第二十七話 知らない優しさ
扉が開く。
「失礼するね。」
レイナが執務室へ入ってきた。
カイゼルはすぐに顔を上げる。
「どうした。」
レイナは少し笑った。
「いや。」
「怪我のこと、ちゃんとお礼言ってなかったから。」
カイゼルは少し目を瞬く。
「礼?」
「助けてくれたでしょ。」
「子どものことも。」
「アタシのことも。」
レイナは素直に頭を下げる。
「ありがと。」
その言葉に、カイゼルは一瞬黙った。
感謝の言葉なら、今まで何度も聞いてきた。
しかし。
その多くには裏があった。
気に入られるため。
利益を得るため。
恐怖から逃れるため。
だが。
レイナの心の声には何もない。
ただ純粋に感謝しているだけだった。
「……気にするな。」
カイゼルは視線を逸らす。
レイナは不思議そうに首を傾げた。
「アンタさ。」
「褒められるの苦手?」
カイゼルは少し眉を動かす。
「そんなことはない。」
「嘘。」
レイナは即答した。
カイゼルは黙る。
心を読める自分にとって、相手の本音を知ることは珍しくない。
だが。
心を読まなくても、自分の変化に気づく者など今までほとんどいなかった。
「……変なところを見るな。」
「そう?」
「分かりやすいけど。」
カイゼルは少し困ったような表情を浮かべる。
レイナは思う。
(本当にこの人、噂と違うな。)
「本当にこの人、噂と違うな。」
カイゼルはその声を聞いた。
だが、不快には感じなかった。
むしろ。
その飾らない言葉が、不思議と心地よかった。
「レイナ。」
「何?」
カイゼルは少し間を置く。
「公爵家のことを聞いた。」
レイナの表情が少しだけ固まる。
「……そっか。」
「調べたんだ。」
「ああ。」
「余には知る必要があった。」
レイナは苦笑する。
「別に大したことじゃないよ。」
その瞬間。
カイゼルの眉が寄る。
「大したことではない?」
レイナは肩をすくめる。
「もう昔のことだし。」
「慣れてただけ。」
カイゼルは静かにレイナを見る。
「慣れる必要などなかった。」
レイナは少し驚いた。
カイゼルは続ける。
「お前が受けた扱いは、普通ではない。」
「家族だから許されることでもない。」
レイナは目を伏せる。
前世でも。
今世でも。
強くいることを選んできた。
だから。
可哀想だと言われるのは苦手だった。
しかし。
カイゼルの言葉には同情ではなく、ただ純粋な怒りがあった。
それが少し不思議だった。
「……アンタ。」
「本当に変な人だね。」
カイゼルは首を傾げる。
「またそれか。」
レイナは笑う。
「だって。」
「普通、皇帝がそんなことで怒らないでしょ。」
カイゼルは少し黙った。
なぜ怒るのか。
自分でもまだ分からない。
ただ。
レイナが傷つけられていた事実が、許せなかった。
「……余がそう思っただけだ。」
レイナは少し笑った。
「そっか。」
「ありがと。」
その笑顔を見て。
カイゼルはまた、胸の奥に小さな違和感を覚える。
今まで感じたことのない感情。
まだ、その名前を知らなかった。




