第二十五話 公爵家への怒り
帝城へ戻った後。
カイゼルはすぐに執務室へ向かった。
レイナは別室で治療を受けている。
傷は小さなものだった。
魔法を使うまでもない程度。
それでも。
カイゼルの表情は険しいままだった。
「アルベルト。」
「はい。」
「アルフォード公爵家について調べろ。」
「今回の件だけではない。」
「レイナが公爵家でどのように扱われていたのか、全てだ。」
アルベルトは少し目を伏せる。
「……承知しました。」
「ですが、陛下。」
「公爵家は帝国でも有数の名門です。」
「表向きは、問題のない家柄として知られています。」
カイゼルは冷たい目を向ける。
「表向き、か。」
その言葉に、アルベルトは黙った。
カイゼルは今まで何度も見てきた。
貴族たちの笑顔。
忠誠を誓う言葉。
しかし、その裏に隠された欲望。
権力への執着。
相手を利用しようとする心。
だからこそ。
レイナの心の声が、余計に異質だった。
彼女は自分をよく見せようとしない。
欲しいものを欲しいと言う。
嫌なものは嫌だと言う。
隠し事がない。
そんな人間は、今まで一人もいなかった。
「……。」
カイゼルは窓の外を見る。
ふと。
レイナの言葉が頭に浮かぶ。
『やられたらやり返す。』
『泣いて許してもらう性格じゃない。』
小さく息を吐く。
「本当に変な女だ。」
思わず口に出ていた。
アルベルトが聞き返す。
「何か仰いましたか。」
「何でもない。」
カイゼルは視線を戻す。
「調査を急げ。」
「レイナには知られないようにしろ。」
「理由はお聞きしても?」
アルベルトの問いに、カイゼルは少し黙る。
なぜだろう。
レイナなら、きっと。
「自分で片付ける。」
そう言う気がした。
だからこそ。
「余が確認する。」
「それだけだ。」
アルベルトは深く頭を下げた。
「承知しました。」
◇ ◇ ◇
その頃。
レイナの部屋。
治療を終えたレイナは、ベッドに座っていた。
「大げさだなぁ。」
「ただのかすり傷なのに。」
侍女が困ったように笑う。
「陛下は心配なさっているのです。」
レイナは少し考える。
「……不思議な人だよね。」
「怖いって聞いてたのに。」
「全然違う。」
侍女は静かに微笑んだ。
「陛下があのようなお顔をされるのは、珍しいことです。」
「誰かのために怒る姿など、今まで見たことがありません。」
レイナは目を瞬く。
「そうなんだ。」
少しだけ胸の奥が温かくなる。
しかし。
すぐに首を振った。
(いやいや、何考えてるんだアタシ。)
「いやいや、何考えてるんだアタシ。」
「ただ変わった皇帝ってだけ。」
そう言い聞かせる。
まだ、この感情の名前を知るには早かった。
そして。
帝城の外では。
アルフォード公爵家へ向けて。
静かな調査が始まっていた。




