ゼロノア防衛戦線『後方』
長いことお休みしていてすみません。
再開します。
あらすじ
第6の街・ゼロノアの周辺で黒狼を探していたら火山が大噴火してレイドボスが出現。
スクナは噴火の混乱に乗じて黒狼を見つけ、黒狼の住処へのワープポイント設置も兼ねて単騎で突撃。
残りの5人は15分のデスペナルティを受けつつもレイドバトルに参加を決める。
アーサーがひとり最前線に混じって戦う中、後方支援に配置されたレイレイとまくらは……。
「招集できた英雄級の冒険者は3名ですか……」
ダリウス・カルロ。
第4次・第5次のゼロノア防衛戦線にて多大なる活躍をした功績から、氷賢者と称されることになった壮年の大魔導師。
レベルの成長上限に達してからは冒険者を引退して街の内政に携わっており、主に防衛責任者としてゼロノアの軍備を担ってきた。
ダリウスは過去、メタ・サラマンドラとの戦いで家族を失っている。
いや、そういった被害者はダリウスに限らない。とりわけ第5次の防衛戦線はほぼ壊滅状態まで追い込まれており、ゼロノアは1000人を超える住民と二人の英雄の死者を出した。
この街の住人は常に火山の悪魔の脅威に晒されてきたのだ。
「ローテーションのタイミングが良かったから。下手をすればひとりも招集できない可能性もあった」
「ええ。それに加えて、帝国が派遣要請を受諾してくれたことは僥倖と言わざるを得ません。メルスティヴ帝国近衛騎士団のナンバースリー、今代の『ゴッドハンド』を」
メルスティヴ帝国・近衛騎士団。
それは騎士団とは名ばかりの、たった5人で構成された皇帝直属部隊を指す。
ナンバーワンとナンバーツー、すなわち団長と副団長は常時皇帝及び帝都の守護を行っているため、たとえゼロノアが存亡の危機に立たされたとしても城外に出陣することは叶わない。
故に派遣されるのはナンバースリー以下の団員のみ。
あらゆる承認を省いて現状派遣可能な最大の個人戦力をなんの対価もなく派遣してくれた。
それに加えて多くの支援物資も届いている。帝国としても事態を重く受け止め、可能な限りの支援をしてくれたと言えるだろう。
「……ねえ、アブソリュート・ゼロの起動承認、本当によかったの? 第5次、あれだけの被害が出た時、それでも温存されたのに」
「だからこそ、です。おかげで先代を恨んだこともありましたが……今日、やっとわかりました。あの大災を滅ぼすために、この魔法陣は存在し続けてきたのだと」
ゼロノアの秘奥。神代から受け継いだ魔神の遺産。
たった一度きりしか使えないその魔法陣を、ゼロノアの人々はこの街の成り立ちとともに守り続けてきた。
たとえ街が壊滅的な被害を受けようと、人々に死をもたらそうと、予言の日が来ることを信じて。
「まあ、ダリウスが納得してるならいいんだ。じゃあ、俺は行くよ」
「ええ、よろしくお願いします」
そう言って出ていった彼女もまた、今回招集に応じてくれた英雄のひとり。
ダリウスなど歯牙にもかけない程の実力を持った存在だ。
「さて、私も行きましょうか」
ダリウスもまたそっと自らの右の薬指に着けた指輪をそっと撫でてから、マスタールームを後にする。
彼の仕事は戦線の指揮ではなく、真理魔法の起動及び制御。
「今度こそ滅ぼす。魔神様……どうか、我らに勝利の灯火を」
祈る様なつぶやきは、誰の耳に届くこともなく消えた。
☆
「まくら! 次そっち!」
アーサーが最前線でサラマンドラたちと戦っている間、レイレイもまた自分の戦いを繰り広げていた。
遠距離攻撃部隊であるレイレイの役割は、主に二つ。
ひとつは当然、メタ・サラマンドラ及び延々とスポーンし続けるその他のサラマンドラたちへの攻撃。
そしてもうひとつが、暴走を起こした平原のモンスターの処理だ。
「……うぐ……レイ、さん!」
「ちゃんと避けるのよ! 《疾走連射》!」
まくらが大盾で無理やり受け止めた三体の《メタルバッファロー》に対して、レイレイは目にも止まらぬ六連射を放つ。
アーツ《疾走連射》。矢とSPとMPという三つの戦闘リソースを同時に消費するが、そのリソースの続く限り最大15連続で矢を放ち続けられる長弓スキルの最上位アーツ。連射の代償は累算される技後硬直だが、倒しきれるならほぼノーリスクだ。
(だいぶ減ったわね。ま、元々平原系のマップはポップが密じゃないし。暴走なんて言ってもたかが知れてるのよ)
ダンジョンや洞窟のマップに比べて、平原系のマップは比較的モンスターの数が少ないと言われている。マップが広く見晴らしがいいため、隠れ場所が少ないからだ。
とりわけゼロノアとドスオルカ活火山を結ぶ平原地帯はその傾向が強い。過去に幾度となく繰り返された大噴火、そしてメタ・サラマンドラの進行に伴うマグマ流による整地が行われてしまったことで、このマップは他のマップと比較しても驚くほど大地の凹凸がない平坦な地形をしているのだ。
加えて不定期に一掃されるためか木々もほとんど生えておらず、残るはひたすらに見通しのいい平原のマップ。
故にこのマップにはゴブリンのような奇襲を生業とするモンスターはおらず、残るのは背の低い草木に身を隠せる小動物系のモンスターやそれを捕食するために流れてきたウルフのような肉食獣、そして身ひとつで自己防衛ができる大型の草食獣モンスターくらいになるわけだ。
比較的倒しやすく、穏やかなモンスターたち。
それらの殲滅にかかる時間やリスクは思いのほか少なく、まくらのようなタンクがいればなおさらだ。
暴走はもう数分もかからずに一掃されるだろう。
故に、問題はその先にある。
(この雑魚処理が終われば、私たちの目標はメタ・サラマンドラの本体か、あるいはアイツから無限湧きしてるチビサラマンドラどもになる。どちらを相手取るにせよまだ目測で1キロ近くあるのよ)
メタ・サラマンドラの進行速度は今のところはノロマそのもので、到着の予測は最初にゼロノアの賢者とやらが告げたものとそう変わりはしない。
彼我の距離は1キロ近く。レイレイ達はマグマ流の上で戦う戦士たちと違いマグマの上を移動するアーティファクトは支給されていないため、基本的にはマグマとはある程度の距離を保っての戦いが望ましい。
ただ、レイレイの使用する長弓は極めて取り回しの悪い武器で、射撃しながら動き回るのはほぼ不可能。今こうして暴走の対処をするにも、まくらという壁を利用する必要があるほど鈍重だ。
(私にはマグマと程々に距離を取りながら下がりつつ攻撃、みたいな手は無理。ましてサラマンドラ・シャドウズの遠距離攻撃が私の硬直タイミングで飛んできでもしたら目も当てられないのよ)
冷静に。周囲の敵を疾走連射で吹き飛ばしながら、次の一手を考える。
遠距離攻撃部隊には、近接戦闘部隊のようなフォーメーションの指示もなければ攻撃タイミングの指示もない。
暴走の排除。そして各々が可能な範囲での援護射撃、または本体への攻撃。それだけだ。
何故か?
近接に比べ無数に別れる手段、変則的な攻撃範囲、そこに乗っかる緊急動員故の連携の練度不足。
理由はいくつか挙げられるが、全て些事。
(全ては『彼』がいるから……か)
目で見る余裕はないが、レイレイの聴覚は鮮明にその姿を捉えている。
ゼロノア、その外壁の上に佇むその存在を。
身の丈は目測で1メートル未満。
あどけなさすら残る容貌は現実世界ならば小学生未満のソレで、もはや幼いという表現の方が的確だろう。
しかしてその体躯に見合わぬ全長で4メートルはあろう双翼が、彼の存在感を際立たせる。
妖精族。その中でも特に異質な蝶のようなその姿は、かつての妖精王の先祖返りとも噂されているのだとか。
その名をハオ・ル・ライ。メルスティヴ帝国の誇る皇帝直属近衛騎士のナンバースリーにして、当代の『ゴッドハンド』と呼ばれる老兵。
すなわちそれは琥珀の持つ『パワーホルダー』に並び立つ、最高能力値保持者の一角を示す称号だ。
有するソレは「器用値」。
世界で最も器用である、ということがどう強さに繋がるのかはレイレイにはわからない。
基本的に火力は筋力や知力、あるいはそれに敏捷を掛け合わせて出すものだからだ。
(武器……それかスキルに、器用を攻撃に転じる何かがあるのかしら。レトロなRPGでは鉄板だし、あるうるところね)
近衛騎士団。それはつまるところ国の最重要機密戦力であり、本来はこんな人前に出て戦うような存在でもなければ知られていい存在でもない。
にも関わらずプレイヤーのレイレイですらハオのことを知っているのは、ハオがつい数十年前までその華々しい功績から軍の広告塔を務めていたために、武勇伝を記録した書物が数多く存在するからであり。
近衛騎士団に取り立てられてなお皇帝の守護者として、そしてメルスティヴ帝国の最大戦力のひとりとして矢面に立つ存在であるからだ。
要は人気者なのだ。だからプレイヤーでも知る機会は多い。
『半分くらいは減ったぞ〜。気張れよ若人たち〜』
先程も言った通り、ハオの陣取る位置は後衛組の中でも最後尾。ゼロノアの外壁から拡声器のようなアイテムを使って檄を飛ばしている。
もちろん応援以外に何もしていないという訳では無い。
時折彼のいる位置から光弾のようなものが放たれてマグマ地帯のモンスターを消し炭にしているのは見て取れる。レイレイの耳に届く声を聞く限りは、危機的状況を救う形で手を差し伸べているようだ。
具体的な攻撃手段はわからないが、魔法が得意な妖精族である以上はそれも魔法絡みの技術だろうか。
英雄と呼ばれるようなNPCは、どれもこれも特異な力を有している。レイレイがプレイ中に実際に目にしたのはハオを含めて4人だけだが、その全てが桁外れの強さを誇っていた。
ハオにしてもおそらくひとりでもこの暴走を一掃することはできるだろう。それをせずにレイレイ達にほとんど任せて後方支援に徹しているのは、温存のために違いない。
(わかることはひとつ。この戦いは彼を……いえ、英雄達をどれだけ守り通せるかの戦いになるのよ)
つい先日のスクナとメルティの戦いで、琥珀が見せた力。
わずか50年という極めて短期であれだけの力を手にした琥珀も異常だが、今背中を預けているハオは琥珀を遥かに上回る歴戦の古強者。
おそらく彼ひとりと、彼以外の全ての遠距離攻撃部隊を天秤に乗せても彼の方に傾く。それほどに飛び抜けた戦力。
「……レイさん、大丈夫ですか?」
「へーきなのよ。まくらこそ、敵が減ったからって油断しないで」
「……はい、大丈夫です。……あ、それと先輩ですが、既に黒狼と戦い始めたみたいですよ」
「そう、じゃあやっぱりスクナは戻って来ないってコト」
先程の掃射で余裕ができた際に、チラッとでも鳩コメを見たのだろう。
スクナが黒狼ロンドと戦い始めた、ということはこの戦線がよほど長引かない限りはスクナはそちらに釘付けになる。
倒すにせよ負けるにせよ、スクナのキャラビルドはとてつもなくしぶとい。戦闘スタイルも相まって、長期戦になるのは目に見えていた。
「……いてくれたら、ちょっと安心だったんですけど」
「ちょっと、ね。ま、否定はしないのよ」
実際のところ、スクナがここに居たとして何かが変わったのかと言われれば口を噤むしかない。
所詮レベル100ちょっとの近接職。これから戦う、推定レベルが少なくとも400を超えるらしいメタ・サラマンドラとの戦いで戦果を期待できる程の強さではない。
まくらもそれはわかっている。わかっていても口走ったのは、スクナという存在には近くで見ないとわからない絶大な存在感があるからだろう。
「ま、居ないものを嘆いたって始まらないのよ。だいたいね、目の前に安心感の塊みたいな女が立ってるのに失礼なんじゃない?」
「……くすっ。そうでしたね、レイさん。だから僕はレイさんと一緒にいるんですから」
まくらはそういうと、両手を前に差し出したレイレイの意を汲んでおんぶする。まだ戦闘の序盤だと言うのに、レイレイの消耗が想像以上に激しいことをまくらは見抜いていた。
そんなまくらの背で力を抜きながら、レイレイは真剣な声音で告げる。
「まくら、聞いて。メタ・サラマンドラの体内から3つの異なる音域の拍動が聴こえるわ。つまりアレは心臓にあたる器官が3つある。拍動をしてるってことは血管に当たる機能もある。一見するとマグマが収束してるような造形だけれど、あの中にはどうやらちゃんと実体があるのよ。マグマはあくまで鎧ってワケ」
「……もしかして、耳を澄ませてたんですか? この範囲で? 消耗が酷いのはそのせいですか」
「……心臓が、3つ。まるでタコみたいですね」
「へー、タコってそうなの?」
「……はい、僕も直接見たことは無いですけど。鰓心臓っていう、本体とは違う心臓があるらしいです。全身筋肉みたいな生物だから、きっとたくさんの酸素が必要なんだろうって」
「ふーん、まくらみたい。アンタも心臓が複数あったりして」
「……私のはでっかいだけです」
「ええ、知ってるのよ。……さ、おんぶついでにアソコまで連れてって。どう活かせるかはさておき、この情報は伝えておかないと」
筋量が異常に発達するまくらに対しては半ばブラックジョーク気味なレイレイの言葉だったが、まくらもすっかり慣れたもの。
お互い軽口として適当に流した後、レイレイが指さしたのは『ゴッドハンド』が戦闘を展開しているゼロノアの外壁上だった。
(こういうレイドバトル中の情報くらいはポンと伝える手段が欲しいわね)
一般的なMMOならチャットなりメッセージなり通話なりで容易く伝えられる情報が、この戦線内……と言うよりは初対面のNPC相手では機能しない。
なぜならフレンド間でのメールやメッセージの送信機能はステータスカードの機能であって、リアルでフレンドコードを伝え合えるレイレイたちと違い、一度も話したことのないNPCとはその回線を通じさせる手段がないからだ。
(私だけが焦っても何も変わらないのよ。落ち着いて、耳を澄ませて。)
『ゴッドハンド』の元へノッシノッシと鈍重に走るまくらの背中で、レイレイはそっと目を閉じて耳を澄ませた。
メタ・サラマンドラは確実に近づいてきている。近くなればなるほどより精度の高い「聞き分け」ができるはずだ。
どの心臓が核なのか。あるいはどの心臓も核なのか。
メタ・サラマンドラの体内構造を脳内に思い浮かべながら、レイレイは静かに音の解析を始めるのだった。





