41 書き初めと雪奈
もう1月半ばと言うべきか、まだ1月と言うべきか。
「お兄ちゃん、ちょっとよろしいでしょうか」
「どうかしたの、雪奈」
冬休み明けの学校が始まって間もなく、雪奈が小さく手を挙げながら、僕に話しかけてきた。経験上、こういう言い方をする時は何かしらの『 ちょっとしたお願い 』がある時、という事は知っている。何か僕にやって欲しい事とか、何か借りたいものでもあるのだろうか。
「習字セットを、少し貸してください。今日だけ」
「いいけど。何に使うの??」
「正月のイベントを忘れていました。『 書き初め 』をやっておこうかと」
「書き初め、ときたかぁ」
そんなの新年明けの学校でしか、やった事ないよ僕。家でやるの??
「本当は新年の三が日で行っておけばタイムリーだとは思うのですが、正月は家族麻雀と、おじいちゃん家への帰省と、家族ゲームと生ハム消化に時間を使いましたからね」
「生ハム、わりと残ったよね」
最初の頃は喜んでみんな食べてたけど、毎日は次第に飽きてきて、結局は冬休み明けまで頑張って食べきった感がある。次に買う時は少しだけ小さいヤツにした方がいいのかも知れない。
……それは、そうとして。
「……えーと。『 書写 』の授業って、3年生から、だよね」
「ですね」
「……雪奈、習字って、やった事、あったっけ……??」
「やり方は知っています。経験上のギジュツは特に問題じゃないでしょう??別に書道家になりたいワケでもないんですし」
それも、そうか。まぁ、筆で字を書けるかどうか、という事と。筆書きの字が上手に書けるか、という事はイコールではないよね。それなりに書けるようになるために練習するワケなんだし。まあ、これで物凄く上手に書けたらビックリなんだけど……
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「はい、書けました!!」
「さすが雪ちゃん!!上手!!」
「うん、上手だな!!」
「キレイに書けたわね!!」
「……うん」
書けました!!
……と、半紙に書いた筆字を広げて見せる雪奈。そして手放しで褒める春奈、父さん、母さん。僕はとりあえず否定しない方向でコメントした。こういうの何て言ったっけ。消極的肯定、とかなんとか言うヤツかな。
下手ではない。と思う。
初めて筆を手に取る小学2年生の書いた筆書きとすれば、各段の上手さ、と言うべきかも知れない。……しかし。期待していたほどじゃないというか、何と言うか。普通に子供の習字の出来栄えというか、上手ではない大人の筆字というか、僕とそれほど違わない腕前というか。そんな感じな気が。
そんな事を考えていると、雪奈が僕の方をチラリと見る。
「あのですね、お兄ちゃん」
「あ、ハイ」
「マジメに訓練しなきゃ、誰が書いたってこんなモノです。というか、書写というモノはちゃんと読める文字になっている事が重要なのであって、カッコいい出来栄えかどうかは、また別の問題ですよ。戦国時代から江戸時代終期までの『 草書(くずし文字) 』なんて、同じ日本人が書いた文字でも読めたもんじゃないでしょう??楷書でそれなりに書けていればいいのです!!」
「ごもっともです」
何となく心を読まれた!!
いや別に、下手だとか思ったワケでもないんですけど!!ただ、イメージ的にはもっともっと、上手に書けるかなー、と思ってただけで!!ですよね!!たとえ前世の記憶や技術を引き継いでたしても、何でもかんでも出来る訳じゃないもんね!!
微妙にホッとした気もするけど。そうかー、雪奈だって何でもできるわけじゃないんだなー、とか。
「ところで雪ちゃん」
「なんでしょうか、お姉ちゃん」
「これ何て熟語だっけ??どこかで見た気がするけど」
「これはですね、『 諸行無常 』と読むアレです」
「おおー。どういう意味??」
「どんなものも常に移り行き、常に変化している、という意味です。そのうち教科書にも出てきますよ」
「へえー」
春奈がいつもの調子で雪奈の解説に感心している。……もちろん僕も少しは感心しているのだけれど。これもネットで覚えたのかな。それとも前から知ってたのかな。いや、こういう感じのカッコいい系の四字熟語みたいなのって、わりとネットでは見かける気もするな。真実はどこにあるんだろう。
「教科書に出てくるの??」
「平家物語の冒頭部分とか、ですね。『 祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 』でしたっけ。琵琶法師が亡霊に耳を引きちぎられたりするヤツですよ」
「雪奈、それちょっと混ざってるぞ。平家物語に、いきなり琵琶法師は出ない」
「それ、後半部分は耳無し芳一でしょ。教科書に出てくる年代が全然違うわよ。平家物語と近代日本文学じゃないの」
父さん母さんが冷静にツッコミを入れていた。知識不足で僕には出来ないレベルのツッコミだった。
「そういえばそうでした。小泉八雲の『怪談』だと、明治ですものね。明治だと……1900年くらいでしたっけ??平家物語は確か、鎌倉時代……いい国つくろう(1192)ですから……」
「雪奈。それ古いぞ」
「今は1185じゃなかった??『 いい箱つくろう 』じゃないかしら」
箱って幕府の事なんですか??それ何のイヤミなんですかねぇ。
などと雪奈が言っているけれど、僕には良く分からない話題だった。歴史の勉強かな。かなり細かい内容な気がするんだけど。少なくとも小学5年生まででは、勉強してない内容だと思うんだけどなぁ。何か特殊なジャンル的に、大人の会話な気がする。それとも6年生から勉強する内容なんだろうか。
「カマクラのバクフが、しょぎょーむじょー??溶けて無くなっちゃった??」
「なかなか深く、的確ですね」
今度は春奈の言葉に、雪奈が感心していた。状況は変化するものだなぁ。
※※※※※※※※※※※※
「ところで雪ちゃん、さっきの話に出てきた『びわほうし』って何??」
「西洋ファンタジーで言うところの、吟遊詩人の事じゃないですかね」
そういうモノだったんだ。
「音楽の魔法を使って戦う人??」
「いえ、魔法は使いません。もしかしたら妖術は使うかもしれませんが……『 琵琶 』という、これまた吟遊詩人がよく持っている、リュートとかいう洋楽器によく似た楽器を奏でて物語を歌ったりする人で、一種の大道芸人です。……そうそう、琵琶といえば」
雪奈が部屋の隅へ歩いていくと、壁のインテリアになっている白いギターを持ってきた。ベルトをかけてギターを構えると。
「―― わぁーれ!! は!! か・い・け・つ!!」
ジャカジャン!!と、弦をかき鳴らす雪奈。雪奈がたまに弾いてたりする曲だ。確か昔の特撮ヒーローソングだったと記憶している。
「――この曲のオリジナル音源なのですけれど、どうもこの部分、琵琶の音らしいんですよね。長い事ずーっと津軽三味線だと思ってたんですけど」
「「「そうだったんだ?!」」」
僕らは今はじめて知ったよ!!
「胴体の部分がでっかいので、けっこう音が響くみたいです」
「「へぇー」」
いつか触ってみたいですね、買うつもりはありませんけど。などと言う雪奈。ここで『ちょっと欲しい』とか言っちゃったりすると、父さんが購入を検討したりするんだろうなぁ……壁のインテリアにギターはまだいいけど、琵琶やリュートはちょっといらない、とか思ってしまう。
「吟遊詩人の持ってるリュート??も、でっかいの??」
「大きいのと小さいのが、いちおうあるみたいですが。昔、知り合いにファンタジーゲームの趣味が高じてリュート演奏にハマった人が……いた、という人がいたそうで。その人が普段は披露する機会の無いリュート演奏を、共通の知り合いの結婚披露宴で披露した事があったので現物を見た事あるんですけど、ムダに大きかったですよ。本当に琵琶と同じくらいなんじゃ、ないですかね。胴体が丸くて奥行きがあるものですから、ギターよりずっとかさばるように感じました」
「そうなんだ……」
「ちなみに演奏は微妙でした。酔っ払っていたせいも、あるのでしょうが。素人の宴会芸って、あんなもんですよねぇ……尺八を持ってる、おじいさん社員が忘年会に必ず自分の尺八を持ってきたりした事もあったんですが、これまた微妙で……『僕、ピアノを昔やってたんだよね』っていう人が知り合いの披露宴で演奏した時も、練習不足で演奏になってなかったですし……ギター、たまに練習しないといけませんね。それなりに演奏できるレベルを維持しておかないと……宴会芸としても拍手が白々しいものになりそうです」
そう言って、雪奈がいつかの物悲しい曲を弾き始めたけど。即座に『それは禁止』と言われていた。たぶんツッコミが入るところまでがセットだったと思う。
「――友よぉー♪ ああ 我が友よ♪ 友に届けよ♪ 地獄歌ぁ――♪」
物悲しい歌を禁止されたので、例の歌をまた歌っていたけれど。こっちはこっちで、殺伐としているというか、これはこれで物悲しい歌詞な気がする。曲調がわりと軽快なのと、ありがちなストーリー的な歌詞なのでで禁止されていないけれど。昔のヒーローソングって、こんな感じの曲が多いのかなぁ。雪奈が好きな歌というか昔のヒーローの歌って、復讐鬼の歌とかが、わりと混ざってるんだけど…………
日々を楽しく平和に過ごすのはいい事なんだけれど。将来、雪奈がこの曲を、友達の結婚披露宴の席で歌ったりしない事を祈りたい、と思う僕だった。
サビの部分の印象が強すぎて、それ以外の部分を忘れちゃう曲ってありますよね。
流行った曲とかだと、サビの部分しか覚えて無かったり。よくある事ですよね。
今年ものんびり、よくある日常系の一幕な脱力系を、よろしくお願いいたします。