第7話 オーツ麦のクッキーとワガママ令嬢
日本人のわたしからすると、この異世界では意外な菓子が人気だったりする。オーツ麦のクッキーはカフェでも人気上位だ。一体なぜだろう?
「町内会長、お待たせしました。オーツ麦のクッキーとアイスコーヒーです」
わたしはカフェの常連客の町内会長に給仕をしていた。町内会長、新しいものには抵抗がないタイプだ。実際、カフェの新しいメニューもよく試し、ここ最近はプリンアラモードばかり注文していたが、なぜか今日はオーツ麦のクッキーを注文。
別に不味い商品ではない。ジェマおばさんがおいしく焼きあげ、ザクザクとした食感も楽しいのが、わたしはこの地味なクッキーがなぜ人気なのかわからない。
「いや、オーツ麦のクッキーは落ち着く味なのよね。実家の味というかさー」
そう語る町内会長、いつもはやりてのマダムって雰囲気なのに、目尻が下がり、本当に実家にいるみたいだ。
「そうよ、アリサ。オーツ麦のクッキーはわたしたの遺伝子に組み込まれている味ね」
いつのまにかジェマおばさんも側にやってきて、町内会長に同意。
「いい? アリサ、すっごい美味しいものは別に正義じゃないわ」
なぜか町内会長、熱く語る。
「いくら美味しいものでも飽きるもの。六割ぐらい美味しいものが毎日食べたいっていうか。わかる?」
わたしは町内会長の声を聞きながら考える。そうだろうか。わからない。オーツ麦のクッキーの良さ、わたしにはよくわからない。むしろ日本で人気があったスイーツをこの異世界でも開発したかったが、それだけた正義ではないのだろうか。
そんなことを考えつつ、カフェの仕事を忙しくこなす。気づくともう閉店時間間際だ。
「あー、本当にエリカって令嬢嫌いだわ。ワガママですごい目立つし」
来店していたアグネス、今日は愚痴ぽっい。レオの一件が解決したと思いきや、まだまだ不満があるらしい。特に学園でアイドル的人気を誇るエリカという令嬢が苦手なんだそうだ。
「いつもツンっとしているし、なんか偉そうな見た目で苦手」
そう言ってチョコミントパフェを食べるアグネス。眉間に皺がよりおいしくなさそうだ。
「アグネス、食べている時に愚痴はおよしなさいよ」
「ジェマおばさんの言う通りよ。アグネスだって十分可愛いんだから、文句ばっか言わないの」
たぶん、アグネスがこんな愚痴ぽっいのも嫉妬しているからだろうと思う。一応この乙女ゲーム世界のヒロインではあるわけだし。
「べ、別に嫉妬なんてしていないし!」
図星をつかれて居心地悪くなったのか、アグネスは顔を真っ赤にして帰って行った。
そして入れ替わりのように、学園の生徒が来店。金髪の縦てロールが目立ち、目も宝石のように大きい。派手なタイプの女生徒だった。
「ちょっとおばさん方。さっさとチョコミントパフェとオーツ麦のクッキー、コーヒーも持ってきなさい」
しかも顎で注文してくるじゃないか。脚も組み、とても態度が悪い。
昭和ど根性女のわたしだ。こんな行儀の悪い生徒は即説教したくなったが、なぜかジェマおばさんは大笑い。しかも名前まで聞きだしていた。
「わたしはエリカよ」
それを聞き、アグネスの言っていたワガママ令嬢が目の前にいると理解した。確かにこんな態度ではアグネスも文句を言いたくなる。腑に落ちてしまったが、ジェマおばさんは一ミリも不快そうな態度を表さず、エリカの注文したメニューを作りに行ってしまう。
わたしも慌てて厨房に行く。
「ジェマおばさん、あの子放っておいていいの? 注意した方が良くない?」
「いいのよ、いいのよ」
ケラケラと笑うジェマおばさん、意味不明だ。確かにジェマおばさんは良い人だけど、そんなワガママ令嬢に甘いタイプだったとは意外。むしろ注意でもしそうなタイプに見えるのだが。
「本当にいいの? ジェマおばさん」
「いいのよ。それにこのオーツ麦のクッキーを食べるお客さんに悪い人はいない」
「嘘〜?」
自信満々の語るジェマおばさん。本当に信じられない。
「この国にはそういうことわざがあるの。オーツ麦のクッキーを食べる時に悪さはできない」
「へえ、知らなかったわ」
「あとオーツ麦のクッキーを笑って一緒に食べられる人は生涯の伴侶となるっていう言葉もある」
「へえ……。このクッキーはこの世界で大事なものだったのね」
正直、文化のギャップはわからないが、それだけは理解できる。尊重したい。逆に日本の食文化をバカにされたら嫌だもの。
「うん、わかったわ。このオーツ麦のクッキー、エリカに届けに行く」
わたしは皿をもち、オーツ麦のクッキーをエリカのテーブルに運ぶ。相変わらず態度が悪かったが、ザクザクとこのクッキーを食べている姿は、憎めない部分があった。
ジェマおばさんの言う通りかも。オーツ麦のクッキーを食べる人に悪い人はいない?
こうして数日がたった。驚いたことにエリカは毎日のように来店し、オーツ麦のクッキーを注文して帰って行った。
態度はずっとワガママだったが、ジェマおばさんもわたしも特に問題はないなと思っている時。
騎士団のルイスがやってきた。顔はお疲れの様子。これは何か事件があったと察するものがある。
「ルイス、ホットコーヒーよ」
わたしはルイスがすきなホットコーヒーをテーブルに運ぶが、苦いため息をついていた。
「ルイス、何があったのよ?」
ジェマおばさんも心配そうに聞いた時、ようやく事情を話してくれた。
「実は学園の生徒のエリカが何者かに突き落とされたらしい。階段で突き落とされ、前置一週間のケガで」
「本当?」
まさかエリカが被害に遭うなんて。驚きというより心配のが先立つ。
「犯人はわかってるんだ。証言もある。エリカの熱狂的なファンのネイトっていう男子生徒だ。動機は告白して振られた腹いせらしい。といってもネイトは上級国民だしな。逮捕できるかどうか……」
ルイスはさらに苦いため息。
「その上、なぜかエリカの証言もおかしい。逆にネイトを庇うような発言もあってお手上げだよ。なんなんだ、この不可解な事件は」
悩ましいルイスを見ていたら、私まで頭の中が「?」で埋め尽くされそうだった。
「エリカは実はいい子で、ネイトを庇っているってことかしら?」
一応ルイスに自分の意見を言う。わたしの予想に反し、ルイスは首を振る。
「それはないだろう。学園ではこの一件でさらにエリカのアンチが増えたらしいね。なんか、わざわざ嫌われるようなことしている気がして違和感があるな」
ルイスのぼやきを聞きながら、ジェマおばさんも珍しく笑顔が消えていた。
「オーツ麦のクッキーを好きな人に悪い人はいない……」
ジェマおばさんのつぶやき、わたしの耳にはしっかり届いていたが、ルイスには届かなかったらしい。
こうして事件は何の進展もしないまま、一週間がたった。まだエリカは来店してこない。常連客の町内会長はダラダラとカフェに居座っていたが。
今日も町内会長、オーツ麦のクッキーを注文し、ザクザクと噛み砕いていた。その顔は笑顔だ。本当に実家にいるようなリラックスした表情。
「あら、アリサちゃん。冴えない表情ね。なんかあったの?」
町内会長に言うのもどうかと思ったが、一応エリカの事件について相談してみた。
「なるほど……。そのエリカちゃんて子さ、本当はワガママ令嬢でもなくて、目立つのも嫌何じゃない?」
町内会長、オーツ麦のクッキーを食べ終えると、そんな事を話す。
「え、そうかしら?」
「カフェでの態度の悪さもわざとよ。わざと嫌われようとしいた。まあ、ネイトについてはやりすぎてで、うっかりケガしちゃったってことでは?」
町内会長の推理、わからない。ただジェマおばさんは手を叩き、拍手をしていた。
「それよ。目立ったり人気があるのだってリスキーよ。エリカは本当は地味なオーツ麦のクッキーみたいな子じゃない?」
ジェマおばさん、そういうと、町内会長と大笑いしておた。
その笑い声を聞こながら思い出す。元いた世界でもSNSでの炎上をよく目にしていた。確かの目立ったり人気があるのも一種のリスクだ。
それに弟や妹も同様だったと思いだす。確かテストでもわざと手抜きし、満点を目指していないとか言っていた。大勢の前で先生に褒められても嬉しくないと言っていた。昭和ど根性女のわたしにはよくわからないが、あり得る話だ。
「そうよ。わたしはこんな見た目だけど、本当は全然目立ちたくないわ。だからわざとみんなに嫌われるように態度を悪くしていたのに!」
いつのまにかエリカが来店していた。しかも泣きながら事の事情も話してる。その表情は態度の悪いワガママ令嬢には決して見えなかった。
「ネイトにも嫌われたかったのに、やりすぎたわ。思わずケガをさせられたわ。ねえ、これってわたしもちょっと原因があるわよね?」
泣いてるエリカ。もうどこにもワガママ令嬢の面影はない。
結局、ルイスに通報した。騎士団が間に入り、エリカとネイトとの間の誤解も解け、示談となったそうだ。こうして事件は解決し、エリカは地方の親戚の家へ引っ越したのだという。
オーツ麦のクッキーは相変わらずカフェで人気だ。今日もルイスが注文し、ザクザクと食べている。
美味しそうに食べているルイスを見ていたら、わたしも食べたくなってきた。
「やっぱりこのカフェで、アリサが届けてくれるオーツ麦のクッキーは美味しい」
なんていうルイス、目尻が下がってる。いつもの真面目そうな面影も薄い。わたしもつられて笑いそうになってくる。
とりあえず、この異世界でオーツ麦のクッキーが人気の理由はわかった気がする。




