5. 「メテオ」
「アヴィスの好きなようにしなさい」
予想通りの答えに、顔を顰めながら、アヴィスは手の中のパンをちぎって、シチューの中に落とした。
「でもお母さんはどうすんのさ」
「今のままで充分やって行けるよ、それなりに蓄えもあるし」
金髪を束ねて、食事の席についた母は、アヴィスの目を見て言う。
「アヴィスが行きたいかどうか、それが大事なの」
「そりゃ····そりゃ、行きたいけど」
「じゃぁ決まり」
母は、目線をアヴィスからシチューに移して、黙々と食事を始めた。
────、食事を終え、皿を洗ってベットに寝転んだアヴィスは、まだ迷ってた。
自由になりたい····。母の元を離れて、この村から離れて、自分の思うように旅してみたい····。
だが、世の中は自分が思っている程生温い訳が無い。当然、自分で稼がなければ生きていけない。勿論、母の老後も心配だ。
もしかしたら·····
本当は自分は···、〝アヴィス・カエルレア〟は、母の事なんてどうでもいいのかもしれない。
知らない世界に自分だけで飛び込んでいくのが怖いだけなのかもしれない。···それでも諦めきれないから、母を理由にしているのかもしれない。
·····いや、でもやはり母は心配だ。
言い訳でもないし、理由付けでもない。
目に鬱陶しいランプの明かりを消して、アヴィスは目をつぶった。
◇◇◇
一週間が経った──、
春の柔らかい日差しを髪の隙間に蓄えながら、アヴィスとアベルは、鍛冶師のウォルターの仕事場を覗いた····
「おー来たか、待ってろ」
丁度、家に繋がる通路の扉から出てきたウォルターが、間延びした返事をかけてからまた顔を引っ込める。しばらくした後、ウォルターは両手に剣をぶら下げて戻ってきた。
「さて····」
三人で仕事場の冷えた床に座って、得物を囲む。
二本の剣に舌舐めずりして、手をこすり合わせたウォルターが、口を開く。
「お待ちかねの品だ。」
鍛冶師らしい太い腕を伸ばして、二本の剣の内の一本、長い方を手に取る。
慎重な手付きで、剣を鞘から抜き放つ───、
ガラスのような表層を太陽に煌めかせ、その剣は姿を現した。
均衡が取れていながらも、どこかゾッとするようなスタイルは、それが美術品ではなく、武器である事を突き付ける。
アヴィスとアベルが、ハッと息を呑む───。冷ややかな両刃は、触っただけで指が切り離されそうだ。──否、実際に指は落ちるだろう。
自然と肉の切断面を想像させるその剣を、うっとりと眺めて、ウォルターが説明する。
「流星刀だ。作るのは初めてだから、かなり苦労した。知識通り玉鋼を3割程混ぜよう·····と思っていたが、良さを最大限出してみたくなって止めた。純隕石製で斬れ味も抜群だ」
「ぉ〜·····」
「表面の硬度からして恐らく多少脆い、欠点を上げるならそこだな。それ以外はどれを取っても一級品····とてもお前らみてぇなガキンチョが持つような代物じゃない」
「なんだよ、一端の大人って言ったくせに」
噛み付くアベルを横に、抜き身の剣の腹を指でそっとなぞる。
冷たい鉄の感触に思わず手を引っ込めて、アヴィスは剣を鞘に収めた。
「お次はアベル、お前のだ」
「待ってました···」
ウォルターの言葉に、アベルが腕を捲り、威勢よく答える。
ウォルターは床に残ったもう一本の短剣に手を伸ばし、光の差し込む場所でゆっくりと鞘を外した。
「すげぇ·····」
短剣と言うよりもナイフに近いその刃物をウォルターから受け取り、アベルは言葉を漏らした。
「純隕石製のナイフ···、刃渡りは14.5。この出来栄えは貴族でもそうそう持てねぇ····。」
キラキラと細かい光を煌めかせ、複雑な紋様を纏うナイフを何度も手の中で確かめた後、アベルはようやく鞘に収めた。
「全く·····これだけの物をただで作ってやるのなんざ、世の中広くても俺だけだろ。てめぇらほんとに感謝しろよ?」
「当たりめぇだ」
「ありがと」
鞘越しに剣を撫でるアヴィスと、自分のズボンに短剣を挟んで見映えを確認するアベルの返事に、納得のいかない顔をしながら、ウォルターは立ち上がる。
「···俺は寝る!それ作るためにここしばらく徹夜漬けだったからな」
「分かってるって、本当に感謝してるんだぜ?俺ら」
アヴィスとアベルの本心からの感謝と敬意に、軽く後ろ手を振って、ウォルターは扉の奥に姿を消した。