ゼロノア防衛戦線『轟雷』
「心臓が3つ、ねぇ……」
「……そうよ」
『ゴッドハンド』の称号を持つ最強の妖精・ハオは、つい先刻自分の元を訪れたこのレイレイとかいう少女から伝えられた情報を反芻する。
この情報の真偽をいちいち測る意味はない。
ハオは自身の経験から『核』が複数存在するモンスターのことは知っている。
例えば双頭の竜は脳が二つあるだろうし、巨大なスライムが12の核を自在に分離して操作していた例もある。
とはいえ、珍しいところといえば少なくとも目の前のメタ・サラマンドラは単一の個体であり、見て取れるほどの異形性はないことだろう。
「メルベルくぅん、キミはどう思うね?」
「事実なら、問題はアレが群体なのか単体なのかになるでしょうな。心臓という素材が単一の個体から複数ドロップした記録はないのですから」
「うん、敵の数を見誤るのは致命的な崩壊にすら繋がるからなぁ。それにしてもハクドウ……拍動か? メルベル、心臓って動くものなのか?」
「あ……っ」
ハオはここ数十年ほど自身の側仕えを務めるメルベルという老紳士のような男騎士へと話を振りつつ、自身の常識と異邦の旅人であるレイレイの発言の擦り合わせを行っていた。
(言葉選びをしくったのよ。この世界に拍動って概念は……この反応的になくはないんだろうけど、心臓に対するものじゃない)
WLOに生きる生物にも、臓器という概念はある。
ただ、それはドロップアイテムという間接的な方法で観測できるだけ。モンスターを狩ったら肉が落ちる、心臓と呼ばれる部位がドロップするといった形であって、アバターを切ったからと言って内臓がこぼれ落ちたりはしない。赤色の血のようなポリゴンが飛び散るだけだ。
そういう世界だ。そういう常識として成り立っている。
アバター上はそういう『急所』として判定され、素材上そのような名前でドロップするだけなのだ。
レイレイ自身、冷静な状態ならすぐに気づいただろう。
なぜなら彼女はこの世界に来てから一度だって生物から拍動を感じたことはない。
ただし、逆に言えば現実世界の彼女は常に他者の心音に晒されている。
リアルとゲームの境が揺らめく。それは余裕のなさの表れでもあり、同時に集中力が高まっていることの証左でもあった。
レイレイは焦り、ハオは顎に手を当てて考えていると、メルベルが何かを思い出したように口を開く。
「深淵に棲むコラプトハートを覚えておりますか? 拍動という言葉の語源はアレだとか」
「おー、つまりアレは体内にそういうのを飼っている可能性もあるわけかな」
過去に戦ったモンスターを例えに出され、ハオは素直に納得した。
《コラプトハート》はとある巨大モンスターの内部に住み着く共生型モンスターだ。
規則的に拡張と収縮を繰り返すことで共生元のモンスターにエネルギーを供給する役割を果たす、いわゆる外付けのエンジンのような役割を果たすモンスターだと言われている。
本体は雑魚だ。だが、コラプトハートを倒さないと共生元のモンスターが無限に近い再生能力を持つため、一撃で仕留める火力がない限りはコラプトハートを先に倒さねばならないというのが定説だった。
「となると……あまり呑気にしている場合ではないか。おーい、小娘」
「レイレイよ」
「じゃあレイレイ、拍動の根源は掴めているか?」
「ある程度、で良ければわかるのよ」
「得意な武器は?」
「長弓」
「ふむふむ、ならこれか」
ハオはそういうと指先に光を灯し、何らかの紋様を宙に描く。そしてその紋様が緩やかに空気に馴染んで消えた瞬間、鋭い声音でこう言った。
「《星霊召喚:射手座の轟雷》」
それはことわざではなく、文字通りの青天の霹靂。
落雷と共に晴れた空より落ちてきたのは、バチバチと音を立て残雷を纏うあまりにも豪奢な弓。
恐らく素体は純金製。それに加えて巨大な……トパーズを思わせる黄色の宝石が随所に散りばめられている。
現実世界では比較的脆く柔らかいため武器には向かない金属である純金も、この世界では極めて強力な武具の素材になるのだ。
「それを使え、レイレイ。使い方は持てばわかる」
「えっ、あ、うん。……コホン、まくら降ろして」
「……どうぞ」
その弓の美しさと存在感に見惚れてしまっていたせいで完全に素の反応をしてしまい、思わず赤面しつつもまくらの背から降りて弓に手を伸ばす。
(なんか、流されちゃってるけど……なんて綺麗な弓なの)
先ほどあまりにも素で反応してしまったことを反省して感想は心の中に留める。
そして、ひと呼吸おいてから宙に浮いたまま射手を待っている長弓に手を触れた。
《久しぶりに呼ばれたと思ったら、今度の持ち手はこんなに可愛らしいお嬢さん?》
「……っ!?」
声。耳からじゃない、内から響くような、不思議な声。
テレパシー、と呼ばれるような意思の疎通。それは常に音の濁流の中に生きているレイレイにとっては一際珍しく新鮮なもので、その違和感に思わず全身を硬直させた。
《そんなに驚かないで? それに、意思ある武器なんてそんなに珍しいものじゃ……ってあら、アナタまだレベル100ちょっとなんですね。全く、ハオも意地が悪いんですから》
「な……え……意思ある、武器?」
《ちょっとびっくりさせちゃいましたね。それではまずは自己紹介を。私は十二の星道の一人。轟雷弓のサージです》
「アルカ、ステラ?」
《そう時間もないようですし、今は色々呑み込みましょう? 説明は余裕があれば。さ、構えてください》
それは説明をする気がないヤツのセリフでしょ、なんてことを思いながらも口には出さず、黙って射撃の準備に入る。
矢筒から矢を取り出そうとすると、サージから待ったがかかった。
《私は普通の矢は放てません。ステータスが全然足りないので、今回はアナタの生命から無理やり削り出します》
「……まあいいわ、死なない程度にしてね」
《もちろん! あ、回復は忘れないでくださいね》
そのやり取りが終わった瞬間、急激にSPを失った時のような妙な倦怠感と共にHPが約50%吹き飛んだ。
代償として手の中に収まっていたのは、雷でできた矢のようなもの。不定形に瞬いてはいるが不思議な程にしっかりとした感覚があり、番えることはできそうだった。
《二発かぁ……まあ仕方ないですよねぇ》
「まくら、回復!」
「……あ、はい。ちょっとお待ちを」
ゴソゴソとポーチからポーションを探すまくらを尻目に、レイレイはとっとと意識を集中の湖に沈めた。
要はこの弓と矢を使って心臓の位置を撃ち抜けと言うことだろう。だがメタ・サラマンドラとの距離はまだ1キロはあり、それはライフルであっても長距離狙撃に分類されるような芸当だ。
とはいえ長弓もまた、単に届かせるだけならとてつもない射程を持った武器ではあるのだが……。
(意図はわかるのよ。持った感じで届く弓と矢であることも。下でタラタラと効くかもわからない遠距離攻撃を撃ってるよりは間違いなく楽しくもある)
わからないのはハオの狙いだ。
はっきり言ってレイレイは弱い。少なくともこのゼロノア防衛戦線の中ではもっと優れたアーチャーも、あるいは遥かに凌駕するような魔導師も存在する。
レベル100を超えて少々、程度ではサージに言われた通りまるでステータスは足りていない。この戦場での戦士としては下限に近いと言ってもいい。
いくら音響探知で心臓の位置がわかっているのがレイレイだとしても、別のアーチャーを立ててレイレイが場所を指し示すのでも問題は無いはずだ。
(あーあ、さっきから流されっぱなし。……でもいいわね、時間が無いって。無駄にガタガタ考えなくて済むし)
《どうぞ、思うままに。アナタの命から削り出したこの矢は、意のままに飛びますから》
弓に矢を番え、放つ。
たったそれだけの所作。
しかし、矢を番えた瞬間に弓全体に散らばる宝石へと矢の雷が充填され、途方もない輝きを放ち始める。
(チャージして威力をあげるタイプの弓。たまにあるけど、普通はSPかMPなのよ。これは矢自体からエネルギーをチャージしてる……?)
HPを削って作ったこの雷の矢ならば擬似的にHPをチャージしているとも言えるが、サージの言い回しからすると本来この矢を作るのに代償はいらなそうだ。
(もしかして単なる見た目だけのギミックで、チャージ効果はなかったりして)
なんてことを思いながら、弓の宝石へ雷がチャージされるのを待つ。
約5秒。バチチチチチッという放電音が鳴り響く中、それだけの時間を経て弓のチャージが完了した。
《さ〜、行きましょうっ!》
そんなサージの声に合わせて、そっと番えた矢から指を離す。
矢を番えてから放つまで、少しの待ち時間があった以外はとても単純な動作だった。
しかしそれは己の手で落雷を解き放つに等しい、膨大なエネルギーの放出となる。
さながら、横に迸る落雷。雷速の着弾。
音速など比にもならない。時に秒速にして200キロを超えるという、この戦場の誰の知覚でも捉えられないほどに迅く強い一矢。
メタ・サラマンドラの本体へと初めて着弾したその一射は三又に分かれ、サージの言う通りレイレイの思い描いた3つの心臓の在処を穿いた。
「がぁ……っ……!?」
「……レイさん!?」
それなりの、代償を伴って。





