第10話 サンドイッチボックスと見えない協力者
異世界生活といってもわたしは剣や魔法に無縁だし、カフェ店長として呑気に過ごせばいいと思っていた。
「ジェマおばさん、平和ねぇ」
「そうね、アリサ」
午後のお茶の時間も終わり、ほうっと一息していた。売れ残りのどうぶつクッキーを齧り、ジェマおばさんとダラダラと雑談。まったりと平和な風景だったが、その時。
「大変よ! ジェマ! アリサ!」
カフェに客が来たかと思ったら、町内会長だった。経営者でもある。やり手のマダムだ。こんな風に慌てているのは珍しい。
「町内会長、どうしたんです?」
アイスコーヒーを出しながらわたしは呑気。
「そうよ、どうしちゃったのよ」
ジェマおばさんも呑気だったが、町内会長は血相を変えていた。
「新しい店ができるのよ! しかもパン屋! なんでも王都でも人気だった職人の店らしいわ!」
ここでようやくわたしたちは町内会長が慌てている理由を察した。新しくできるパン屋は町内にはないが、立地は学園からも遠くなく、大通りにも面しているとか。
「どうするのよ、ジェマ。ライバル店の出現よ!」
町内会長は慌てていたが、ジェマおばさんは腕を組み、全く顔色を変えない。むしろ堂々としたものだった。
「大丈夫よ。カフェとパン屋は違うものじゃない。そんな慌てても仕方ない」
あまりにもきものが座ったジェマおばさん。わたしも町内会長も冷静になってきた。
「まあ、そうね。慌てても仕方ない」
町内会長も冷静になって帰っていく。
「でもアリサ。どんな店か気になるじゃない? オープンしたら偵察に行かない?」
「えー、そう?」
「面白い。ライバル店なんて燃えるじゃない?」
目をキラリとさせえるジェマおばさん。この人には何を言っても無駄そうだ。
結局、パン屋のオープン日、カフェを準備中にして偵察に行くことにした。
すでにパン屋の周辺は行列ができていた。外観はパン屋と思えないほど派手だ。ピンク色の壁にオレンジの屋根。それに店の前にはリスや猫、ウサギのオブジェも飾られていた。遊園地の一角にありそう。店名も奇妙で「メルヘンパン、すごい」というものだった。奇抜すぎる。
「目がチカチカするわ。こんな変な名前のパン屋何?」
ジェマおばさんはそう言って薄く笑いつつ行列に参戦。わたしの目もチカチカしそうだったが、確か元いた世界でも変な名前のパン屋がブームになっていた。しかしブームに乗っただけの店はすぐ潰れていたことも思い出す。
そして行列もすすみ、店へ。店の中は案外シンプル。売っているみのはバケットや食パン、ベーグルなど主食系に特化しているらしい。正直、パンの見た目は普通だったが、香ばしい匂いに負けた。それに店長のレオナルドという男の接客も良かったし、予算以上にパンを購入して帰ってきた。
そしてカフェの厨房で試食。食パンはふわふわ。ベーグルももちもち系だったが、味付けはかなり甘め。バケットは甘くなかったが、最後に食べたら物足りない感じだ。
「ジェマおばさん、どう思う?」
「ま、甘いわぇ」
ジェマおばさんは案外、この味を気に入ったらしい。
「ウチでパン類仕入れられないかしら。うちのオーブンでパン焼くよりいいんじゃない?」
「ちょ、ジェマおばさん呑気ねぇ。正直、この甘い系のパンだったら脅威だよ。うちのスイーツより人気出たら?」
「まあ、その時はその時よ。うふふ!」
ジェマおばさん、全く危機感ないらしい。結局、買ってきたパンを食い尽くしてしまったが。
「本当にそんな呑気でいいの?」
わたしは何か嫌な予感。その予感は的中してしまう。翌日から客が全然来ない。常連の町内会長やアグネス、マリーすら来ない。どうやら客はあのパン屋に流れてしまい、かなり話題になっているようだった。
「ジェマおばさん、どうするの? お客さん、全然来てないわよ」
わたしは特に汚れていないカフェのテーブルを拭きながらいう。
「大丈夫!」
「うーん、ジェマおばさんのその自信と余裕がどこから来ているのかわからない……」
ちょうどその時だった。客がきた。しかもルイスだ。騎士団の制服姿だったし、どうやら仕事の途中らしい。こんな時間に来るのは珍しい。わたしはすぐにルイスが注文したコーヒーを作り、持っていく。
「ジェマおばさん、アリサ。聞いたぞ。新しいパン屋ができて大変なんだってな」
ルイスは心配して来てくれたらしい。その優しさ、思わずキュンとしそうになったが、ジェマおばさんはニヤリと笑う。
「ルイス、頼んでいたあのパン屋のレオナルドの過去、調べてくれた?」
「資料持って来たぞ」
「え、何? 二人ともレオナルド店長のこと調べてたの?」
それは初耳だ。というかジェマおばさんも陰で動いていたのか。通りで余裕たっぷりだったわけか。
「資料によると、レオナルドは王都でパン屋をやっていたが、原産地の擬装や売れ残りの転売などをやっていたそうだ。それがバレてあっという間に閉店。それを何度か繰り返ているらしい。その度に店の外観や店名は派手になっていくが、まあ、今度も持たないだろう」
ルイスは資料を読み上げ、少しわらっていた。つまり、あのパン屋は別にライバルじゃないってことだろうか。
「なるほど。でも、パン自体はそう不味くないのに。なんかもったいない店長ねぇ」
ジェマおばさんは同情するぐらいだったが、ルイスの予想は当たってしまった。レオナルドの過去が町中で噂になり、客も減って行ったそうだ。奇抜な外観や店名もあっという間に飽きられ、カフェに客が戻って来た。
一方、わたしたちも新しくサンドイッチボックスを開発した。甘いパンに対抗し、野菜や卵の具材がたっぷり入ったサンドイッチのボックスだ。
これがルイスや歯医者などの働く男たちに受け、昼時にテイクアウトしていく客が増えた。今日も騎士団長がカフェでサンドイッチボックスを買っていた。
「やっぱり男は甘ったるいパンなんて食べないよ。サンドイッチがいいわ。片手で食べられるから仕事中も便利だし」
イケメンというよりイケオジ風の騎士団長。推定五十歳ぐらいだが、サンドイッチボックスはかなりお気に入りで笑顔で帰っていく。
「ジェマおばさん、サンドイッチボックス人気よ。でも、毎日パン焼くのも案外、時間も大変なのよね」
「そうねぇ。本当はシフォンケーキに集中したいのが本音なのよね」
カフェが終わり、今日の反省会を開くが、どうしてもサンドイッチのパンを焼く時間や手間が問題になってしまう。
「ジェマおばさんどうする? 明日もサンドイッチボックスの注文来てる。エルさんっていう人の注文だけど」
「しょうがないわー。明日早起きしてパンを焼くしかないでしょ?」
「うーん。そうだね。明日も早起きだね」
結局、明日も朝早くからパンを焼いていた。そして具材を作り、サンドイッチを作っていた。見た目は片手でパクッと食べられるサンドイッチだったが、製造は想像以上に手間だ。注文分のサンドイッチを作り終える時にはへとへと。
「ジェマおばさん、疲れた〜!」
「まだよ、アリサ! そのエルさんって家に配達まであるんだから!」
「ひぇー!」
思わず悲鳴がでるほどだったが、リュックにサンドイッチボックスを詰め、注文主のエルさんの家まで歩くことに。
その重さにもう疲労困憊状態だったが、おかしい。注文書の住所通りに歩いていたが、エルさんの家がない。
「ジェマおばさん、エルさんの家ある?」
「おかしいわね。ないわ!」
さすがのジェマおばさんもプンプンしてきたが、近隣住民に聞くと、エルさんって家はないという。
「つまり、これイタズラ?」
そのことに気づいたわたし顔面蒼白だ。苦労してサンドイッチを作った手間、時間、全部無駄ってこと!?
「何これ! どうするんの?」
昭和ど根性女のわたし。こうう陰湿なイタズラに顔が真っ赤になりそうだったが、ジェマおばさんは案外冷静だった。
「アリサ、このサンドイッチを配り歩いて手がかりを探すのよ!」
「そんなのできる!?」
とはいえ、サンドイッチは捨てられない。無料で配るには大損だが、パッケージには店のロゴも入ってる。広告宣伝費と思えば安い?
そんな計算が働いたわたしたち。住宅街、公園などでサンドイッチを配り歩いた。
「頑張って!」
「応援している!」
住民たちから応援の声も貰い、涙が出そうだ。最悪な状況下でも全部が悪くない。
「あ、ホリー。このサンドイッチもらって?」
わたしはホームレスのホリーに声かけた。いつも町をふらふらし、他の飲食店のゴミも漁っているようなホームレスだったが、何か知っているかも?
「うん。ジェマおばさんもアリサもありがとう。うめぇな」
ホリーはサンドイッチをパクパク食べると、何か思い出したらしい。
「そういや、あの変なパン屋のレオナルドって店長。コソコソとカフェの方を見てたぜ。それにパン屋の人気が落ちたのもカフェのせいとか怒ってるの見たな。あいつが嫌がらせの犯人じゃ?」
ホリーの推理にわたしとジェマおばさん、顔を見合わせた。その可能性、かなりありそう!
「ホリーありがとう!」
わ残りのサンドイッチを全部ホリーに渡すと、わたしたちはレオナルドのパン屋へ走った。
「レオナルド、あんたが犯人ね!」
ジェマおばさんはビシッと指さす!
「そうよ! 食べ物を無駄にするなんて絶対に許さないわよ!
わたしも昭和ど根性女モードを出すと、レオナルドは項垂れていた。パン屋の経営がうまくいかず、やることなすこと大失敗。過去の噂もジェマおばさんやわたしが流したと決めつけ、逆恨みしていたらしい。
同情はできないが、事情は分かった。まあ、パン作りの才能と経営は別問題ってことか。
「そうだよ! もう経営とかマーケティングとか売れるように頑張るのしたくない!」
泣いているレオナルド、なんだか可哀想。ジェマおばさんももう全く怒っていなかった。
「だったらうちのカフェのパン、作ってくれない? 製造だけ依頼したいんだけど?」
ジェマおばさんは笑顔で提案していた。
結局、パン屋は潰れてしまったけれど、中のパン工房は稼働し、カフェやレストラン、カフェテリアへの製造専門となった。わたしたちもパン作りの手間が消え、カフェのスイーツ作りに専念できて、万々歳だ。レオナルドも目には見えない形になったが、パン作りに専念でき、今ではカフェの素晴らしい協力者となっている。
「アリサ。サンドイッチボックスを一つ」
昼時、ルイスがサンドイッチボックスを買いに来た。相変わらず仕事が忙しいらしい。
「片手で食べられるサンドイッチは美味しいよな」
「ありがとう。ルイスもお仕事頑張ってね!」
笑顔で言うと、ルイスは仕事に戻っていった。




