第13話 フルーツサンドと悩める告発者
元の世界にあって異世界にないスイーツはなんだろうか?
「ジェマおばさん、やっぱり日本の和菓子をここで再現するのは無理よ」
わたしはため息混じりに呟く。今日はカフェの営業が終わった後、今後の商戦について作戦会議中だった。ドーナツは元のシンプルな形に戻し、どうにか客も戻ってきたが、ジェマおばさんはもっと売り上げを高めたいという。
ということで、今日はカフェに残って新しいメニューも考えていた。特にわたしがもといた世界のスイーツを作れば成功するとジェマおばさんは鼻の穴を膨らませていた。確かにチョコミントパフェやコーヒーゼリーは成功したが、問題がある。
それはこの異世界、そんなにスイーツも食べ物も不味くないということ。このカフェのシフォンケーキも綿飴みたいにふわふわだし、他のケーキ類も美味しい。パンも普通にやわらかく、肉料理も美味しい。なので、元いた世界のスイーツが入り込める余地があるかどうか。
「わたしはその餡子とかみたらし団子ってスイーツが食べてみたいのよん!」
「ジェマおばさん、それは無理よ。餡子の材料になる小豆がないし、みたらし団子に使う醤油もこの世界にないもの」
「だったら作ればいいじゃない?」
「無茶言わないで。醤油は大豆から作られるけど、どうやって作られるかよくわからないのよね」
そう問題は一つじゃない。日本の和菓子をここで再現しようとしたら材料の壁がある。それにたとえ成功したとしても、日本の和菓子がここで受けるかどうかも未知数だった。
「他にないわけ? ここでも作れて、人気が出て美味しいやつ!」
「ジェマおばさん、無茶言わないでよぉ」
しかしもう一度よく考えよう。元いた世界にしかなく、ここでも再現できるスイーツは?
「あ! フルーツサンドがあったわ!」
「フルーツサンド?」
「サンドイッチの具材がスイーツバージョンって感じのものよ。クリームやチーズ、それにイチゴやバナナを挟んで作るスイーツ!」
「なのそれ、絶対美味しいやつ!」
ジェマおばさん、さっそく試作を作ると騒ぎ出した。まあ、フルーツサンドは比較的簡単だし、一緒に作って見ることにした。
「どれで、挟んだら包丁で真ん中を切って」
「えー、アリサ。これどんな形になるの?」
フルーツサンドの断面を見たジェマおばさん、目が丸くなっていた。
「これ、すっごいかわいい!」
「でしょう?」
「これだったらドーナツみたいに派手にする必要ないし、シンプルにかわいい! さすがアリサのアイディアね!」
ジェマおばさん、さっそくフルーツサンドを試食していたが、満面の笑み。
「まあ、生クリームとフルーツの組みあわせって胃にはそんなによくないらしいけどね」
「まあ、アリサ。水をさすようなことを言わないの。オッケー、フルーツサンドを新しいメニューにしましょう!」
こうしてフルーツサンドが新しいメニューの仲間入りをした。
最初はテストメニューとして限定発売だったが、評判はまずまずだ。何より断面が派手で目を引いたため、女性客に圧倒的な支持を受けた。
「いや、俺はその断面がどんなものか気になるな。フルーツサンドを一つ」
ルイスは少々、恥ずかしがってはいたがフルーツサンドを注文。
「これは確かに派手だな。でも、悪くない」
味も気に入ったらしい。これで中間管理職の意の痛みも癒やされるといいなと思いつつ、せっせとルイスにフルーツサンドを作り、カフェを盛り上げていた。
その後、フルーツサンドの売り上げも安定し、レギュラーメニューに仲間入り。その為、パンの数も必要になり、わたしはレオナルドのパン工房へ向かっていた。
レオナルドのパン屋は一時期ライバル関係にあったが、わけあって廃業。今はカフェや飲食店のおろし専門のパン工房として生まれ変わり、わたし達とも良い協力関係だった。パンの味もよく、値段も安い。こんな風に急に数が必要になっても笑顔で対応してくれる。
「レオナルド、本当? いつもより注文増やしても大丈夫?」
「大丈夫さ。ジェマおばさんとアリサの頼みだし」
「ありがとう、レオナルド」
レオナルドは笑顔で頷く。パン職人のキャリアもあり技術も高いレオナルドだったが、広告や集客、マーケティングは絶望的に下手。迷走していたところ、パン作りに集中できて幸せそうだ。パン工房からもいい匂いが漂い、わたしもつられて笑顔になってしまうが、その時。来客があった。
「レオナルド、助けてくれよ……!」
レオナルドと同年代の四十歳ぐらいの男だった。なぜか涙目でレオナルドに泣きついていた。どうやらレオナルドの友人らしい。名前はデレク。わたしとも一応自己紹介を交わしたが、深刻な悩みがあるらしい。
「何か困っていたら言って。協力できるかもしれないし」
わたしは貧乏一家出身で苦労してきたが、近所の人の助けもありどうにか生きてきた。デレクのことも心配になり、ついついお節介。
「そうだよ、デレク。なにがあったんか?」
レオナルドも同様に心配し、デレクは涙目になりながらも事情を語り始めた。
レオナルドは食肉加工の会社・ミートリアル社の社員らしい。わが町の北に面した隣町に本社と工場があり、地元では唯一にして一番大きな工場だった。売り上げもよく地域の根差した会社だったが、デレクによると産地偽装や賞味期限の擬装、それに腐った肉を着手して鮮度よく見せているらしい。
「そんな。いつか食中毒が起きるわ」
驚きと嫌悪感でいっぱいだ。元いた世界でも食品偽装は多かったが、異世界でもあるなんて。
「だから俺は保健所や新聞会社に告発したんだ。それでも取り合ってくれないし、会社の連中や地元民には裏切りものだって罵られ……」
デレクは言葉に詰まっていた。会社をクビになっただけでなく、近隣住民からの嫌がらせも絶えず、鬱病っぽくなってしまったらしい。
レオナルドは終始微妙な表情だ。彼もかつて似たようなことをしていた為、デレクを責められない。かといって助けるのも気が引けている感じだ。
「だったデレク、しばらくうちのカフェでバイトでもしない? 今、フルーツサンドが人気で、朝の仕込みとか手伝って欲しいのよ」
食品偽装についてはどう解決していいか不明だったが、人手は足りていないのも事実。それにジェマおばさんに事情を話せばわかって貰えるはず。
「アリサ、ありがとう!」
ということで、デレクをカフェで雇うことになった。ジェマおばさんも案の定、オッケーを出し、翌日からカフェで働てもらってる。
デレクはさすが食肉加工会社にいただけあり、包丁さばきが見事だった。フルーツサンドにつかうイチゴやバナナ、ベリー類も美しく切り、ジェマおばさんを喜ばせているぐらいだ。
「デレク、あんた包丁の扱いが上手いわ。そんな食肉加工会社にこだわらなくてもレストランやホテルで働けるわ」
「そうよ、ジェマおばさんの言う通りよ。王都の求人も見てみたらいいじゃない?」
「わぁ、ジェマおばさんもアリサもありがとうよ……」
励まされたデレクは涙をぼろぼろこぼしていた。嘘がつけない性格なのだろう。食品偽装についてもそうだ。確かにこのまま告発しないで、有耶無耶にするのが丸く治るかもしれないが、もし食中毒が出たら笑えない。昭和ど根性女のわたしとしても、やっぱりデレクの告発は間違っていないはず。
「ジェマおばさん、ルイスに相談しよう。食肉加工会社に騎士団に調査してもらおうよ」
「そうね! そんな間違っていることはわたしも許せんないわ!」
もはやデレク以上に食肉加工会社に怒りがあったわたし達。カフェにフルーツサンドを食べにきたルイスを捕まえ、事情を説明したが。
「あ、それはな……」
てっきり協力してくれると思ったが、給仕中のデレクをチラチラ見ながら、苦いため息をこぼしていた。
「そういう告発は色々情報きているんだがな……。なんせあの町のことは管轄外だし、あっちの騎士団長とうちの騎士団長も仲が悪く……」
「まったく、ルイスは典型的な中間管理職ね! 全然役立たない!」
「そんな無理言わないでくれよ、ジェマおばさん。まあ、パトロールなどの強化するぐらいしかできず……」
「だったら毎日早朝にパトロールやってよね!」
ジェマおばさんはお怒りだ。もっとも相変わらず板挟みになっているルイスの事情もわかる。わかるのだが、微妙だ。ちょうどいい言葉も出てこない。
とはいえ、デレクもカフェで常連客たちに好かれていき、あの食肉加工会社の件はあっという間に噂になり、わが町では不買運動まで起き、結局、デレクの告白も正しかったとされていた。保健所も立ち入り検査が入り、もう評判も売り上げも壊滅状態だった。デレクも王都で再就職が決まり、カフェを去っていった。
「ジェマおばさん、デレクがいなくなって寂しいわぁ」
「まあ、いいじゃない。食品偽装の問題が解決したんだから」
「そうだけど〜」
そしていつも通り、朝に仕込みをやっている時だった。足音ともにカフェに誰か入ってきた?
「このカフェ店長は誰だ! 許せねぇ!!!」
見たこともない男が一人いた。年齢は六十歳ぐらいだったが、怒りで顔が真っ赤だ。血管も切れそうだったが、ジェマおばさんは呑気そのもの。
「お客さん。まだ開店時間じゃないわよー」
「なんだよ、ババア! お前らのせいでうちの会社は保健所が入り壊滅的になったんだ!!!」
この男が誰かわかった!
おそらくあの食肉加工か会社の社長だ! 告発者のデレクを庇ったことを知り、報復に来た?
まあ、慣れてる。前にも強盗犯や詐欺師の弟がカフェに押し寄せ大変だった。二度あることは三度あるってことで、ジェマおばさんはまったく動揺もしていない。
「お客さん。まあ、落ち着いて。フルーツサンドでも食べない?」
「なんだとババア!」
「美味しいわよ、さあ、召し上がって!」
ジェマおばさんは笑顔だったが、男はさらに顔が真っ赤になり、殴りかかろうとしている?
いけない!
ジェマおばさんは守らないと!
とっさに身体が動いた時だ。視界が白黒に反転し、大きな物音が響いた時……。
ルイスがいた。颯爽と現れ、男を蹴飛ばすとすぐに逮捕していた。あっという間の出来事だった。
その後、例の食肉加工会社は社長が不法侵入と暴行未遂罪でも逮捕された。壊滅状態と化し、工場も閉鎖されたという。こうしてこの告発事件は解決し、町の平和も戻った。
「うん。フルーツサンドの断面は実に美しい」
ルイスもいつも通りにカフェでフルーツサンドを味わっていたが、何かおかしい。いつもよりルイスがカッコ良く見えてしまうから困る。
「ルイス、あんたってただの中間管理職じゃなかったのね! 意外と隠れイケメンだった? あの助けに来た時はちょっと騎士っぽかったわよ!」
ジェマおばさんがからかっている声が響く。なぜかわたしの頬も熱くなってくるから、悩ましい。




