む。
「厨房ですか!」
男は観念したように項垂れた。
もう隠しようがなかった。
「近衛兵。」
「はっ!」
「今すぐ厨房と食材庫を封鎖しろ。」
「出入りする者は全員調べろ。」
「怪しい者は一人残らず拘束しろ。」
「はっ!」
近衛兵たちは駆け出していく。
地下牢には静寂だけが残った。
カイゼルは男を見下ろす。
「レイナを狙ったこと。」
「余を敵に回したこと。」
「その二つを後悔する日が来る。」
男は震えながら俯いた。
◇ ◇ ◇
その頃。
レイナは庭園で花に水をやっていた。
「この花、きれいだね。」
侍女が微笑む。
「レイナ様がお世話されるようになってから、花も元気になった気がいたします。」
「そんなことある?」
レイナは笑う。
その笑顔を、少し離れた場所からカイゼルが見つめていた。
「陛下。」
隣に立つアルベルトが小声で尋ねる。
「厨房の件は全て片付きました。」
「毒物も押収しております。」
「そうか。」
カイゼルは短く答えた。
視線はレイナから離れない。
アルベルトはそんな主君を見て、小さく苦笑する。
「今回は間に合いましたね。」
「ああ。」
「だが、終わってはいない。」
カイゼルの瞳が鋭く光る。
「アルフォード公爵家は、まだ諦めていない。」
「ならば。」
「こちらから動く。」
その一言に、アルベルトの表情が引き締まる。
「ついに、ですか。」
「ああ。」
「証拠は揃った。」
「もう猶予は与えん。」
帝国屈指の名門、アルフォード公爵家。
その運命が、大きく動こうとしていた。




