第29話 迫りくる影
アルフォード公爵家。
深夜。
屋敷の一室では、重苦しい空気が漂っていた。
「陛下が……調査を進めている。」
公爵は握った拳を震わせる。
机の上には、酒の入ったグラスが置かれていた。
しかし、手を伸ばす余裕などなかった。
「このままでは、全て知られる。」
「私たちがレイナにしてきたことも。」
クラリスが不安そうに父を見る。
「お父様……。」
エレノアも青ざめた顔で尋ねる。
「本当に、陛下はそこまで……?」
公爵は苛立ったように机を叩く。
「皇帝だぞ。」
「証拠さえ揃えば、我が家など簡単に潰せる。」
二人は黙り込む。
今まで。
何をしても許されると思っていた。
レイナは何も言わない。
抵抗もしない。
だから。
これからも変わらないと思っていた。
しかし。
皇帝という存在が、全てを変えてしまった。
「……どうするのですか。」
クラリスが震える声で聞く。
公爵はしばらく黙った後。
ゆっくりと口を開いた。
「まだ方法はある。」
「レイナがいなくなればいい。」
その言葉に。
部屋の空気が凍った。
クラリスは一瞬だけ目を伏せる。
だが。
「……そうですね。」
小さく呟いた。
「レイナさえいなければ。」
エレノアも唇を噛む。
「私たちが皇后になる可能性も……。」
三人の中に、罪悪感はなかった。
あるのは。
自分たちの未来を奪われる恐怖だけだった。
◇ ◇ ◇
その頃。
帝城。
レイナの部屋。
「……。」
レイナは窓辺に座り、夜空を眺めていた。
帝城へ来てから数日。
毎日が不思議だった。
誰も怒鳴らない。
誰も命令しない。
食事は温かい。
部屋は暖かい。
何かをしてもらうことに、まだ慣れない。
「変な感じ。」
小さく呟く。
(こんな生活、いつまで続くんだろ。)
「こんな生活、いつまで続くんだろ。」
その瞬間。
自分でも驚くほど、不安が胸をよぎった。
今まで。
期待なんてしたことがなかった。
期待すれば。
失った時につらいから。
だから。
最初から諦めていた。
でも。
「……。」
レイナは自分の手を見る。
カイゼルが差し出してくれた手。
あの時。
なぜか安心した。
「……ほんと、変な人。」
そう呟いた時。
コンコン。
扉が叩かれた。
「レイナ。」
聞き慣れた声。
「入るぞ。」
扉が開き、カイゼルが姿を見せる。
レイナは驚く。
「こんな時間に?」
「ああ。」
「少し様子を見に来た。」
レイナは目を丸くする。
「様子?」
「何か困っていないかと思った。」
レイナは思わず笑う。
「アンタ、本当に過保護だね。」
カイゼルは真剣な顔で答える。
「そうかもしれない。」
予想外の返答に。
レイナは一瞬固まった。
「認めるんだ。」
「ああ。」
「お前に関しては、過剰なくらいでいいと思っている。」
レイナは言葉を失う。
(……ずるいな。)
「……ずるいな。」
カイゼルは首を傾げる。
「何がだ。」
「そういうこと、普通に言うところ。」
カイゼルは少し考える。
「事実を言っているだけだ。」
レイナは小さく笑った。
その時。
カイゼルの表情がわずかに変わる。
何かを感じ取ったように。
「……。」
レイナが気づく。
「どうしたの。」
カイゼルは答えない。
聞こえていた。
遠くから。
誰かの悪意ある思考。
帝城の外。
暗闇の中。
『必ず仕留める。』
『今度こそ失敗は許されない。』
カイゼルの目が鋭くなる。
「レイナ。」
「なに?」
「明日から、余の側を離れるな。」
突然の言葉に、レイナは眉を寄せる。
「また何かあるの?」
カイゼルは静かに答える。
「……ああ。」
「お前を狙っている者がいる。」
その瞬間。
レイナの表情から笑みが消えた。
再び。
二人へ迫る影が動き始めていた。




