第9話 ミートパイと大食い女王の涙
異世界で忙しく働いていたわたし。休みなく働いていたけれど、ジェマおばさんがこんな提案を出した。
「明日はお休みしましょう」
「え、なんで?」
明日は商店街の近くの公園でイベントもあり、かきいれどきのはずだったが。
「小麦粉の一部がとどかないのよ」
「ジェマおばさん、本当?」
カフェの看板メニューはシフォンケーキだ。コーヒーゼリーやチョコミントパフェなんかも人気だったが、売り上げの女王として君臨中。
「それに養鶏場でもなんか病気が流行っているみたいで、卵も少ないのよねぇ。うちみたいなカフェが仕入れるより病院や学校に譲った方がいい気がするし」
色々理由を並べているジェマおばさんだったが、どうやら明日は休みたいらしい。もっと言えば明日の公園でのイベントに参加したいのだと。
「ねえ、休みましょう?」
根っからの自由人のジェマおばさん。急に旅行に出て強制的にワンオペするハメになった過去もある。それを思えば明日一日ぐらいお休みでもいいか。わたしも昭和ど根性女らしく働きすぎた。異世界でもワークライフバランスだ。働き方改革は必要なはず。
「わかったわよ。明日はお休み!」
笑顔でそう言い、明日はお休みになった。
「ふふふ、明日のイベント楽しみだわぁ。そうね、シフォンケーキだってお休みが必要だから」
カフェ厨房で余ったシフォンケーキを食べながら、ジェマおばさんは変なことを言っていた。
「シフォンケーキ作りで寝かせる工程あったっけ? クッキーとかパンはあった気がするけど?」
「やだ、アリサ。ものの例えよ!」
なぜかジェマおばさんは大笑い。そして翌日、わたしもジェマおばさんのお休みを満喫することになった。
近所の公園ではイベントが開かれ、フリーマーケットや屋台も出店し、近隣住人がおしかけ賑やかだ。
空もよく晴れ、特設ステージでは学園の生徒たちの歌やダンスも披露されていた。アグネスもセンターで踊り、ノリノリだ。
「ジェマおばさん、ポップコーンでも食べない? 屋台のいい匂いがする!」
「お肉もいいわねぇ! 炭の匂いが最高じゃないの!」
わたしとジェマおばさんは屋台を食べ歩き、お休みを満喫していた。
「カフェでも屋台出せないかな?」
「やってもいいけど、片手で食べられるメニューがなうとね。アリサ、なんかいいアイデアある?」
「そうね。どうぶつクッキーやラスクは地味よねぇ。片手で食べられてお腹いっぱいになるのは……」
クレープを思いついたが、あの焼く技術は難しそうだ。カフェで製造でき、屋台で温めて出すだけの軽食は何かないかと考えた時だ。
ルイスを見つけた。今日は警備の仕事中らしい。交通整理や迷子をあやしたり、相変わらず忙しそう。
「ルイスはいやに働きものねぇ。ちょっとは休めばいいのに」
ジェマおばさんはそんなルイスに呆れていた。
「まあ、ルイスは真面目なんだよ。それがルイスのいいところでもある」
「何〜? アリサ、妙にルイスを買ってるじゃない? もしかしてルイスのファンにでもなった?」
ジェマおばさん、ゲスい目で冷やかしてきた。
「もうジェマおばさん、変な想像はよしてよ。あ、ステージの方見て。大食い大会スタートだって」
わたしは話題を変えようとしてステージの方を見る。後数分後から大食い大会が始まるらしい。すでにステージにはたくさんの観客が押し寄せ、よく見えない。
「なになに? 大食い大会? 面白いわ」
ジェマおばさんはそこに興味津々。ステージはよく見えないとはいえ、大食い大会を見ることに。
人ごみを縫うように歩き、どうにか少しステージを見られる場に移動すると、ちょうど大食い大会が始まっていた。
「ジェマおばさん、マリーやアグネスも参加してるわ」
「マジで!?」
ジェマおばさんは目を丸くすると、ステージめがけて声援を送っていたが。
よりによって今日の大食い大会のメニューはミートパイだった。パサパサなパイ生地は口の水分を奪い、中見のしミートシチューも濃厚だ。これを水なしで食べていくのはかなり辛そう。ステージ上のアグネスやマリーもすでに顔が真っ赤だ。他の参加者たちも地獄絵図のようだ。
ジェマおばさんは大喜びで見ていた。他の観客も同様だ。一種の見せ物かもしれない。コンプラやポリコレとか言われている元の世界では絶対見られないような大食いコンテストだった。
「ジェマおばさん、見ていられないよ。ちょっと趣味が悪くない!?」
「でもアリサ、見てよ。やっぱり大食い女王のセシリーは涼しい顔で食べているわ。いえ、食い尽くしているわよ!」
確かにステージ中央には一人だけ涼しい顔でミートパイを食べている参加者がいた。ジェマおばさんによると連日大食い大会で優勝している人らしい。大食い女王と呼ばれているとか。見た目は普通の主婦って感じなのに、これだけの食べっぷりは確かにすごいが、嫌な予感もした。
確か元いた世界でも大食い大会で事故がよく起きていた。しかもミートパイでこんな大会をやっていえうなんて、本当に安全?
その悪い予感は当たってしまった。涼しい顔で食べていたセシリーだったが、急に苦しみはじめ、その場で倒れてしまう。
「誰か! 毒が!」
セシリーはそう叫び、胸を掻きむしる。会場は騒然とし、大食い大会はあっという間に中断された。
ステージの上はさっそく騎士団が取り調べを始めてうた。ミートパイを押収したり、参加者やミートパイの業者に取り調べをしていたが、野次馬も絶えず、ちっとも調査が進んでいない。
「ジェマおばさん、これって毒? 毒入りだったら、誰か意図的にセシリーを狙ったのかしら?」
「さあ。あ、アグネスがいるわ! アグネスになんか聞いてみようよ!」
気になったわたしたちは騎士団など無視し、勝手にアグネスから話を聞くことにした。
「いや、もうミートパイの大食い競争なんて無理だよ! 口に中パサつくし、中身も案外甘いし、歯が痛い!」
確かにアグネスの顔色は最悪だった。
マリーにも事情を聞いたが、同じように具合が悪そうだった。
「もう大食い大会なんて無理! こんなのやってたら絶対病気になる! 優勝? そんなのどうでもいいからって思う!」
悲鳴みたいに叫ぶマリーを見ていたら、思った。例え毒入りだとしても、ライバルを潰すためにセシリーを狙った可能性は低いだろうってことだ。そもそも優勝しても賞金も出ない。ミートパイ一年分というあまり嬉しくないプレゼントがあるだけだ。
「どう思う? ジェマおばさん?」
それはジェマおばさんも同じ意見だった。
「だとしたら誰が毒なんてミートパイに入れたの?」
わからない。動機が不明だから、何も思いつかなかったが、ジェマおばさんは大胆だった。騎士団が野次馬の警備に追われている間、勝手にステージ裏に入りこんだ。
「ちょ、ジェマおばさん!」
あまりにも大胆なジェマおばさんを止めとうかと思ったが、ステージ裏には手付かずのミートパイがワゴンに積まれていた。
楕円形で片手で持つとずっしりと重い。パサパサとしたパイ生地からは濃厚な肉の匂いも漂い、一個でも食べきれないぐらいだ。
「ってジェマおばさん、勝手にミートパイ食べていいの!?」
「いいの、いいの。しかし、別に何の毒も入っていないわねぇ。単にお腹痛くなったか、詰め込みすぎたんじゃ?」
「え?」
ジェマおばさんがあまりにも呑気だったので、わたしも試しにミートパイを食べてみたが、確かに普通のミートパイだった。匂いも味も変わらず、普通に美味しい。
「うん、美味しい」
「でしょ、アリサ」
「っていうか何かコリっとするね。シチューの中にナッツ系が隠れて入ってる?」
その時だった。誰かやってきた。白衣姿の男だ。ミートパイの業者!?
「な、おばさんたち! なにやってるんだ!」
その男の動揺の仕方はあやしい。しかも逃げてる!
「待てー!」
だとしたら追うしかない! わたしとジェマおばさんは全速力で追う!
ジェマおばさんと二人で男を追い続けた。男は運動不足なのか、たいして脚が速くない。おかげで人気がない公園の隅まで追い詰めどうにか捕まえられた。すぐにルイスにも男を連れていったが、晴れて一件落着?
「それにしても、あの男は誰?」
「さあ。でもアリサ、いい休日だったわ。全く退屈しなかった」
「え、そう?」
「ええ。やっぱり休日はこうでなくちゃ!」
その後、わたしとジェマおばさんは小型のミートパイを開発し、食べ歩き用に販売した。これがあの毒入りミートパイじゃないかと町の野次馬に大ウケしてしまい、人気メニューになってしまった。
一方、ルイスたちが事件を調査し、あの男が正式に逮捕されたという。犯人はミートパイ業者の男で、セシリーの弟だったという。
毒は入れていなかった。セシリーはナッツアレルギーだったので、中見にナッツを加えていたらしい。セシリーが苦しんだのもアレルギー反応だった。元々セシリーと犯人は折り合いが悪く、遺産でも揉めていた。それが動機だった。
ちなみにセシリーはあの後、速やかに治療を受け、回復していた。今日はカフェに来店してくれた。見た目は元気そうだったが。
「しばらく大食い大会出場は休もうかと思うわ。夫にもさすがにもう辞めてくれって言われたし」
セシリーは注文したコーヒーゼリーを食べながら、もう好きなことができないと泣いていた。悔しそうだけど、ホッともしていた。安堵の涙かもしれない。
「そうですよ。セシリーもジェマおばさんもアリサももうしばらく大人しく休んでいてくださいね!」
ルイスも呆れながらカフェにやってきた。今回のことでわたしたちの無鉄砲っぷりに相当呆れているらしい。とはいえ、ルイスはあのミートパイを注文していた。毒入りかもしれないと野次馬を騒がせているミートパイを。言葉と本心は違うのかもしれない。




