第12話 ドーナツの穴と恋の罠
異世界でも元いた世界でも同じものはある。時にドーナツは全く同じ。穴もあるし、種類も豊富だった。
「ジェマおばさん、今日はドーナツディーなの?」
「そうよ。バンバン揚げるわ!」
月に一回、ドーナツのセールの日がある。今日はその日だ。厨房でドーナツを揚げ、その匂いで新しいお客さんにも入ってもらおうという企みだ。ドーナツは比較的原価も安いし、お土産でもよく売れる。一番人気ではないが、安定した売り上げを運ぶエースといった存在。
「でも全部たまごドーナツというのも地味ねぇ」
「まあ、アリサ。なんてこと言うの? ドーナツは穴があるのが素晴らしいのよ」
「そう?」
「みて、この丸いフォルム。カリッと上がった表面。色、匂い……」
実際、目の前であがっていくドーナツの匂いは逆らえな何かがある。わたしはゴクリとつばを飲み込み、どうにかつまみ食いをするのを我慢。
「そてにしても黒猫の事件が話題の時にじゃんじゃん集客したいわ」
一方ジェマおばさんは、やる気いっぱいだ。例の黒猫の逮捕は町中話題になっていた。ジェマおばさんが逮捕したといい噂もあり、野次馬もよくカフェにきていた。そんな商機をジェマおばさんは逃したくないらしい。
「確かに。だったら、このドーナツもなんか味変える? チョコ味とか」
「そうねぇ。でもドーナツはシンプルなのが一番よ、アリサ」
「そっか。まあ、ドーナツにはドーナツの良さがあるね」
「特にうちは良質な卵を使っているからね。ミルクだって砂糖だって良いものよ。そんな小手先で味を変えても」
「しょっちゅう味変えていたら毎日のおやつにならないか」
「でしょ、アリサ」
そんなことを話しつつ、ドーナツをあげていく。確かに毎日のおやつだったら、この色も形も味も良いかもしれない。
そして今日はドーナツディーということもあり、いつもより多くのお客さんが来てくれた。中には黒猫の事件の野次馬もいたけれど、ドーナツは好評だったし、閉店間際にはほとんど売れきれ。
「え、アリサさん。ドーナツ売れきれなんですか?」
そこに客がきた。学園の女生徒だ。確か名前はクラリッサ。アグネスとも親しく、時々一緒に来ることもあったが、今日は珍しく一人だ。
これと言って特徴のない生徒だ。優等生でも劣等生でもなく、地味でも派手でもない。絵に描いたような「普通」の生徒だったが、カフェのドーナツが一番好きだと言ってくれていた。
「ごめんね。今日はいつも以上にお客さん多くて。もう最後の一個しかないけど」
「いえ、アリサさん。謝らないで。そのドーナツとアイスコーヒーを」
最後の一個のドーナツだったが、クラリッサは美味しそうに食べていた。ジェマおばさんもその表情を見て満足していた。
「あぁ、美味しかった。でも、やっぱり甘いものは太るかしら」
クラリッサは食べ終えた後、皿を見つめながらため息をついていた。
「そんなクラリッサは太っていないわ」
ジェマおばさんはすぐにフォローを入れたが。クラリッサはまたため息。これは何かある。わたしはもしかしたら恋愛中ではないかと察した。
「ええ。わたし、今片想い中なのよ」
そうため息をつくクラリッサは、あまり幸せそうじゃない。ドーナツを食べていた時と全然違う。
「あら、いいじゃないの。相手は誰よ?」
ジェマおばさんは首を突っ込む。相変わらずだ。そんなジェマおばさんの押しの強さに引きながらも、クラリッサはポツポツと話してくれた。
相手は学園に最近転校してきた男子らしい。しかも成績優秀、スポーツ万能。名前はブラッドというらしいが、人気者らしい。
「ブラッドは当然わたしみたいな普通の子は目に入らないでしょうね」
ジェマおばさんもわたしもどう反応していいかわからない。ブラッドはこの店にも何度か来てくれたが、ちょっと偉そうというか、人気者でプライド高そう。確かにツヤツヤの黒髪や真っ黒な目は魅力的だったが、余計なお世話ながらクラリッサには別の男性のが似合うような気もする。
「まあ、でもドーナツばっかり食べていたら、本当に太ってしまってブラッドに相手にされないかもなぁ。しばらくカフェに来るのはやめようかと」
「そんな、クラリッサ。今のままでも十分魅力的よ」
ジェマおばさんは優しく励ますが、特に効果はなく、本当に翌日からクラリッサは来なくなってしまった。それはクラリッサだけではなかった。他の学園の女子たちも甘いものは太ると噂が広まっているらしい。時にブラッドのおかげで女子たちの美容への関心が高くなってしまったようだった。
「どーすんの、ジェマおばさん。最近、あんまり学園の子が来ないわ。アグネスは毎日もようのチョコミントパフェを食べに来るけど」
「まったく、そのブラッドって男は嫌な男ね! 商売の敵よ!」
今日もドーナツをあげていたが、また女子たちが来てくれる気がしない。ついつい二人で愚痴りながら厨房での仕事をこなしていた。
「だったらジェマおばさん、このドーナツやっぱり少し工夫する? チョコ味出したりさ、女子にウケる見た目で」
「そうねぇ……。このさい、少し見た目を変えるのは仕方ないか……」
ジェマおばさんは納得いっていなかったが、チョコレートやいちごチョコ、チョコミント、ナッツ等で派手にしたドーナツは確かに見た目がよかった。元いた世界での「映える」ってやつだ。妹も派手なスイーツの写真を撮り、SNSにアップするのが趣味だったし、この作戦は上手くいくだろうと思っていた。
「なんか逆にドーナツの売り上げ、落ちてない?」
ある日の閉店間際、派手なドーナツが売れ残っているのに気づき、頭が痛くなってきた。
「やっぱりね。見た目だけ派手にしたってすぐに飽きられるのよ」
ジェマおばさんはこの結果に予想ついていたみたい。特にショックは受けず、いちごチョコのドーナツを齧っていた。
「うん、美味しい。シンプルに美味しいからこそ、派手な見た目が足引っ張ってる感じね」
ジェマおばさんの分析、全くその通り。さすが年の功といったところか。
それにルイスもやってきた。売れ残った派手なドーナツを眺めて「だろうな……」と頷いていた。
「確かに映えるが、男にはちょっと買いにくいな。どうせ新しいドーナツを出すなら見た目だけじゃなくて、食感とかサイズを変えるのは?」
ルイスのアドバイスももっともだ。カフェにはせっかく男性客が増えていたのに、戦略ミスした感じ。
「何事もシンプルが一番ってこと。例えば俺はアリサが派手な化粧や香水つけていたら嫌だし」
「え?」
なぜかそんな話題になるのだろうか。
「このカフェのエプロンにシャツとジーンズ姿でいいの?」
このカフェ店員スタイルが良いってことなのだろうか。
「いや……」
なぜかルイスは変な間を作り、答えない。もっと謎なのはジェマおばさんが大笑いしていたことだけど。
「ま、アリサ。シンプルが全てってことね。飾らなくて、ありのままでも受け止めている人がいるってこと」
「ジェマおばさん、それってどういうこと?」
「あぁ、もういいよ。とりあえず売れ残ったドーナツいくつか箱に詰めてくれ。騎士団のみんなの夜勤中、菓子にでもするから」
ルイスはそう言い、ドーナツを買って帰ってしまった。
「シンプルが全て……?」
ルイスが帰った後もその意味はよくわからなかった。そして翌日。
とりあえずドーナツを元に戻して売ってみたが、派手なものより売れ行きが良かった。
「やっぱりそういうことか……」
「ね、アリサ。ありのままで勝負してみましょうよ?」
「勝負って?」
「ルイスにアプローチするのよ! 昨日のあれはもうアリサへの告白よ!」
「え、告白?」
顔が熱い。昨日のあれはルイス的に告白だったのか!?
「いや、そんなジェマおばさん! 真面目なルイスが告白とかあり訳ないじゃない」
必死に否定するが、ジェマおばさんはニヤニヤ笑ていた。ちょうどその時。
「お前ら! 絶対許さない!」
なぜかカフェに人が押し寄せてきた。ブラッドだった。あの学園の人気者だったが、手にナイフを持って吠えているのはなぜ!?
他の客は逃げてしまい、ナイフをぶん回すブラッド。これは立てこもりってやつ!?
「な、ブラッド。ナイフを下ろして!」
突然の展開にわたしは叫ぶが、ブラッドの目は血走っていた。
「うるさい! よくも俺の姉さんを捕まえたな!」
「は? 姉さん?」
「もしかしてあんた、黒猫の弟?」
この中でジェマおばさん一人だけが冷静。っていうかこの状況でドーナツ食べながら笑ってるってどういうこと!?
「そうさ! お前らのせいで姉さんはせっかく整形して逃げていたのに捕まった! ゆるさない!」
「あはは、整形だけじゃなくて男装もしていたけど?」
「うるさい!」
ジェマおばさん、火に油を注いでいるじゃないか。こんな笑っているジェマおばさんを見ていたら、わたしも腹を括ろうじゃないか。
「いいか、ブラッド!」
わたしはブラッドに向き合い、真剣に説得することにした。そうわたしは昭和ど根性女だ。弟や妹への説教は慣れている。
「そんな報復したってお姉さんは帰って来ないわ! ちゃんと罪を償いなさいよ!」
「うるせー!」
「お姉さんもあんたがこんなことをして泣いてるわよ! わたしも悲しい! おぉ、弟よ! こんな人の道に外れることをして!」
「誰が弟だよ!」
わたしの昭和ど根性風の説教、ブラッドの心は動いていなかったけど、混乱してナイフを落としている! その隙にジェマおばさんがナイフを回収、近隣の通報を聞いたルイスも到着し、あっけなくブラッドが捕まっていた。
この結果に学園の女子たちも、怒り、嘆き、失望していたが、結局、カフェに戻ってきた。あれほど恋煩いすていたクラリッサも「失恋記念だー!」と言いながら、ドーナツをモリモリと食べていた。ドーナツを食べるクラリッサの姿はなんだかキラキラして見えた。確かにシンプルが全て?
「うん。やっぱりドーナツは穴があるだけでいいんだ。うまい」
ルイスもドーナツを美味しそうに食べていた。
「まあ、アリサ。犯人への説教はやめとけ。なんかズレてるし暑苦しかったと思う」
「ちょ、ルイス!」
そんな軽口も叩かれてしまい、ジェマおばさんが言ってた告白云々とか全部忘れてしまった。




