第十二話 私が許可しない
「そんな……!」
アルフォード公爵は青ざめた。
「陛下! レイナは我がアルフォード公爵家の娘にございます!」
「帝城で暮らすなど前例がございません!」
「前例?」
カイゼルは冷たく笑う。
「余が作れば、それが前例になる。」
その一言で、公爵は口をつぐんだ。
反論できる者など、この帝国にはいない。
だが、それでも食い下がる。
「し、しかし……!」
「その娘は礼儀も教養もなく、皇后候補には到底——」
「黙れ。」
ピシッ。
公爵の足元が、一瞬で凍りつく。
「ひっ……!」
氷は靴先を覆い、そこから先へは広がらない。
ただ一歩でも動けば、どうなるか分からない。
それだけで十分だった。
「余の前で、レイナを侮辱することは許さん。」
その場の空気が凍りつく。
クラリスとエレノアは震えながら父の後ろへ隠れた。
(どうして……。)
(なんでレイナなんかを……。)
二人の嫉妬は、ますます膨れ上がっていく。
カイゼルは聞こえていても、無視した。
そんなことより——。
「レイナ。」
「ん?」
「荷物をまとめろ。」
「今日から帝城で暮らす。」
レイナは困ったように頭を掻く。
(荷物って言っても、服くらいしかないんだけど。)
「荷物って言っても、服くらいしかないんだけど。」
「それで十分だ。」
「足りない物は余が用意する。」
レイナは苦笑した。
「いや、そこまでしてもらうの悪いって。」
(高そうだし、気を遣うじゃん。)
「高そうだし、気を遣うじゃん。」
「気を遣う必要はない。」
「余がそうしたいだけだ。」
アルベルトは思わず目を瞬かせた。
(陛下が女性にこんなことを……。)
長年仕えてきたが、初めて見る姿だった。
その時だった。
「お待ちください!」
クラリスが一歩前へ出る。
涙を浮かべながら、悲しげな表情を作る。
「レイナは昔から思い込みが激しい子なのです!」
「父も私たちも、愛情を持って接してまいりました!」
口ではそう言う。
だが、その心は——。
(絶対に渡さない。)
(皇后になるのは私よ。)
(レイナなんか邪魔なのよ!)
カイゼルの瞳から温度が消えた。
「……そうか。」
静かな声だった。
だからこそ恐ろしい。
「アルフォード公爵。」
「は、はい……。」
「娘が嘘をついている。」
「え……?」
公爵の顔が固まる。
「どういう意味でございましょう。」
「そのままの意味だ。」
カイゼルはクラリスへ視線を向ける。
「その程度の演技で、余を欺けると思うな。」
クラリスの肩が大きく震えた。
「も、申し訳……ございません……。」
何に対して謝ったのか。
本人すら分かっていない。
ただ、カイゼルの圧倒的な威圧感に耐えられなかっただけだ。
「レイナ。」
「はいはい。」
(もう帰って寝たいなぁ。)
「もう帰って寝たいなぁ。」
思わずカイゼルは吹き出しそうになる。
こんな状況で考えることが、それなのか。
「安心しろ。」
「帝城には、お前がゆっくり眠れる部屋を用意させる。」
レイナは少し驚き、それから笑った。
「それはちょっと楽しみかも。」
その笑顔を見たカイゼルは、胸の奥で静かに思う。
——二度と、この笑顔を曇らせはしない。
その決意は、誰にも揺るがせないものになりつつあった。




