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異世界カフェの裏メニュー  作者: 地野千塩


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第8話 苺のショートケーキと晴れの日の傘泥棒

 当然だが、異世界はわたしがもといた世界とは違う。異世界ではオーツ麦のクッキーが人気だったりする。日本ではお祝いのイメージがあるいちごのショートケーキも、普段のスイーツなんだそう。


「そうよ。この国ではお祝い事には大きなパイやベリーのケーキが一般的だわ。いちごのショートケーキは地味な印象ね」


 今日は客としてニーナが来ていた。隣の学園の生徒だが、眼鏡をかけ、髪もきっちりと結びいかにも優等生という雰囲気だ。実際成績も良かったが、運動は苦手。体育の授業中に怪我をし、しばらくカフェにはこなかったが、今は完治して久々に来店してくれたってわけ。


「そうなんだ。元いた世界では赤と白、紅白っていってお祝いのイメージ。それでいちごのショートケーキはなんとなく誕生日とかお祝いの日に食べるものだった」

「アリサ、本当なの? 文化のギャップね。こっちではそんなイメージないわ」


 ニーナは目を丸くしつつも、いちごのショートケーキを頬張っていた。確かに美味しそうに食べてはいたが、お祝いのケーキという雰囲気は感じられない。


「文化ギャップだね。見る人によっては世界が変わる。面白いもんだよ」


 いつのまにかジェマおばさんがやってきて、ケラケラ笑っていた。


「ジェマおばさん、苺のショートケーキをハレの日の定番スイーツにするって無理なの?」

「無理だね」

「無理ね」


 ジェマおばさんにもニーナにもばっさり切られれれしまった。なるほど、文化の壁は厚いようだ。


 とはいえ、今日もお客さんたちは笑顔でシフォンケーキやコーヒーゼリーを楽しんでいた。ニーナも怪我が治って元気そうだし、今のところ事件も起きていいない。いつも事件を持ってきるルイスも今日はお休みだと言っていたし。


「うん?」


 ルイスが休みだと思うと、何か違和感。そういえばすっかり常連客になっていたし、毎のように顔を見ていた。


「アリサ、どうしたの?」


 ジェマおばさんに心配された。これは考えても仕方ないことだ。わたしは気を取り直し、また給仕をし、会計し、掃除をしながらカフェの仕事を忙しくこなしていた。


 こうして翌日になった。朝から曇り空だったが、午後から急に雨が降ってきた。基本的に温厚な自然環境で過ごしやすい異世界だったけれど、今日は肌寒く、ホットコーヒーやホットココアがよく売れる。


 それに雨やどりがてら学園の生徒も来てしまい、行列ができる程だ。


 わたしもジェマおばさんもふる回転で仕事をこなし、どうにか満席のカフェを回していたけれど、こんな日は初めてだ。


 外から響く雨音を聞きながら、どうも違和感が拭えない。そもそもうちのカフェは庶民向けだ。商店街にある小さなカフェという位置付けだ。セレブが多い学園の生徒たちにはそう人気でもなかった。今は雨やどりがてらセレブ風のイケメンや令嬢も多く来店していたし、嬉しいけれど何か違和感。


 といってもジェマおばさんはこれを契機にセレブ風生徒たちのチョコミントパフェやどうぶつクッキーを売りこみ、評判は良かったのは救いだが、わたしはどうしても違和感が拭えず、少し客足が落ち着いてきたら、ユウルに事情を聞いてみた。


 ユウルはラスクの一件で親しくなった生徒だ。今日もラスクをサクサクと齧り、満面の笑み。わたしはその隙になんでこんな学園の生徒が来ているのか探ってみた。


「珍しいのよね。こんな学園の生徒が来るのは。誰かクチコミの宣伝でもしてくれた?」

「いえ、そうではなくて……」


 ユウルは少し言いにくそうだったが、事情を教えてくれた。なんと学園の置き傘が全部消えてしまい、行き場がなくなった生徒たちがカフェに向かったというだけの話だった。


 事情を聞いたらシンプルな理由だった。カフェが特別選ばれたわけではないのは微妙だったが、置き傘は全部消えてしまうって?


「そんな忽然と傘が消えたりするの?」


 素直な疑問を口にするが、ユウルは肩をすくめ、お手上げという雰囲気だった。


「さあ。魔法の仕業っていう噂も聞いたけど、傘なんて大量に盗んでもどうするの?」


 ユウルの指摘はもっともだったが、その時、アグネスも来店。


「アリサ、聞いてよ! わたしの置き傘、忽然と消えていたのよ。何これ?」


 アグネスは騒いでいた。とりあえず落ち着かせてカフェの席に座らせたが、どういうことだろう。学園の傘が突然消えるなんて。違和感しかない。


「まあ、そんな細かいことはどうでもいいじゃない? 今日の売り上げすごいわよ! 最高記録じゃない!」


 もっとも閉店後、ジェマおばさんはレジを確認しながら、大喜びだったけど。


「そうかなぁ。売り上げがいいのは悪くないけど、傘が突然消えるの、謎だわね」


 一方、わたしは傘が消えたことが気になって仕方がない。


 元いた世界でも置き傘を盗まれたことがあった。あの怒り、屈辱感を思い出すと、もやもやしてきた。わたしは昭和ど根性女だし、やっぱり曲がったことが嫌いみたい。


 翌日、大雨だった。本当にバケツの水をひっくり返したような大雨で、当然、客足は鈍い。昨日の繁盛が嘘みたいだったが、閉店間際、ルイスがやってきた。


「アリサ、ジェマおばさん、久しぶり」


 雨に少し濡れていたルイス。思わずイケメンがさらにイケメンになったと妙なことも考えてしまったが、ルイスはいつものようにホットコーヒーを頼み、苺のショートケーキも頼んでいた。


「おいしい」


 笑顔で食べているルイスを眺めながら、傘の謎を考える。やっぱり騎士団として治安維持のため動いているルイスは傘の謎も解ける?


「っていうことなんだけど、置き傘は誰が盗んだと思う?」

「確かに妙だな……」


 ルイスも一緒に考えてくれた。ジェマおばさんは早くも売り上げを数えながらため息をついていたけれど。


「確かここ数日はずっと晴れの日だった。その間に少しずつ傘を盗んでいけば、案外バレないかもしれない」

「た、確かに……」


 ルイスの推理が合っていたとしたら、犯人は何のため晴れの日に傘を盗んだのだろうか。雨の日だったらわかる。傘を使うためだが、晴れの日に傘って必要?


「まあ、もうアリサもルイスも妙なことばっかり考えなくていいし。てか、苺のケーキ余ってるから、ルイス食べてくれない?」


 ジェマおばさんは傘泥棒には全く興味がなく、余った苺のケーキを押し付けていた。意外にもルイスは完食する勢いで食べてる。


「苺のケーキは日常的なケーキだし、いくらでも食べられるな、案外」


 ルイスの目にはそう見えているらしい。わたしはどうしても苺のケーキはお祝いのイメージだけど、ルイスは食べ終えると満足して帰っていく。


 ルイスは自分の傘をちゃんと持っていた。なぜかルイスへの好感度が上がってしまったが、何か引っかかった。


 そうだ、元いた世界では傘の持ち方のマナーが悪い人がけっこういた。横にして持ち歩いたり、ぶんぶん回す人など。


 妹は小柄だったし、そんなマナーが悪い人の傘が目に当たりそうになったことは一度や二度じゃなかった。


 まさか、この傘の持ち方と傘泥棒に何か関係がある?


「ルイス、ちょっと待って。ジェマおばさんもちょっと聞いて」


 わたしは帰ろうとしているルイスを引き留め、ジェマおばさんにも推理を話す。


「たぶん傘泥棒の犯人はマナーの悪い傘の持ち方に怒った人よ。たぶん小柄な子。もしかしたら車椅子だったり、怪我をして不自由な目にあった子かもしれない」


 わたしがあんまりにも必死に話すものだから、ジェマおばさんもついにやる気になってきた。


「その可能性はあるわね。確かに学園の生徒たち、案外傘のマナーが悪い」


 ジェマおばさん、わたしの推理に頷く。ルイスも同様だった。


「確かに目に傘が当たっら危険だ。これは上に掛け合って、学園で傘のマナー講座などを開催してもいいかもしれない」


 おまけにルイスはそんな提案もしてくれて頼もしい。


 ということで、騎士団が全面協力のもと、傘のマナー講座が学園で開かれた。効果は高く、生徒たちはマナーよく傘を扱えるようになったらしい。また置き傘のルールも厳格にされ、三日以上放置している場合は学園の職員は廃棄するルールも生まれた。それに置き傘を盗んだ場合も罰金も設定されたという。新たに校則にルールが記載されたとルイスから連絡を受けた。


「で、アリサ。晴れの日の傘泥棒の犯人が誰だったの?」

「さあ。でももういい感じに解決したんだから、良いんじゃない?」


 閉店間際、そんな会話もする。確かにもう解決したから、傘泥棒の犯人は気になっていない。むしろ、これがきっかけで傘のマナーが見直されて良かった。今日も雨の日だったが、実際何も問題がないし。そう思った時だった。


 意外な客が来店してきた。ニーナだった。しかも顔が重い。何か引っかかった。もしかしてニーナは傘泥棒の犯人?


 その可能性はありそうだ。ニーナは怪我をしていたし、小柄だ。マナーの悪い傘の持ち方に人一倍心を痛めていたとしても不思議じゃない。


「え、ええ。わたしが犯人です」


 ジェマおばさんと共に問い詰めたら、あっさりとニーナは折れた。


「背の高い人や体格がいい人には、わたしの視界とかわからないし」


 そう口を尖らせるニーナ。同情はできる。そう、苺のケーキと同じかも。見る人によって世界が変わって見えること、初めてリアルで実感してきた。


「まあ、でも結果的には解決したんだから、良いんじゃない?」


 ジェマおばさんも責めない。そのかわり苺のショートケーキをニーナの前におく。


「アリサの国ではお祝いのケーキみたいよ。全部解決したお祝いにどうぞ」


 ジェマおばさんの声、優しすぎた。ニーナは泣いてしまい、二度と泥棒騒ぎなんて起こさないと約束し、今度こそ本当に全部解決した。


 ちなみにニーナが晴れの日に盗んだ傘は、カフェに一部寄付され置き傘となった。これで傘がないお客さんも安心して帰ってもらえる。


「アリサ、ホットコーヒーを」


 今日も閉店間際、ルイスがやってきた。いつものようにコーヒーを楽しでいる。気づくと窓の外は雨が上がり、綺麗な空が見えた。


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