第11話 チーズケーキと騎士団長の憂鬱
異世界でも元いた世界でも中間管理職というのは胃が痛くなるものなのだろうか。
「ルイス、どうしたの?」
閉店間際、いつものようにカフェに来店したルイスだったが、明らかに顔が沈んでいた。コーヒーゼリーやシフォンケーキを前にしても、目がうつろ。
「そうよ、ルイス。一体どうしたのよ?」
ジェマおばさんの心配していた。
「まったく、また仕事? どうせ上司と部下の板挟みになって疲れてるんでしょ?」
ジェマおばさん、はっきり言う。図星なのだろう。ルイスは咳払いし、事情を語り始めた。
なんでも町にとある犯罪者が逃げに来ているらしい。ルイスの上司にあたる騎士団長は連日ピリピリ。かと言ってルイスの部下は捜査のやる気もなく、板挟みだという。
絵に描いたような中間管理職だ。わたしも元いた世界ではブラック企業にいたし、その胃が痛くなる感覚は理解できたが、ジェマおばさんは目がキラキラしている。これはその犯罪者が気になっている証拠だ!
「ルイス、その犯罪者って誰よ? なんならわたしたちが調査して捕まえよう!」
「ジェマおばさんの言う通り! わたしたち、カフェで情報網があるわけだし、犯人捕まえよ!」
「ちょ、ジェマおばさんもアリサも遊びじゃないんだぞ……」
とはいえ、ルイスは詳細を教えてくれた。王都で詐欺師だった女らしい。名前はコレットというらしいが、偽名を使っている。偽名だけではない。整形手術で顔を頻繁に変え、ついたあだ名は「七つの顔をもつ黒猫」らしい。
「なんで黒猫なの?」
単純に疑問だ。ジェマおばさんも首を捻っていた。
「コレットには黒猫の飼い猫がいたんだ。まあ、今は死んだようだが、猫と一緒にいるところをよく目撃されている」
「へえ、そんな理由なのね。でも偽名と整形で正体を隠していたら、捕まえられなくない?」
そのことはルイスも自覚していた。頭を抱え、捜査は行き詰まりだとこぼす。
「騎士団長もお怒りなんだよなぁ。甘いものでも食べてイライラを鎮めてほしいもんだ」
真面目なルイスが珍しくぼやいていた。やはりどこの世界でも中間管理職はきついのだろう。
「まあ、シフォンケーキでも食べて元気出して」
「アリサの言う通りよ! なんなら黒猫はわたしたちが捕まえるからね!」
わたしとジェマおばさんに励まされ、ルイスに笑顔が戻っていた。この調子なら板挟み中の中間管理職でも大丈夫かもしれないと思ったが、この町に詐欺師が逃げてきている。油断はできない。なんならジェマおばさんと二人で捕まえてもいいとも思っていた。
そして翌日。カフェをオープンし、常連客たちも黒猫の噂で持ちきりだった。
「ジェマおばさん、黒猫はどこのいるんだろうね?」
厨房でチョコミントパフェの飾り付けをしながらジェマおばさんに聞く。ミントのすっとした匂いが鼻をくすぐる。
「さあ。でもウチらでみつけよ!」
「そうねぇ。たまたま偶然、うちのカフェに来てくれたらいいわよね!」
そんな会話をしつつ、あっという間に昼時だ。昼時はテイクアウトのサンドイッチボックスがよく売れる。特に働く騎士団員に人気だが、今日は騎士団長が来店した。
「サンドイッチボックスをひとつ」
見た目はイケオジ風の騎士団長だったが、今日は不機そうだった。ルイスが言う通り、黒猫の調査にいきずまっているのだろう。ホットコーヒーでも飲んで休んで行ったらと提案すると、頷いてくれた。
それにしても呑気なカフェに騎士団長がいると、目立つ。ルイス以上に真面目そうだし、常連客の町内会長や歯医者さんがワイワイ笑っていると、居心地は悪そう。その上、メニューを睨みっこし、サンドイッチボックス以外食べるものが無いと嘆く。
「俺は甘いもんが苦手なんだよなぁ。男でも食べられるもんはないかね?」
騎士団長は町内会長が食べているチョコレートケーキを一瞥していた。
「そうですねぇ。だったらチーズケーキがオススメです! 甘さ控えめでコーヒーともよく合いますし、絶品ですよ!」
そんな営業トークをしていると、騎士団長の口元がゆりんでいた。一瞬だったが、好奇心が抑えきれない感じ。真面目そうな騎士団長の素顔が垣間見える。
しかし、騎士団長はすぐにバツが悪そうにし、結局、サンドイッチボックスとコーヒーしか頼んでいなかった。
「チーズケーキは?」
「いや、いい。騎士たるもの、そういった甘いものとかは……」
こんなわたしたちの会話を聞いていたジェマおばさんや町内会長、歯医者さんまで大笑いしていた。
「そんなチーズケーキごときを食べたってなんとも思わないよ。それにあなたの部下のルイスだってしょっちゅうここで甘いもん食べてるし」
ジェマおばさん、騎士団長の前でも堂々と言っていた。
「そんな気にしないで」
ジェマおばさん的には単純にいつも通りに励ましていただけだろうが、騎士団長は恥をかかされたと思ったらしい。
「そんな女が食べるような菓子は食べない!」
吠えるように言うとさっさとカフェから帰ってしまった。テイクアウト用のサンドイッチボックスはちゃっかり持ち帰っていたが、これにはジェマおばさんたち、大笑いしていた。
「騎士団長って見た目によらず、面白い人ね! そんなの気にしなくていいのに!」
「いや、ジェマおばさん、気にする人は気にするよ?」
元いた世界でもスイーツは女性のものという認識があった。今はそうでも無いが、十年ぐらい前は、男性向けを意識したシンプルパッケージのスイーツがコンビニで売られていたり、甘さ控えめのチーズケーキなんかも人気だ。
それに騎士団長、チーズケーキの話題をした時、ちょっと笑っていたし、本心では食べたかった?
そんなことを考えている時だ。旅行中の客がきた。マークという青年で、旅行といっても仕事でこの町に来ているという。スーツ姿で、カフェでもバリバリと仕事をこなしていた。毎日のようにカフェに来ているから、すっかり顔見知り。
「アリサさん。チーズケーキを一つ。あとコーヒーも。コーヒーはLサイズでお願い」
マークはよく気がきく。注文時もコーヒーのサイズをちゃんと指定する。大概の客は忘れているのに。仕事もよく出来そう。
「ところでジェマおばさんとかなんであんなに笑っているんですか?」
「実はねぇ……」
わたしはマークに騎士団長の一件を話す。
「俺はチーズケーキとか普通に食べれるよ」
「そうね。でも男とか女とか騎士団という立場を気にする人はいるから」
「アリサさん、優しいね」
「そうかなぁ。まあ、わたしは男でも女でもどうでもいいっていうか。わたしが元いた世界ではBL漫画っていう文化も人気だったし」
「え、なにそれ?」
なぜか急にマークは身を乗り出して聞いてきた。
「男性同士のロマンスね。あと宝塚とかも人気だったな。女性が男装して歌や演劇をしたり。あぁ、あと男装ヒロインの乙女ゲームも人気だったわぁ」
それを思い出してペラペラとオタクトークをしてしまった。そう、あの男装ヒロインの乙女ゲーム大好きだった。同じ乙女ゲームでもあの世界に行きたかった。あの世界だったらシナリオもキャラクターも全部覚えていたのに!
「あ、マークごめんね。こんな話、興味ないよね」
「いえ。アリサさん。好きなものを語っている時の君、とても可愛いよ」
「へ?」
「どうだろう? 俺と付き合ってみない?」
「へ?」
目が点になった。意味がわからない。モテキ到来!?
確かにマークはイケメンで好青年だったけれど、何で突然そんな話!?
「事件よ! アリサにモテキが来たわ!」
一部始終を見ていたジェマおばさんは大騒ぎ。そんな中でもマークは爽やかな笑顔で「この話、考えていて」と去っていく。
「事件よ!!!」
ジェマおばさんは大騒ぎし、翌日の昼になっても「アリサにモテキが!」と大声で言いふらしていた。
正直、とても困る。マークについてもよくわからないし、そもそもジェマおばさんが大騒ぎしている状況が恥だ。とてもじゃないが、マークと付き合うとか考えられない。
「アリサ、これはおかしいぞ。そんなよく知らない男が告白してくるなんて」
昼時、カフェに来店してきたルイス。なぜか不機嫌そうにアイスコーヒーをすすっていた。
「シフォンケーキ事件の時を思い出せ。何かアリサを陥れようとしているんじゃないか?」
「ルイス、ちょっと失礼では? マークがそんな犯罪者じゃな……」
最後まで言えなかった。過去、わたしにアプローチしてきた男が犯罪者だった事件がある。そのことを思い出すと頭が冷えてきた。なにかマークがわたしの口を塞ごうとしている?
「まさか! マークが黒猫だったら面白いわね! 黒猫は男装ているのよ、きっと!」
ジェマおばさん、今度はマークがあの詐欺師だと大騒ぎしていたが、その可能性ってある?
黒猫は女のはず。でも、わたしが男装乙女ゲームの話題の時に突然、そんな告白をしてきたし、ジェマおばさんの推理当たってる?
「そうだ、マークは黒猫だ」
ルイスまでジェマおばさんの推理に乗っていたが、そこに騎士団長が来店。ルイスとジェマおばさんの推理を聞き呆れていた。
「そんな黒猫が男装? 証拠は?」
最初はバカにしていた騎士団長だったが、例のシフォンケーキ事件のことを思い出すとあっさりとマーク=黒猫だと認めた。
「ちょ、みんな? わたしが非モテキャラだと決めつけていませんか!?」
わたしのツッコミはもう誰も聞いていない。他の常連客には帰ってもらい、マークが来店するのを待つこと二時間。
「お前が黒猫だな!!!」
のこのこと来店してきたマークを騎士団長が捕まえた!
特に根拠のない推理だった。最初マークは必死に否定していたが、ルイスもジェマおばさんも詰め、結局、マークは大暴れして逃げそうになったところ、かつらが脱げ、真っ黒な長髪が現れた。見事な黒髪だった。パールのように煌めき、ツヤツヤ。もしかしたら黒猫というあだ名はここからきたのかもしれない。
こうして詐欺師が捕まり、町の平和が戻った。騎士団長もご機嫌だ。もう周囲の目を気にせず、チーズケーキを味わっていた。
「ルイスもチーズケーキ食べようか。そして騎士道について熱く語ろうじゃないか」
「そ、そうですね、騎士団長……」
といってもルイスは騎士団長の長い話に付き合わされ、笑顔がない。中間管理職の辛さはしばらく続きそうだ。




