ゼロノア防衛戦線『有効打』
投稿再開からちょこちょこ口調とかおかしなところは手入れさせていただいています。報告等ありがとうございます。
「ねぇ、零。忙しいこの私が、わざわざ貴女のために時間を取ったのよ?」
今でも脳裏に刻まれている、あの日の出会い。
ノイズだらけの日々の中で、鮮明に残った憧憬。
「お金が欲しいんでしょ? だったら聞かせてよ、貴女の作った新曲とやらを」
だって私は、あの日からずっと……。
☆
「……さん、レイさん!」
必死に呼びかけるまくらの声でハッとする。
脳裏にまだ残っている、あまりにも懐かしい思い出。
そして聞き覚えのある警告音。
(アラート……失神んでたのは、数秒ね)
レイレイの持つ、制御不能な代わりにスクナをも上回る超過敏聴覚。そこに落雷の轟音を耳元で受けたことで、極度の精神性ショックを引き起こした。
それにより過大なバイタルの変化が起こり、更にその検知によって強制ログアウト寸前のアラート。
アバターに破れる鼓膜はないし、本来であれば別に音自体からダメージを受けることもない。
現に近くにいたまくらには大きな影響はないし、ハオやメルベルも同じくだ。
しかしレイレイだけは事情が違う。
彼女の過敏すぎる聴覚にはあまりにも刺激が強すぎた。
これはこの世界を生きるNPCたちには起こりえない、プレイヤー……ひいては特殊な体質のレイレイだからこそ起こる症状だった。
「だい、じょーぶ、よ」
「……よかった! 気づいたんですね」
焦らずに気持ちを整える。
ある意味で失神したのはラッキーだったかもしれない。
音の余韻などの知覚周りの情報は一度全部遮断されたようで、精神的疲労以外は大きな影響は残っていないようだった。
とはいえ、失神は失神。一度完全に仕事を辞めた脳が覚醒するには時間がかかるようで、心なしか呂律の回らない口調でレイレイは現状を確認した。
「どーなった……?」
「……ハオさんは追撃の準備をしてます。レイさんの撃った落雷のうち、足は当たりだったみたいです」
「むだ、じゃなかった、ってことね」
「……反応的には、おそらく。ごくごく僅かですけど、私の目で見た限りは明確に『内側の何か』が露出していたのが見えました。ただ、私もすぐにレイさんの介抱にきたのでハオさんが具体的に何をする気なのかは……」
「なる、ほど」
顔を傾けてメタ・サラマンドラの方を見ると、確かに先程の攻撃が効果があったのがわかる。
ほんの僅かにでも削り落ちたことで、初めて奴のHPゲージが見えた。
「10、20……32本、か」
「……見たことも聞いたこともない、HP量です」
本屋で見つけた琥珀の英雄譚で現れるネームドボスでやっと20本だったか。
32本。1本1本のHP量にも差異があるから一概には言えないが、膨大な数値であることは間違いない。
ちなみにレイレイの攻撃で削れたのはそのうちの1本のさらに1%未満と言ったところで、単純に計算すると3200回同じ攻撃をしても倒せない計算だ。
「バカな、計算ね」
ショックから解放されアラートが止まるのと同時に、ふわふわしていた頭に思考力が戻ってくるのがわかる。
レイレイはまくらに身体を預けたまま、取り落としてしまっていた弓を手に取った。
《お目覚めのようですね。死ぬ以外で持ち手が倒れたのなんて初めてだったのでびっくりしましたよ》
軽い口調でそう語りかけてくるサージ。
びっくりしたとは言うものの、そこに心配のような感情は見受けられない。本当にただ驚いただけなのだろう。
この世界の住人ではびっくりして手を離すことはあっても、苦痛で気絶するようなことは起こりえないのだから。
《一応聞きましょう。まだ撃てますか?》
「ええ、大丈夫、なのよ。不意打ちで聞いちゃったからマズっただけで、わかってれば耐えられるはずよ」
レイレイが取れる大きな音量への根本的な対策は特にはない。任意で感覚を遮断したり絞ったり広げたりできるスクナがおかしいのであって、普通の人間にそんなことはできない。
ただ、急な爆音というのは超特大の猫だましのようなもので、苦痛ではあってもわかっていれば気合いで耐えることくらいはできる。
それに、このサージという弓の性質を知った今だからこそ取れる対策もある。
「あー、うー……ふーっ、よし落ち着いた。聞こえてくる限り心臓の位置は微妙に動き続けてる。本来ならギリギリまで探知するために耳を塞ぐことはできないケド、アンタなら撃った瞬間に着弾するから誤差は起こらないのよ。精度もずば抜けてるし、後はギリギリのところでまくらに耳を塞いでもらえばいーわ」
《なるほど。その意気やよし、ですね。ハオも私を送還をしていない以上、この場ではアナタに預けたということです。ステータスは貧弱ですが長弓の扱いはなかなかのようですし、敵は強大。私ももう少し力を貸しますよ》
ありがたいことにやる気満々らしいサージを手に、レイレイは再び戦闘態勢に入る。
が、レイレイが動き出す前に、ハオの準備が終わろうとしていた。
「《星霊重召喚:双水瓶の砲杖》」
聞く分にはカタカナの羅列でしかない言葉からは全くわからないが、響きからして恐らくサージを召喚した召喚魔法の派生系。
現れたのは一本の鉄杖と二つの巨大な砲門。
杖の方は巨大なサファイアのような宝石があしらわれている以外は比較的シンプルな意匠だったが、砲門はもはやそれその物がこのゼロノアの外壁に載るサイズではなく、全長で20メートルはあろうかというド級の代物。
ただ、何かしらのアイテム効果なのか空に浮いているため、移動や照準の合わせはそれほど難しくもないのかもしれない。
《あれぇ……ハオちゃぁん?》
「久しいな、ストリア。調子はどうだ」
《うぅぅん……なんだか、ぽっちゃりだねぇ》
「ああ、今回はメリルを重ねて召喚したからな」
《メリィかぁ……ヤダなぁ……あの子はさぁぁダイエットしてよぅ》
ストリア、それがおそらくこの杖と砲門の名前。
聞こえてくる声は非常に緩い。緩すぎるという程に。
幸いにも口調に応じた弱々しい幼女のような声音だ。これが男声だったりしたらなかなか聞き苦しかったかもしれない。
《わあ! 重召喚まで使うなんて! わかりますかレイレイ、久々に大物ってことですよ》
「いや、そんな興奮されてもアンタが説明してくれなきゃわからないのよ……」
そうは言いつつも考察する材料はそれなりにある。
(またアルカステラ。やっぱり武器の召喚魔法で合ってそう。改めて考えるとサジタリウスは射手座、ステラは星だから……それだけで追うなら星座モチーフの武器召喚ってとこかしら。そうなると気になるのは全天88星座か黄道十二星座かってトコだけど)
聞き取れた単語を組み立てながら、レイレイはハオの能力を推測していく。
(まあ88個も武器があっても使いこなせなさそうだし、十二星座ってことにしましょう。そうなるとちょっとはサージの言うこともわかるのよ。ジェミナリアス、響きからして恐らく双子座と水瓶座の複合ワード。それでどちらかがストリアでどちらかがメリル。つまり合体召喚とか、同時召喚とか、そういうのがサージの言う《ミド》とやらなんでしょう)
いわゆる星座占いの星座をモチーフとした12の武器召喚魔法、それが『アルカステラ』と言ったところか。
そのうちのひと振り、轟雷弓と名乗るサージは射手の思い描いた射線に落雷を通す雷速の弓。
代償、あるいは持ち手に求められるステータスは膨大らしいものの、撃つだけなら誰でもできてしまう意思ある弓だ。
実はレイレイはサージのステータスを覗こうとしたものの、レジストされている。
つまるところ、それほどの武器。仮にもレベル100を超えているレイレイが性能を知ることすら許されないレベルのアイテムを、当たり前のように貸し出したということだ。
(それが12種類。これでも帝国最強ではないって言うんだから、途方もない話なのよ)
実際に使ったからこそ思う。
先程平原の方から眺めていた時に感じた、遠距離攻撃部隊とハオのパワーバランスは彼に傾いてるなんてものではない。
(この戦線そのものが彼抜きでは成り立たない、そういうレベルの戦力ね)
「レイレイ、起きて早々で悪いがもう一度力を借りるぞ。ストリアはサージと違ってとてもノロマな子で、標がないと威力を発揮できなくてなぁ。そのための試射で少々事故があったようだが、やる気は尽きてないだろう?」
「そのつもりだけど……説明もなしにコレを撃たせたことは後で文句のひとつも言わせてもらうわよ」
「わはははは、そいつはいいな。酌でもしながら聞かせて欲しいものだ」
おっさんみたいなこと言いやがって、なんてことを考えてから、そういやおっさんどころかおじいさんくらいの高齢なんだということを思い出す。
「ストリア、砲撃だ。いつも通りサージをなぞれ」
《はぁぁい》
《はぁ、ストリアは相変わらず呑気な子ですね。こっちのやる気が削がれます》
「私はアンタのテンションの乱高下っぷりが怖いんだけど……」
丁寧語なところだけで騙されかけていたが、どうもこのサージという武器、思いのほかめちゃくちゃ感情的な武器かもしれない。
普段世話を任せているのがどちらかと言うとストリア寄りののほほん系であるまくらなのもあって、レイレイとしてはああいうのも居るかくらいの感覚なのだが。
「……レイさんそっくり」
「はぁ!?」
「こらこら、じゃれてないで集中せんか」
「チッ、後で覚えてなさいよまくら」
そういうところなんだけどなぁと思いつつ、まくらはそっとレイレイの耳元へ手を添えた。落雷の轟音からレイレイの耳を守る役を与えられているからだ。
心臓の再探知。じわりじわりとその位置を変え続けるメタ・サラマンドラの心臓だが、逆に言えばそう大きくは場所を変えないということでもある。
介抱しつつ使われていたのであろうポーションと回復魔法の効果で9割ほどまで回復しつつあったHPを再び半分削り、雷を再充填しながらその正確な位置を突き止める。
「いくわよ……!」
雷撃一閃。二度目の落雷は先ほどのように三箇所を同時に狙うのではなく、先程効果があったという足側の拍動を狙って一直線に放った。
先程の三発の雷撃は想像の通りに頭部、身体の中心、そして右足に命中していた。にも関わらず効果があった……少なくとも心臓らしき部位が露出したのは足だけだったと言う。
理由はいくつも考えられるが、頭部と身体の中心はどんな生物でも弱点足りうる部分だ。単純に装甲が分厚い可能性は高い。
ならばまずは先程も有効だったという足元を集中して狙う。矢に払ったコストは同じ以上、三方に分裂させた雷を一箇所に収束させれば相応に威力が高くなるはずだ。
その予想は正しく、巨大な落雷がメタ・サラマンドラ本体の右足上部へと命中し、明らかに色の違うマグマが露出する。
具体的にその辺に何が露出したのかはレイレイの目では見えなかったが、どうやらまくらの目には見えているようで、耳を塞いでくれている手に少し力が入るのがわかった。
「ストリア」
《はぁい。……めいるしゅとろ〜む〜》
ふんわりとした掛け声と共に、一対の砲門から青い極光が溢れ出る。
サージの攻撃は確かに派手ではあったが、どちらかと言うとコトが起こった後に雷の音で注目を集めていた。
しかしストリアの放つ威光はこの場にいる遠距離攻撃部隊のほとんどが思わず手を止めて振り向くほどの莫大な光量。
しかしチャージは一瞬。
放たれたのは直径3メートルはあろうかという極太の水流……いや、それを水流と呼んでいいものかと首を捻りたくなるような超質量のレーザーだった。
ソレは先程のサージの射線を綺麗になぞるように飛んでいき、およそ3秒の間を開けてメタ・サラマンドラの露出した心臓に直撃した。
(サージより遅いだけで、あっちとの距離を考えると普通に音速くらいの速度は出てるわね)
おそらく見た目通りの水、あるいは流水属性を備えている。加えてその規模感は今のところレイレイの知る属性魔法では見たことの無いレベル。
そして、その直撃の効果は絶大だったようで、メタ・サラマンドラのHPが目に見えて減少するのが見て取れた。
32本のHPゲージ、1本あたりの総量比は約3%強だが、その1本が約10秒で消滅するペースで削れている。
(秒間0.3パーセントくらい。だいたい5分当て続けたら倒せるペースなのよ)
もちろん、そうは問屋が卸さないだろうことはレイレイも理解している。
単純に見ても2つの問題があるのだ。
ひとつは攻撃の持続時間。
ストリアの水流レーザーは発動からずっと発射され続けている。つまり単発式ではなく持続型。
そういう魔法はレイレイが知る限りでもいくつか存在するが当然MPを持続的に消耗するわけであり、ストリアがこの攻撃を続けるにあたって何かしらのリソースをハオから奪っているのは間違いない。
いくらハオが歴戦の英雄という存在で、この理外の武器群を軽々召喚使役する者だとしても、メタ・サラマンドラの戦闘規模に対して一個人に出し続けられていい火力ではない。
本来レイドボスというのは「適正レベルのプレイヤーが必要数集まってなお攻略に時間がかかる大敵」であるはずだ。
加えてどうやらメタ・サラマンドラはその必要数の概念が完全に崩れ去った戦線級というレイド・ネームドボス。
かつて使徒討滅戦で見た波動の巨竜・アルスノヴァも、当時のトッププレイヤーたちが極めて稀な超高火力技でやっとゲージを半分から1本程度吹き飛ばせたのが限界であり、相当のタフネスを兼ね備えていた。
ハオがあのメタ・サラマンドラを遥かに上回る強者であるのならあるいは可能性もあるのだろうが……。
『……ォォォォォオオオオ』
約15秒ほどの水流放射を経て、初めてメタ・サラマンドラが悲鳴らしき声を上げ、HPゲージが一気に2本も弾け飛ぶ。
3秒の時間を経て届いた音からレイレイは事態を把握した。
「拍動がひとつ減ったわ」
「壊せはする、ということだな。さて、これで何が変わるか……」
極めて効果的に作用したストリアによるメイル・シュトロームなる水流レーザー。
約20秒の放射で心臓を破壊したことによる分も含めて4本、つまり8分の1ものHPを削りきった訳だが、いよいよ限界が来たらしい。
《もぉぉむりかもぉぉぉ》
そんな泣き言を漏らし、長らく続いていた水流の放射が止まった。
「よくやったストリア、しばらく休んでくれ」
《ハオちゃんおやすみぃ……》
案の定、ストリアは杖も砲門も綺麗さっぱりと消え去った。
ハオが消耗らしい消耗を見せていないことと、ストリア自身が疲れ果てたようなセリフを吐いていたところを見るに、持続時間自体がそう長くなかったのだろう。
「再召喚のクールタイムは?」
「今回は重ねたのでな、一週間と言ったところか。この戦闘ではもう使えんな」
「効果的ではあったけど、まだまだ全然足りな……」
警戒していたからこそ気づいた。
光は音より早く届く。
1キロ先のメタ・サラマンドラの行動は、目視の方が遥かに早く理解できてしまう。
「あ、れは」
メタ・サラマンドラが、数百メートルはあろうその体躯を四つん這いになるまでぐっと屈めているのが目に入る。
なにか来る。
そう思った瞬間には全身を覆うマグマが脈動し、天高く飛び散るのが見えた。
さながら能動的な噴火。
悍ましいマグマの豪雨だ。
これが、先程警戒していたもうひとつの懸念。
すなわち、メタ・サラマンドラからの反撃だった。
『メガトン……ヴォルケーノ』
今にも降り注いできそうな脅威にどうにか対処すべく全ての人間が動き出した頃、嘲笑うかのように地鳴りの如き声が木霊した。





