第3話 逆襲のコーヒーゼリーと盗まれたレシピ
異世界で犯罪に遭ったらどうするべきだろう?
しかもその犯人が魔法を使いで、立証できなかった場合は。
「ジェマおばさん! 大変! カフェが荒らさられてるわ!」
朝、いつものようにカフェに出勤した。カフェから少し離れた住宅街のアパートメントにジェマおばさんと同居しているわたし。毎朝、ジェマおばさんと一緒に出勤し、掃除して仕込みを始めるのが朝のルーティンだった。
そう、いつもの日常のはず。それなのにカフェに入ると中が荒らされていた。どう考えても泥棒に入られたとしか思えないが、売上はアパートの金庫に置いてある。その他、盗まれたものは見当たらないが、テーブルや椅子もぐちゃぐちゃ。カフェの可愛いインテリアも荒らされいた。無残そのもの。
「あら、また強盗?」
「ジェマおばさん、落ち着きすぎよ。もう強盗団の事件は全部解決しているわ」
「だったら誰がやったの?」
「知らないよ〜」
結局、商店街の人たとや常連客も野次馬に来てしまい、騎士団もやってきた。この異世界、魔法も根付いているらしく警察組織はないらしく、騎士団が治安維持のため仕事をしている。ほぼ警察のかわりといってもいいらしい。
騎士団のルイスもやってきた。落ち着き払っているジェマおばさんに呆れつつも、私から事情を聞き、丁寧に調査してくれた。
「盗まれたものは特にないようだが……。このレシピブックに魔法が使われた形跡がある」
ルイスはレシピブックを見せてくれた。これは店のメニューのレシピが書き込まれている。わたしが出した日本食のアイデアもある。最近看板になったチョコミントパフェのレシピもある。もっともジェマおばさんが改良を重ねたレシピで、日本人のわたしにも再現できない感じ。秘伝といってもいいかも。
「転写の魔法らしい。このレシピブックの情報、魔法で盗んだ可能性がある」
ルイスは言いにくそうだった。こういった魔法がらみの犯罪の場合、立証するのが難しいらしい。この異世界では生まれつき魔力もちの人間が魔法を使える。でもごく僅かだ。多くはジェマおばさんみたいな一般人。そんな魔法を使える人間は「上級国民」とされ、無罪になるケースが多い。
「そんな……」
異世界の無法地帯っぷりに声が出ない。昭和ど根性女のわたしとしてもお手上げ。
「まあまあ、それなら放っておきなさい」
一方、ジェマおばさん落ち着き払っていた。どんと胸をはり、ちっとも動揺していない。元々肝の据わったおばさんだったが、心臓に毛でも生えているのだろうか。
「最近このカフェはアグネスがチョコミントパフェを宣伝してくれたお陰で人気だったからね。大方、どこかのライバルカフェでしょう。おそらく新しくチョコミント関連のメニューを出すカフェが犯人よ」
ビシっと推理するジェマおばさん、なんと頼もしいことだろう。ルイスが目に入らないぐらい。
「どうするんですか、ジェマおばさん。これは立派な犯罪かつ営業妨害でもありますよ。我々騎士団もできるかぎり調査はしますが」
「ルイス、大丈夫よ。放っておきましょ」
どんと胸を叩くジェマおばさん、ルイスもタジタジだ。結局、この犯罪はこのまま放置された。
カフェを片付け、いつものように営業を再開した。が、全然お客さんが来ない。ルイスとアグネスだけは来てくれたが、他の常連客も全滅だった。
「そんな犯罪者たち、わたしがボコボコにするよ!」
チョコミントパフェを食べながら、頼もしいことを言ってくれるアグネス。わたしは涙目になるぐらいだが、ジェマおばさんは実に冷静だった。こんな状況でも恐ろしいぐらい肝が据わってる。
「ジェマおばさん、アリサ。調査結果の報告に来た」
そこにルイスが来店した。一応コーヒーとシフォンケーキを注文してきれたが、その表情は重い。
「王都でチョコミントを出しているカフェが見つかったんだ。ジェマおばさんの予想通り、魔法使いの血筋の男の店だ。小悪魔のカフェっていう店で、オーナーはボビーという。あの日のアリバイもなく、ボビーがおそらく犯人だろう」
犯人がわかって良かったとはならない。そのボビーという男、血筋が良いらしく、ルイスも騎士団長からこれ以上の調査をストップされたらしい。
「そんな犯罪者、わたしがボコボコにするぞ! よくもわたしが愛するチョコミントを盗んでくれたわね!!!」
今にも暴れかねないアグネスを抑えるルイス。本当に板挟みって感じだ。
日本ではブラック企業に勤めていたわたし。中間管理職の板挟み感、既視感ありすぎて同情しかない。この様子だとあったかいコーヒーを飲むのも辛そう。シフォンケーキもふわふわで口当たりはいいけれど、ちょっと重いかも?
「ジェマおばさん! 新しいメニュー思いついた! コーヒーゼリー作らない?」
「あらなにそれ?」
「日本にあったスイーツよ。コーヒーをゼラチンで固めて、ツルプルでおいしいやつ!」
「まあ、そんなの作るしかないわ!」
「ちょ、ジェマおばさんもアリサも事件そっちのけで新メニューの開発?」
この様子にルイスもすっかり呆れていたが、コーヒーゼリーの試作品、予想通りに大好評。アグネスも気に入り、さっそくカフェの新メニューに取り入れた。
もっとも、ボビーのせいで王都ではチョコミントパフェが大流行してしまい、わたしたちはパクリ扱いの噂がたっているぐらいだ。それでも新しくコーヒーゼリーを作り、試食会なども地道に続け、ようやく今日、常連客の町内会長がカフェに戻ってきた。
「うーん、このコーヒーゼリーってやつ美味しいわ。つるんとしていて舌触り最高じゃない」
ジェマおばさんと同年代でやり手の町内会長ではあったが、コーヒーゼリーの味を気に入ったらしい。わたしもとりあえず胸を撫で下ろす。
「ところでジェマ。最近、わたしも王都に行ってきたんだけど、例のボビーって男、かなり女癖が悪いらしいわ」
「マジで?」
町内会長とジェマおばさん、噂はなしで盛り上がっている。いつもこの二人、噂だいすきでだったけれど、これは聞き逃せない。
・犯人のボビーは女好き
一応、手帳のメモ帳に書いておいた。
そして翌日。町内会長がコーヒーの噂を広めてくれた為か、他にも常連さんが戻ってきた。
「コーヒーゼリーか。プルプルでおいしいな、これ。おぉ、トッピングでバニラアイスもつけられるのか。それもうまいな」
町の歯医者さん、本職も忘れてしまうぐらいコーヒーゼリーに夢中だった。その隙にボビーにつて何か噂を知らないか聞いてみることに。
「あぁ、そういえば患者さんから噂聞いたことあるな。ボビーって男、かなりの女好き。バツイチらしいね」
・ボビーはバツイチ。
一応、手帳のメモ帳に書いておいた。一体これがボビーの犯罪を立証するものになるかは不明だけど。
日本では貧乏一家出身だったし、お菓子の箱なんかも収納に使っていた。昭和ど根性女らしく、もったいない精神でなんでも使っていた。母の教えだ。こんな一見無駄に見えるような噂話も何か生きるかもしれないし。
そして次の日。今度は学園の用務員さんも来店した。学園はこの異世界、乙女ゲームのメイン舞台でもある。用務員さんも例に漏れずイケオジだった。コーヒーを飲む姿が渋い。
「これが噂のコーヒーゼリーか。コーヒー好きとしては見逃せないね」
用務員さん、目を細めてコーヒーゼリーを楽しんでいたが、最近、深夜にカフェの周辺であやしい人影を見たという。
「誰?」
ジェマおばさんも身を乗り出す。わたしも耳をダンボ 化させる。
「なんか綺麗な女だった。マダムって感じ。ここに用があるみたいだった?」
これがボビーの事件と関連がある?
さっそくわたしとジェマおばさん、夜もカフェに帰らず、怪しい女性を待った。シフォンケーキも焼く。この匂いに釣られて来ることも期待しつつ。
その作戦は大成功だった。店も前にウロウロしている女をジェマおばさんが捕まえ、事情を聞くことに。女の名前はデリスというらしい。年齢は三十ぐらいだったが、落ち着いた美人だ。
「実はわたし、ボビーの元妻です……」
「まあ! あの犯人の? 実際はどういう男なん?」
ジェマおばさん、ゴシップのノリで聞いてる……。でもそのおかげでデリスも緊張が解けたらしい。ボビーに無理矢理追い出され、愛人がボビーの店に居座っているドロドロ愛憎撃もきかせてくれた。
「ボビーはライバル店からレシピを盗むのも日常茶飯事でした。あなたのお店も被害を受けたと思い、いてもたってもいられず……」
「まあ、デリス。わざわざ教えに来てきれたん? ありがとう!」
熱くお礼を言うと、デリスは涙ぐむ。ジェマおばさんも同様だ。シフォンケーキもすすめ、他にボビーの弱点がないか聞く。その目はかなりゲスい。
「あー、あとボビーはよく食品偽装していたわ。やっすい卵を平飼いって言ったり、オーガニック野菜っていうのも嘘よ。賞味期限なんて無視してたから」
ジェマおばさんの目がキラリとひかる。ニヤリと口元を歪ませると「大変! ゴシップの大ネタがキター!」と大笑いしていた。
デリスの告白ははっきりした証拠はなかったけれど、ジェマおばさんや町内会長、その他町のみんなが噂を広め、結果、王都にも届き、ボビーのカフェも大幅に売り上げが落ちこんでいるらしい。また数々の女性トラブルもあったようで、女に刺されたという。一方、わたしたちのカフェはコーヒーゼリーが好評で、売り上げもV字復活。逆襲を遂げた。
「ということでボビーの店は営業停止中らしいですよ、ジェマおばさん」
ルイスがその顛末を教えてくれた。かなり呆れている。いわば騎士団に頼らず、ゴシップでこの犯罪を片付けたのだから。
「わたしたちの仕事が無いじゃないですか……」
といっても、ルイスはコーヒーゼリーを前にしたら、気が抜けたような目を見せてきた。
「まあ、コーヒーゼリーが美味しかったらいいでしょう?」
ルイスは反論してこない。コーヒーゼリーをもくもくと食べていた。




