第28話 守るべきだった家族
その日の午後。
アルベルトが再び執務室へ戻ってきた。
「陛下。」
カイゼルは視線を上げる。
「報告か。」
「はい。」
アルベルトは一礼し、数枚の書類を机へ置いた。
「アルフォード公爵家について、追加の証拠が集まりました。」
カイゼルは静かに書類へ目を通す。
そこには、使用人たちの証言だけではなく。
過去の記録。
医師の診療記録。
購入された衣服や食事の記録。
全てが揃っていた。
「……。」
読み進めるほど、カイゼルの表情が険しくなる。
「レイナ様が十歳になられた頃。」
「高熱を出された記録がございます。」
アルベルトが続ける。
「しかし、公爵家は医師を呼ばなかった。」
「偶然、庭師が気づき、医師を呼んだそうです。」
カイゼルの指が止まる。
「……十歳の子どもを。」
「放置したのか。」
「はい。」
短い返答。
それだけで十分だった。
執務室の空気が冷える。
「さらに。」
アルベルトは続ける。
「レイナ様の母君が亡くなられた後。」
「公爵は周囲にこう話していたようです。」
「『あの子を見ると妻を失ったことを思い出す』と。」
カイゼルは目を伏せる。
それは。
子どもには何の関係もないことだった。
母を失ったのは、レイナも同じだ。
本来なら。
一番支えられるべき存在だった。
それなのに。
「……愚かだ。」
低い声が漏れる。
アルベルトは黙って頭を下げる。
「陛下。」
「処分をお決めください。」
カイゼルはしばらく沈黙した。
本来なら。
公爵家を潰すことなど簡単だ。
皇帝の命令一つで終わる。
だが。
「まだだ。」
アルベルトは少し驚く。
「まだ……ですか。」
「ああ。」
カイゼルは窓の外を見る。
「レイナはどう思う。」
その言葉に、アルベルトは目を瞬かせた。
「……レイナ様、ですか。」
「そうだ。」
カイゼルは静かに続ける。
「余が勝手に裁けば。」
「きっとあの娘は言う。」
「自分で片付けたかった、と。」
アルベルトは少しだけ微笑んだ。
「確かに、仰りそうですね。」
「ですが。」
「陛下は、それでもお怒りなのですね。」
カイゼルは答えなかった。
ただ。
机の上に置かれた報告書を見る。
「……ああ。」
「許せない。」
「何がですか。」
少しの間。
カイゼルは静かに答えた。
「家族だったことだ。」
アルベルトは息を止める。
「血が繋がっているからこそ。」
「守るべき相手だったはずだ。」
「それを傷つけ続けた。」
カイゼルの瞳には、冷たい怒りが宿っていた。
◇ ◇ ◇
その頃。
レイナは帝城の庭園を歩いていた。
「広すぎるんだよなぁ……。」
一人で呟く。
「未だにどこがどこか分からないし。」
すると。
「迷ったのか。」
背後から声がした。
振り返ると、カイゼルが立っていた。
「……アンタ。」
「仕事は?」
「休憩だ。」
「珍しい。」
レイナは少し笑う。
「皇帝でも休憩するんだ。」
「余を何だと思っている。」
「寝ないで働く怪物。」
即答。
カイゼルは一瞬黙る。
そして。
「……否定はできんな。」
レイナは吹き出した。
「そこ認めるんだ。」
二人の笑い声が庭園に響く。
しかし。
その穏やかな時間の裏で。
アルフォード公爵家では。
一つの報告が届いていた。
「陛下が……調査を進めている?」
公爵の顔から血の気が引く。
クラリスとエレノアも青ざめる。
「まずい……。」
「このままでは……。」
そして。
公爵は震える声で呟いた。
「何としてでも、レイナを消さねば……。」
再び。
黒い思惑が動き始めていた。




