第5話 プリン論争と悪役令嬢の素顔
異世界にも元いた世界にも共通して存在するものがある。まあ、同じように見えても微妙に違ったりもする。例えばプリン。
「ジェマおばさん、この世界でもプリンがあるの?」
「そうよ。アリサも試食してみる?」
ある日、カフェの厨房で仕込み中の時、ジェマおばさんがプリンを作っていた。常連も町内会長からの予約注文らしいが、驚いた。わたしが知っているプリンとは違う。いや、味は全く同じなのだが、トロトロしすぎていた。やわらか過ぎるというか、元いた世界のプリンもやわらかものも多かったが、それよりもっと水っぽいというか……。
「これ、本当にプリンなの? 信じられない。わたしが知っているプリンはもっと固いのよ。ゼリーぐらいの固さ」
かくいうわたし、プリンは固めのが好きだったし、この異世界のプリンに違和感が募ってしまう。
「この国の人たちは基本的にスイーツはやわらかいもんが好きだからね」
「だからこの店のシフォンケーキも柔らかいの? 綿飴みたいにフワフワだね」
「アリサの言う通りよ。プリンは柔らかい方が圧倒的に好まれるわ」
ジェマおばさん、鼻の穴を膨らませ自信満々だったが、やっぱり違和感。固いプリン、この異世界でも全く受け入れられないのだろうか?
「ねえ、ジェマおばさん。固いプリンってどう?」
「えー、いやよ。そんなの邪道!」
「そんなぁ。でも一回ぐらい試作してみない? わたしがいた世界では固いプリンも主流で」
「あら、本当?」
新しいものが好きなジェマおばさんだ。ちょとプリンの固さで喧嘩になりかけたが、とりあえず試作を作ってみることに。
カフェが閉店後の夕方、わたしは覚えている限りのプリンの材料やレシピを伝え、ジェマおばさんと試作を共作した。
「あれ? 固いプリン、案外良いじゃないの。それに台形の見た目も悪くない。ガラスの器によくあうし」
「でしょう?」
試食しているジェマおばさんの表情、ご機嫌。これは悪くなさそうだ。
「元いた世界にはプリンアラモードというスペシャルなメニューもあって」
「何よそれ、アリサ。早く言いなさい!」
「プリンだけじゃなくてクリームやフルーツいっぱいにデコレーションするスイーツで」
「それ、絶対美味しいやつよ!」
ジェマおばさん、プリンアラモードにも興味深々。結果的に固いプリンもメニューに取り入れることになった。といっても、お客さんの反応はどう転ぶかわからない。期間限定で二週間だけ試すことになった。もちろん、通常通りやわらかいプリンも販売する。別にわたしはこの異世界のスイーツを否定したいわけじゃないし、いい感じに共存できればいいなと思っていただけ。
「あら、何この固いプリン! 新感覚! 気に入ったわ!」
まずは常連客の町内会長の評判はよく、わたしもホッとする。
「そうかね。こんな固いプリンはプリンじゃないよ。実に邪道だ。いいか、プリンというものにはロマンと哲学があり、固いプリンなんて認めん」
一方、常連の歯医者さんは固いプリンは一認めず、町内会長とも喧嘩しそうな勢い。
「そうですよ。やっぱりプリンはやわらかなのがいい。実に優しいお味」
学園の用務員さんもやわらかい派だ。
「ふん! 何言っているのよ。やわらかプリンなんて時代遅れ。固いプリンを食べないなんて人生損しているし」
一方、町内会長は全く折れない。元々、ジェマおばさんのゴシップ仲間だし、店も何軒か経営しているやり手だ。見た目は上品そうなマダムに見えるが、とっても気が強い。そんな感じでプリン論争が勃発中。カフェの空気もなんだか重い。
わたしはこの様子を見ていられなくなり、厨房でシフォンケーキを焼いているジェマおばさんに聞いてしまう。
「こんなんでいいの? たかがプリンで論争が起きて険悪なムードだよ?」
そう言ってもジェマおばさんは口笛を吹き、呑気だった。
「いいのよ、いいのよ。放っておきなさい」
「えー、でも。このまま喧嘩でも起きたら?」
「大丈夫」
その自信は一体どこから来るのか謎だったが、噂が噂を呼び、カフェのプリン目当てでお客さんが増えてきた。
「わたしは絶対固い派!」
「いえ、わたしはやわらかい派だし!」
観光客のお客さんまで論争しているぐらいだったが、不死語と大きな喧嘩にまでは発展して居なかった。謎だ。むしろ、論争するのを楽しんでいるような?
ジェマおばさんが放っておきなと言った意味、なんとなく分かる気もしてきた。話題になれば良いのかもしれない。確かになんの論争にもならず、優等生的なスイーツを出してもファンが生まれるかは謎だ。
そう納得していた時だ。閉店間際、隣の学園から生徒が一人カフェにやってきた。
「こ、こんにちわ……」
おとなしそうな生徒だった。どこかオドオドとし、自信もなさそう。よく言えば繊細なタイプ。間違ってもアグネスとは同じタイプとは言えないだろう。
そんな生徒もお客さんだ。わたしとジェマおばさんは精いっぱいおもてなしをする。
「最近はプリンがおすすめですよ」
「え、プリン?」
生徒はなぜかプリンという言葉に反応し、尻尾を巻いて逃げていった。その姿はまるでリス。
「え、あの子、なんだったの?」
ジェマおばさんも不審がっていたが、思い出した。あの子、この乙女ゲーム風世界の悪役令嬢じゃないの。確か名前はリリスだ。商家のお嬢様で、ヒロインをいじめぬくキャラクターだったが。
「あの子がいじめ……?」
とてもそう見えない。あの強いヒロイン・アグネスにいじめをしようもんなら何倍も仕返しされそうだし、そもそももう攻略対象は牢屋の中にいる。
どうも乙女ゲームのシナリオとはずれているどころか、逆方面に書き換えられてる?
まるで裏面のシナリオでもあるかのような?
そんな可能性を考えるとゾクゾクしてきた。とりあえずもうとっくにシナリオが崩壊しているらしい乙女ゲームの世界。未来は読めそうにないらしい。
そして翌日、閉店間際。珍しくルイスがやってきた。最近は騎士団の仕事で滅多に来られなかったらしいが、なやましい顔だった。
「ルイス、どうしたのよ?」
ジェマおばさんはホットコーヒーを淹れ、ルイスに渡すとズケズケと聞く。うん、このジェマおばさんも繊細さのカケラもない。
「ルイス、本当にどうしたんですか?」
悩ましい表情のルイスを見ていたら、わたしもついズケズケと聞いてしまったけれど。
「いや、君たち口が軽そうだし……」
ルイスは口をもごもごとさせ、言いにくそうだ。元々精悍な顔立ちのルイスだったが、目の下のクマも濃い。
「何言っているんだい。わたしは全く口は軽くないよ?」
「ジェマおばさんの言う通りです! わたしだって口が重いです!」
「ちょ、君たちとっても調子がいいね……」
ルイスは呆れていたが、誰にも口外しないという約束で教えてくれた。
実は数日前から町内会長、アグネス、マリーの家に脅迫状が届いているらしい。三人とも全く気にしていないが、親や親族が気のして騎士団へ通報してきたという。
「なんなんだ? 脅迫状は筆跡から同一人物の仕業とわかっているんだが、三人の共通点が見えない。お手上げさ。犯人がわからないんだ」
珍しくルイスは苛立ちを隠せていない様子だった。
「町内会長はマダム、マリーは雑貨屋経営者、アグネスは学園の生徒だ。たしかに三人とも気が強いタイプだが、なんなんだ? 年齢や属性に共通点もない。愉快犯か、これは」
悩んでいるルイスを見ながら、わたしはこの三人の共通点に気づいてしまった。全員、固いプリン派。しかも固いプリンを食べないのは損しているとか言う過激派!
「ジェマおばさん、ルイス! 共通点わかった! 三人とも固いプリン過激派だよ!」
「まあ、それが原因?」
ジェマおばさんは納得言っていないみたい。確かにプリン若きで犯行するのは割に合わない。
とはいえ、わたしは元いた世界の妹や弟を思い出す。彼らには推しがいた。もうお小遣いを全ツッパするほどハマっている推しがいた。
それにわたしが推しをちょっとでも否定しようものなら、喧嘩に発展することも珍しくなかった。昭和ど根性女のわたしとしても意味がわからない現象だったが、世の中には繊細な人もいる。
たかがプリン。されどプリンだ。自分が好きなものを否定されたら、全ての人格を否定されたような気分になる繊細タイプ、いたって不思議じゃない。
「犯人、たぶんリリスだと思う。隣の学園の生徒の」
そんなことを思い出していたら、犯人もわかってしまった。カフェのやわらかプリン派を思い出すと、繊細タイプは一人もいない。
だとしたら隠れたやわらかプリン派だと考えた時、リリスじゃないかと思った。実際、カフェに来て不審な行動もとっていたし、繊細そうだった。固いプリン過激派に傷つけられたと勘違いし逆恨みしても不思議じゃない。
「えー、アリサ。そんなプリンで逆恨みなんてするー?」
ジェマおばさんはわたしの推理、まったく腑に落ちていなかった。
「いや、アリサが言うのならそうかもしれない。さっそくリリスを調査する!」
一方、ルイスはなぜかわたしの推理に理解を示し、調査を始めてくれた。
結果、リリスの自宅から派書き損じの脅迫状や町内会長たちを逆恨みするメモや日記も見つかり、本人も罪を認めて供述した。
とはいえ、町内会長たちは全く気にせず許していたこと、リリスは未成年という背景もあった。結局、逮捕はされず、北部の修道院へ行くことになり、事件は解決した。
「ジェマおばさん。リリスから手紙が来てるわ」
こうして平和が戻った時、カフェにリリスから手紙が届く。やわらかプリンは亡くなった母との思い出の味だったそう。反省していることも綴られていた。
「なんだ、そんなにやわらかプリンが好きだったら、いつでもわたしに言ってくれればねぇ」
ジェマおばさんは手紙を読みながら、呆れたような同情しているような複雑な表情だった。とはいえ、修道院菓子のレシピも同封されていたので、さっそくこれを再現したいと騒いでもいたが。
プリン論争も収束傾向だ。新しくプリンアラモードをメニューにいれたら、こっちの方が人気になってしまったから。
「ルイス、おつかれさま。プリンアラモードですよ!」
今日も閉店間際にルイスがやってきた。プリンアラモードを目の前にし、目をキラキラさせてる。しばしの間、仕事のプレッシャーからも解放されているようだ。




