第十一話 帰りたくない
「レイナが嫌がっている。」
「それでも無理やり連れ帰るつもりか。」
カイゼルの低い声が庭園に響く。
アルフォード公爵は額に汗を浮かべた。
「い、いえ……そのようなことはございません。」
口ではそう答える。
しかし、その心は違った。
(さっさと連れ帰る。)
(皇后候補はクラリスとエレノアだけでいい。)
(この出来損ないは邪魔だ。)
カイゼルは冷たく公爵を見下ろした。
やはり、この男も同じか。
「レイナ。」
「ん?」
「お前は帰りたいか。」
その一言で、その場の空気が張り詰める。
公爵も、クラリスも、エレノアも息を呑んだ。
レイナは少し考え、頭を掻く。
(帰りたくない。でも帰らなかったら面倒なんだよなぁ。)
「帰りたくない。でも帰らなかったら面倒なんだよなぁ。」
公爵が慌てて声を荒げる。
「レイナ!」
「何を言っている!」
「家族がお前の帰りを待っているんだぞ!」
レイナは公爵を見た。
(待ってる? 誰が?)
「待ってる? 誰が?」
「父上。」
「アタシが帰らなかったら困るのって、掃除する人がいなくなるからじゃない?」
「なっ……!」
公爵の顔が赤く染まる。
「何を馬鹿なことを!」
「お前は私の娘だ!」
「だから迎えに来たのだ!」
レイナは鼻で笑った。
(娘だって思ってるなら、今まであんな扱いしないでしょ。)
「娘だって思ってるなら、今まであんな扱いしないでしょ。」
周囲の貴族たちがざわめき始める。
「本当に虐げられていたのか……。」
「公爵家がそんなことを?」
公爵は焦ったように首を振る。
「ち、違います!」
「すべて教育の一環でございます!」
「ほう。」
カイゼルが静かに口を開いた。
「使用人同然に働かせることも教育。」
「家族から孤立させることも教育。」
「ずいぶんと立派な教育だな。」
公爵の顔から血の気が引く。
「へ、陛下……。」
「余を甘く見るな。」
「帝国内で起きることは、余の耳にも入る。」
レイナは感心したように頷いた。
(皇帝ってすげぇな。)
「皇帝ってすげぇな。」
その呑気な一言に、カイゼルは思わず口元を緩める。
こんな状況でも変わらない。
だからこそ、惹かれる。
「レイナ。」
カイゼルは改めて問いかけた。
「もう一度聞く。」
「帰りたいか。」
今度のレイナは迷わなかった。
カイゼルの瞳を真っ直ぐ見つめる。
(帰りたくない。)
「帰りたくない。」
その答えを聞いたカイゼルは静かに頷いた。
「なら決まりだ。」
「今日から、お前は帝城で暮らせ。」
「……え?」
「は?」
レイナだけでなく、公爵家の者たちも目を見開く。
「へ、陛下!」
「何をおっしゃいますか!」
「レイナは我がアルフォード公爵家の娘でございます!」
カイゼルは冷ややかな視線を向けた。
「だから何だ。」
「お前たちのもとへ返せば、また虐げられる。」
「そんな場所へ帰すつもりはない。」
その一言に、公爵家の三人は完全に言葉を失った。
暴君と恐れられる皇帝が、一人の令嬢を守ろうとしている。
誰も、その光景を信じることができなかった。




