第6話 ラスクの実力とモブキャラの証言
異世界の生活といっても別に暇じゃない。むしろジェマおばさんと二人でカフェを経営しているし、今日はサンドイッチの大量注文があった。
「あー、忙しい!」
わたしは叫びながら、パンを切り、キュウリやキャベツを刻み、マヨネーズと混ぜていた。他にも調理器具の洗浄や他の食材を洗ったり切ったり息を吐く暇もない。
このサンドイッチの大量注文、隣の学園のカフェテリアからだった。なんでも学園では芸術鑑賞会の授業が続き、その一環で軽食も出すらしい。わたしたちのカフェに白羽の矢が立ったのは嬉しいけれど。まさに嬉しい悲鳴!
「アリサ、まだまだよ! まだ注文の三分の二ぐらいしか終わっていないわ!」
「ジェマおばさん! まだ!」
「ええ! でも頑張りましょう!」
昭和ど根性女のわたしだ。いくら忙しくても負けたくない。ジェマおばさんと共に声を上げ、なんとか大量のサンドイッチを作り終えた。あとはこれを配達するだけだ。ほうっと一息と言いたいところだったが、パンの耳が大量に余っていることに気づいた。
「ジェマおばさん、これまさか廃棄?」
「そうよ。パンの耳なんてどうしろっていうのよ?」
「ダメ、絶対!」
貧乏一家出身のわたし。パンの耳は生命線だった。よく近所のパン屋から無料で貰い、砂糖をかけて焼いたり、オリーブオイルとコショウで味付けして食べていた。これを捨てるなんて断固として阻止したい!
「無料で配ってもいいんじゃない! もったいない!」
「アリサ、そこまで言う? といってもセレブな学園の生徒たちが無料で欲しがってとも思えないし」
「だったらジェマおばさん、これでラスク作って売ろう! シュガー味とペッパー味を作るのよ!」
「ちょ、アリサ。鼻息が荒いわね……」
ジェマおばさんは呆れていたが、わたしのパンの耳愛に折れてしまった。何回か試作を繰り返し、シナモンシュガー味とペッパーガーリック味のラスクを開発。大きな袋にパンパンにラスクをつめ、ジャンキーな見た目で売ることに。
最初はカフェの雰囲気に合わないと常連客には不評だったが、以外と学園の生徒に人気だった。といってもセレブな生徒というよりは、地味なタイプの生徒たちに人気だ。乙女ゲームの学園世界だ。地味なタイプでもイケメン揃いだったりするが、この世界ではモブキャラらしい。
まあ、学園のそばで暮らしているわたしもイケメンのインフレっぷりに慣れてしまったし、ありがたみは薄れていたけれど、こうしてラスクが好評で微笑ましいと思っていた。
「ねえ、ジェマおばさん。今日もラスク完売だったわ」
「そうねぇ。くやしいけれどアリサの言う通りだったわ」
今日も閉店間際、カフェのテーブルを拭きながらジェマおばさんと話す。もう常連客も帰ってしまったし、そろそろレジも閉めようかという時だった。
「あら、アグネス?」
アグネスが客としてやってきた。この乙女ゲーム世界ではヒロインの彼女。メンタルが強く、甘いものにも目がない彼女は、いつもご機嫌だったのだが、今日は珍しく落ち込んでいた。顔色も悪い。せっかくジェマおばさんがチョコミントパフェを作って持っていったのに、食べていない。
おかしい。アグネスの好物なのに。
「アグネス、どうしたの?」
おせっかいだろうが、聞いてしまった。ジェマおばさんも同様に心配している顔だったし。
「じ、実はさぁ……」
アグネスは言いにくそうだったが、事情を説明してくれた。
最近、学園にレオという生徒が転校し、生徒会長までやっているという。
「やっているっていうかエラソーにふんずりかえっている感じ。前の生徒会長たちが逮捕されたじゃん? だからその空いてる席に上級国民のレオが来たんだけど」
そのレオからなぜか一目惚れされたアグネス。もちろん断ったそうだが、レオが逆恨みし、あることないことを噂をたてられ、教師も買収され、成績も不当に低くつけられているという。
「それに他の生徒もレオにいじめられているらしいわ。でも、あいつ上級国民で魔法も使えるの。もういくら先生の言われても無駄って感じ」
そう言い終えたアグネス。とうとう泣き出してしまった。あんなメンタルが強いアグネスが泣き出すのはよっぽどだと察する。
思わずジェマおばさんと顔を見合わせるが、これはどうしたら良いのだろうか。わたしたちだって上級国民に被害を受けたことはあった。一応解決したが、法律では裁けなかった。この場合、どうしたら?
ちょうどそこに騎士団のルイスが来店!
グッドタイミングだ。ルイスのお気に入りのホットコーヒーを淹れると、この件の解決してと言う。言うというより文句って感じだったけど。
「そうか。学園内の嫌がらせか……」
しかしルイス、一応話を聞いてくれたが、歯切れは悪い。表情も曇っていた。
「すまないが、我が国では嫌がらせやいじめなどしちゃいけないって法律は無いんだよ」
このルイスの発言に一同大ブーイングだ。特にジェマおばさんはイライラを隠せていない。
それでもわたしはルイスの言い分は少しわかる。元いた世界でもはっきりといじめやパワハラを裁く法律はない。被害者が声をあげたり、証拠を集めたり、訴えたりして初めてそれが問題になる。だからSNS上のいじめやパワハラの私刑も絶えなかった。
「ちょっと、ルイス。騎士団は一体何の仕事をしているのよ? 市民の平和を守るのが仕事でしょ?」
ジェマおばさんはルイスを責めてる。ルイスはすっかりたじたじだったが、「その証拠やはっきりとした証言は集まれば騎士団でも問題として扱う」と言い残し、さっさと帰ってしまった。まあ、いくら真面目なルイスでもこんな風に責められたら逃げたくなるだろう。
「大丈夫よ! わたしたちが嫌がらせの証拠や証言を集めるからね!」
ジェマおばさん、アグネスにそんな安請け合いしていいの?
わたしは首を傾げることしかできないが、乗り掛かった船だ。ジェマおばさんと一緒にこの問題を解決することに。
まずは学園のカフェテリアに注文商品を届ける時、それとなく探ってみることになった。
「もう本当にそんな嫌がらせをする男は許せないわよ!」
ジェマおばさん、朝からぷりぷり怒っていたけれど、注文商品のサンドイッチは完璧に仕上げ、わたしと一緒に学園に潜入成功。
まずはカフェテリアに届けた後は、校舎のほうへ向かい、職員室の方へ歩く。
しかし、やっぱり部外者は入れないみたい。あっという間に用務員さんに捕まった。
「っていう事情でここに来てるのよ」
用務員さんはカフェの常連客でもある。わたしは事情を説明した。ジェマおばさんはラスクの包みを渡して用務員さんを買収。
「お、おぉ。このラスクの袋気になっていたんだよな」
用務員さん、ラスクをポリリ食べながら顔が柔らかくなっていた。すきがある。わたしはここで何か変わったこちはないか聞く。
「うーん、確かに校舎裏でレオっていう生徒が地味そうな生徒を揶揄っていたのみた。っていうかこのラスクうまいなぁ」
これは大きな証言ではないか。さらにカフェのクーポン券を渡し買収すると、こっそりと校舎裏まで行っていいという。
「本当ありがとう!」
ジェマおばさんともどもお礼を言うと、校舎裏まで歩く。目立たないように忍び足だった。なぜかジェマおばさんはラスクの袋を抱えていたが、その意図は不明。
「金出せや!」
目立たないように忍び足で校舎裏に行って大成功だ。男子生徒が地味そうな生徒からお金を奪っている姿を確認した。この男子生徒はおそらくレオだろう。アグネスの証言と一致している。
「おまえのような血筋の悪い連中なんて、俺に逆らえるとおもうなよ!」
レオは地味な生徒を殴りつけると、去っていく。
入れ替わりわたしたちはその生徒に近づく。口元に傷があり、とても痛々しい。というかあのレオって生徒想像以上に悪党じゃないの。アグネスも弱る気持ちがわかった気がする。
「ぼ、ぼく。もうレオには勝てませんよ」
被害を受けた地味な生徒、ユウルという名前らしいが、もうすっかり牙を抜かれていた。わたしたちが説得しても、教師どころか騎士団にも告発したくないらしい。
「ユウル、男だろ? そんなんじゃダメだよ」
わたし、ついつい昭和ど根性女モードで説教してしまったが、ジェマおばさんは案外優しい。傷口にハンカチを当てると、例のラスクを一袋与えた。
「ウチのカフェでよくこれ買ってくれたよね。いつもありがとう」
「え、ジェマおばさん! ぼくみたいなモブキャラでも覚えていてくれたんですか?」
「当たり前じゃないか。ユウルは大切なお客様だよ」
「ジェマおばさーん!」
なぜかユウルとジェマおばさん、号泣しながら抱き合っている……。その光景、茶番じみてはいたが、ユウルの心を動かしたのは事実だったらしい。
その後、ユウルは騎士団に今までのレオからの被害を全て訴え、ほかの生徒の嫌がらせの目撃談も証言した。これが正当だと認められ、学園に騎士団の調査も入った。レオはもちろん退学処分となったが、買収されていた教師も懲戒退職となったそう。
「ジェマおばさん、ぼくはずっと地味なモブキャラと思っていましたが、この一件で自信がつきました」
平和が戻った後、ユウルがカフェにやってきた。最近は筋トレや美容に目覚め、地味な雰囲気がなくなり、目に見えてイケメンになった。いや、元々は素材が良かったのだから、イケメンに戻ったという方が正しいのかも。
「よかったね、ユウル。はい、ラスクもおまけ」
「ありがとう、アリサさん」
そうお礼をいうユウル、もうモブキャラらしさは完全に消えてしまっていた。
「へえ……」
一方、ユウルと会話するわたしを見てルイスの表情は微妙だった。ラスクをポリポリと齧りながら、なんとなく不機嫌そう。
「ルイス、面白いわね!」
そんな様子にジェマおばさんも笑っていた。わたしはルイスが不機嫌な理由はよくわからないけれど、とりあえず今日もカフェは平和だ。




