第二十四話 皇帝の怒り
広場に冷気が広がる。
カイゼルの周囲の空気が、明らかに変わっていた。
普段の静かな表情は消えている。
近衛兵たちは思わず息を呑んだ。
「陛下……。」
アルベルトが慎重に声をかける。
しかし、カイゼルは捕らえられた男から視線を逸らさない。
「誰の命令だ。」
男は口を閉ざしたままだった。
「言え。」
「黙っていれば済むと思っているのか。」
男は不敵に笑う。
「……誰が言うか。」
「依頼主の名前など、絶対に――」
その瞬間。
カイゼルの瞳が細くなる。
「そうか。」
「ならば、聞く必要はない。」
男の表情が変わる。
「何を……。」
カイゼルは静かに目を閉じた。
流れ込んでくる思考。
報酬。
命令。
恐怖。
そして、依頼主の姿。
「アルフォード公爵家。」
その名を口にした瞬間。
広場の空気が凍りついた。
近衛兵たちがざわめく。
「公爵家……?」
「まさか……。」
レイナは目を伏せる。
「……やっぱり。」
カイゼルはレイナを見る。
その表情には怒りが浮かんでいた。
男は慌てて叫ぶ。
「違う!」
「俺は何も――!」
カイゼルは男を見下ろす。
「嘘をつくな。」
「お前は今、考えただろう。」
「公爵家の名を出せば、自分が消されると。」
男の顔から血の気が引く。
誰にも知られるはずのない心の中を、完全に読まれている。
レイナは小さく息を吐いた。
「そっか。」
「そこまでして、アタシを……。」
カイゼルはレイナを見る。
その腕には、小さな傷が残っていた。
ほんのわずかな傷。
だが。
なぜか、それを見た瞬間に胸の奥がざわついた。
「レイナ。」
「腕を見せろ。」
「え?」
「傷だ。」
レイナは自分の腕を見る。
「これくらい平気。」
「アタシが売られた喧嘩なんだから、自分で返したかったし。」
カイゼルは眉を寄せる。
「お前は、いつもそうなのか。」
「傷つけられても、自分で解決しようとするのか。」
レイナは少し考えてから答える。
「まあね。」
「昔から、やられたらやり返す性格だから。」
カイゼルは黙る。
レイナが強いことは分かっている。
ただ。
だからといって、傷ついていい理由にはならない。
「分かった。」
「お前の考えは理解した。」
「だが。」
カイゼルは捕らえられた男へ視線を向ける。
「お前を傷つける者を、余が見逃す理由にはならない。」
レイナは思わず苦笑する。
(やっぱり怒ってるじゃん。)
「やっぱり怒ってるじゃん。」
カイゼルは即答する。
「当然だ。」
「お前が傷ついた。」
「それだけだ。」
レイナは少しだけ目を丸くする。
そして、小さく笑った。
「アンタ、本当に変な皇帝だね。」
カイゼルは真顔で返す。
「そうか。」
「余は普通のことをしているつもりだ。」
レイナは吹き出した。
「そこが変なんだって。」
そのやり取りを見ながら、アルベルトは静かに思う。
(陛下が、誰かのためにここまで怒るとは。)
(以前なら、考えられなかったことだ。)
しかし。
カイゼル自身は、まだ気づいていなかった。
なぜここまで腹が立つのか。
なぜ彼女の傷が、これほど気になるのか。
ただ一つ分かることは。
レイナを傷つける者だけは、許せないということだった。




