第14話 チョコレートケーキとよく似た幽霊
異世界にもスイーツブームがあるのだろうか。元いた世界ではティラミス、ベルギーワッフル、白い鯛焼き、タピオカ、高級食パンのブームがあったけれど、長年続いたものは少なかった。さて、異世界のスイーツブームはどうなのだろう?
「ジェマおばさん、大変よ。チョコレートが入荷できないの。食品おろし業者に問い合わせてるんだけど、どこも在庫切れ!」
カフェの開店前、チョコレートが切れていることに気づき、急いでおろし業者に聞いて来たのだが、大変なことになっていた。
おろし業者のよると王都で空前のチョコレートケーキブームがあり、在庫切れが起きているという。大きな飲食店ならまだしも、町の小さなカフェのわたしたち。手も足も出ない状況だった。
「あらま、王都でチョコレートケーキブームなんてあるの?」
「ジェマおばさん、呑気すぎだよ。なんでも人気舞台役者がチョコレートケーキを推して、ファンから火がついたらしいのよ。どうするの? これだとうちもチョコレートケーキできない。チョコミントパフェもよ」
頭を抱えてしまう。元いた世界でも飲食店の原材料費の高騰や不作でダメージを受けていたが、異世界でも似たようなことがあるとは。しかもブームのせいで影響を受けるとか全く予想できなかった。
「しょうがないわよ、アリサ。小麦粉や砂糖、卵はある。コーヒーだってお茶だってミルクだってあるわ。ないものを嘆くよりあるもので頑張りましょ!」
「ジェマおばさん……」
「大丈夫よ。うちの看板メニューはシフォンケーキなんだから。チョコレートがなくてもなんとかなるわ」
「そ、そうね!」
こんな時でも笑顔で動じないジェマおばさん。慌ててたり、騒いだり、嘆くのもバカバカしいかもしれない。そうだ、今はあるものを大事にしよう。
そう言い聞かせて、しばらくチョコミントパフェやチョコレートケーキの販売は中止となってしまったが、わたしたちは冷静だった。確かにチョコミントパフェのファンのアグネスからは文句を言われた。チョコレートケーキも案外人気だったらしく、クレームももらったが、フルーツサンドの人気も安定して来たし、カフェへの影響は最低限に留まっていた。
「ジェマおばさん、アリサ。そう楽観的にもなれんぞ」
そんな時、ルイスが来店。最近お気に入りのフルーツサンドを齧りつつ、王都のチョコレートケーキブームの状況を教えてくれた。
「王都では連日、ケーキ屋やカフェに長蛇の列らしい。それにチョコレートケーキ専門店も乱立し始めてな。こっちの方にも支店を出す話があるらしい」
「ルイス、それ本当?」
また頭が痛くなってきた。ただでさえ、チョコレートを入荷できず負けている状況なのに、この町でも支店が来たら?
「ジェマおばさん、どうしよう?」
「まあ、アリサ。そうそう影響は受けないわよ」
「そうさ。ブームなんていつか飽きる日がくる。それよりブランド力や店の目玉が確立している方が最終的に強いぞ」
ジェマおばさんもルイスも静観といった感じ。わたしの不安もしぼんでいくが、その後、本当にチョコ専門店がこの町にやってきてしまった。連日大行列で人気だった。当然のようにカフェには閑古鳥が鳴いた挙句、このブームに乗ろうと地元の起業家達も次々とチョコレートケーキ屋をオープン。まさに乱立している状況だった。平和だった町もチョコレートの匂いが漂うほど。
「ジェマおばさん、本当にこれはピンチでは? カフェに閑古鳥が棲みついてしまってる!」
「まあまあ、アリサ。慌てない。ま、コーヒーでも飲みましょうよ」
「えー?」
ジェマおばさん、カフェにお客さんがいないことをいいことにコーヒーを淹れ、飲み始めた。
「うーん、美味しいわ。やっぱりうちのコーヒーは絶品ね。あ、シフォンケーキも食べたくなったわ」
「ジェマおばさん、本当に呑気ね……」
とはいえ、こうしてカフェの椅子に腰掛け、コーヒーを味あっていると落ち着くのも事実だった。ジェマおばさんが言う通り、うちのコーヒー最高じゃないか。コーヒーカップも町の職人さんに特別に作ってもらったものでデザインも素晴らしい。テーブルや椅子だってそうだ。壁にかかっている絵もそう。
「あぁ、そうか。うちのカフェには他に負けないものがいっぱいあるわね。確かに今はチョコレートケーキは出せないけれど……」
「でしょう? ようやく気づいたわね、アリサ」
「ええ」
深く頷く。それに元いた世界でもスイーツブームはそう長く続かなかった。一気にレッドオーシャン化し、共食いみたいな状況になる。
「まあ、あんまり気にしないことね」
そうジェマおばさんが頷き、わたしの心もすっかり軽くなった時だった。アグネスが来店した。珍しい。チョコミントパフェを出せない今、アグネスは絶対来ないと思っていたのに。
「やっぱりこのカフェがいいよ。別にチョコミントパフェ食べられなくてもジェマおばさんやアリサもいるし。それにシフォンケーキはいつもおいしいしね」
アグネスの励ましの言葉の目頭が熱くなってきた。
「アグネス、ありがとう! 大好きよ!」
「ちょっ、アリサ。熱くくるしいって。なんならちょっと冷える話をしてあげるわ」
「何、それ?」
こんな熱いムードをアグネスは嫌らしい。コーヒーゼリーを食べながら、学園の幽霊の噂を教えてくれた。
「シフォンケーキ事件の時にさ、殺されたローラているじゃん?」
その話にジェマおばさんも身を乗り出して聞いていた。元々ゴシップ好きのジェマおばさんだし、幽霊とか怖い話も嫌いじゃなさそう。
「ローラの幽霊が出るらしいわよ。殺された恨みを吐きながら学園を徘徊しているっていう噂!」
ヒヒヒと笑いながら幽霊話をするアグネス。全く怖くないが、少なからずローラの事件には関わった。もし本当に化けて出ているのなら、笑えない冗談だ。
「ジェマおばさんもアリサも閑古鳥ないて暇でしょ? ローラの幽霊の謎でも解いたら? じゃ、わたしは部活があるから帰るね」
こうしてバタバタと去っていくアグネスだったが、残されたジェマおばさんとわたしは顔を見合わせる。確かに今はアグネスとルイスぐらいしか客が来ないし暇だ。暇だとどうしてもチョコレートケーキブームについて考えてしまうし、ローラの幽霊話の調査でもした方がいい?
「その通りよ、アリサ。ローラの幽霊に調べましょ!」
「そうね! 今日焼いたシフォンケーキを小分けにして配りながら聞き込みでもしてみる?」
と言うことで軽いノリでローラの幽霊話を調べることになった。シフォンケーキも持っていく。カフェのドアには準備中のプレートを下げるとさっそく出かけた。
まずは商店街をぶらっと歩く。ここでもチョコレートケーキ屋が立ちならび、行列ができてる。チョコレートの濃厚な匂いが鼻につき、ジェマおばさんは顔を顰めているぐらいだった。
「アリサ、見てよ。町内会長賀チョコレートケーキ屋に並んでるわ!」
「本当だ。なんか裏切られた気分!」
常連客だった町内会長もチョコレートケーキ屋に並んでいると思うと、全く喜べないが、ジェマおばさんは笑顔で近づいた上、シフォンケーキまであげていた。これにはさすがの町内会長もバツが悪そう。
「っていうかジェマもアリサも何やってるの? カフェは?」
なんて言われらけど、ジェマおばさんは綺麗に無視していた。さらに町内会長にシフォンケーキを与えるとローラの幽霊騒ぎについて調査中だと言い、何か知っていないか聞いていた。
「そうねぇ。ローラか。ま、あの子についてはよく知らないけれど、友達のカーラって子は近所の子ね。その子だったら何か知ってるんでは?」
「カーラてどんな子?」
それが気になりわたしも町内会長に聞いてみた。
「なんかおとなしくて存在感がない子ね。あだ名は幽霊だった」
それを聞いてジェマおばさんとわたしは顔を見合わせた。幽霊?
「カーラって子が何か知ってるんでは?」
「ええ。ジェマおばさん、学園の方にも行ってみる?」
「OK!」
ついでなのでチョコレートケーキ屋で行列を作っている客にもシフォンケーキを配り、学園へ。用務員さんにシフォンケーキを渡し、侵入も成功した。
まずはカフェテリアに行き、ユウルを捕まえた。ユウルは元々は地地味ないじめられっ子だったが、今はいろいろあってイケメンに変身していた。今日もカフェテリアでコーヒーを飲む姿も様になっていた。事情を話すとユウルもローラの幽霊騒ぎの噂を知っているらしい。露骨に微妙な顔。これは何か事情も知っているだろう。
「さあ、ユウル。シフォンケーキあげるから話して」
ジェマおばさんの圧におされ、ユウルは幽霊騒ぎについて教えてくれた。
「実はちょっと前、当番で学園のパトロールをしていたんだが……」
その時、ローラとそっくりな人物を見たらしい。でも幽霊ではなかった。正体はカーラだった。
「なんでカーラ?」
わたしもジェマおばさんも身を乗り出すが、ユウルは答えない。実に言いにくそうだ。シフォンケーキを渡してもそう。これ以上問い詰めるのは不可能だろう。代わりにユウル経由でカーラをカフェに来てもらうように頼んだ。
そしてカフェにやってきたカーラ。確かに幽霊のように存在感がない。色も白く、目の色素も薄い。体型もポテトチップスのように薄い。それでもシフォンケーキを前のしたら目を輝かせ、口も軽くなってしまったらしい。
「実は……」
カーラがローラにずっと憧れを持っていた。服やメイクも真似し、少しでも追いつこうと頑張っていたらしい。
「でもローラが殺されてしまって……。急に目標が消えちゃった。どうしていいかわからなくて、よくローラの服やメイクを真似して学園を歩いてたの。でもユウルに一回見つかってしまって……」
幽霊話の真相はあっけないものだった。
「そうだったんかい」
ジェマおばさんの優しい声にカーラは泣きそうだ。
「でもダメね。わたし、いくら頑張ってもローラの代わりにはなれないみたい……」
「大丈夫。カーラにはカーラのいいところがある!」
「ジェマおばさんの言う通りよ。そんな悩まないで」
確かの存在感は薄いカーラだがシフォンケーキを食べている姿が上品だったし、声も可愛らしい。そうだ。この子にはこの子の良い部分が絶対ある。
「ありがとう、アリサ。ジェマおばさんも。このシフォンケーキ、美味しいわ……」
こうして幽霊話も無事に解決した。ちなみにチョコレートケーキブームも予想通り終息し、町からも姿を消した。チョコレートも無事に入荷できた。今日は久々にチョコレートを焼けた。久々ということもあり、チョコレートケーキはすぐに完売。
「うん、ここのチョコレートケーキもうまい。でも一番はやっぱりシフォンケーキか?」
ルイスは調子のいいことを言いながらチョコレートケーキを食べ、目尻を下げていた。




