番外編短編・まさかの元カレ
初めての彼女ができて俺は調子に乗っていた。
「やっば。どうしようー」
俺は一人、頭を抱える。戸川優、二十歳。理系の大学に通っていた。
今までずっと男子校で育った。今の大学もほぼ男しかいない。勉強やバイトに明け暮れ、真面目を絵に描いたような男と言われた。実際そうだと思うが、初めての彼女ができて調子乗った。またアプリに手をだして浮気もしてしまった。
「どうしよう。なんで俺、浮気なんてしちゃったんだ」
日に日に罪悪感が募る。しかも浮気相手からはチー牛だとバカにされ、お金も盗まれてしまった。警察に通報するとマッチングアプリで真面目そうな男をターゲットにした詐欺師だったらしい。
「あぁ、有紗。俺は本当に悪いことをした」
彼女の有紗には謝る。事実をそのまま伝えるしか方法しかないし、これ以上有紗に顔向けできない。結局別れることになった。
「あぁ……」
有紗と別れてからは、後悔で夜な夜な泣いていた。罪悪感もあったが、それ以上に有紗を失った悲しみが上回る。母や妹からは「本当に女々しいチー牛だね!」とバカにされていたが、仕方ない。
時間がたてばたつほど、有紗の眩しい笑顔が瞼に浮かんでしまう。思えば女神のようにいい女だった。真面目で優しく、昭和ど根性女でもあり……。
「でも、いつまでも女々しいチー牛のままじゃ復縁なんて無理だ。変わらないと……!」
そう決意した俺はジムに通い、ダイエットも成功させた。妹に髪型やファッションのアドバイスをしてもたい、見た目はチー牛脱却。あとは中身だ。スキルも磨き、薬学研究者にもなった。難病や癌治療のための医薬品開発の仕事だった。他にも話し方や発声も学び、気づくと、マッチングアプリでモテモテだった。
「いや、アプリじゃない! 俺はアリサと復縁するんだ!」
このタイミングだったら有紗も振り向いてくれるかもしれない。SNSやトークアプリはブロックされているので、メールアドレスにメッセージを送った。これまでのことはもちろん、どれだけ有紗が好きなのか合計一万文字にも及ぶメールだ。
「なぜだ? 有紗からメールの返事がない……」
どうやら無視されているらすい。また頭を抱える。スマホを片手に握りしめながら、もうどうしたら良いのか全く分からない。
そんな歩きスマホがよくなかったのだろう。突進してきたトラックに避けられず、あっという間に意識が消えてしまった。
「お、俺は死ぬのか……?」
消えかける意識。有紗の笑顔しか考えていなかった。
◇◇◇
目が覚めると、おかしなことに気づいた。なんか近世ヨーロッパ風の街並みが見えるんだが。道を歩く人もみんな西洋風の顔なのだが。
「は? なんだこれは?」
しかも今の俺、騎士の格好だ。視界も高くなってるし、どういうことか。
急いで公衆トイレに駆け込む。鏡を見ると絶句した。全く別人になっていたから。どうやら騎士? 若い男?
「なんじゃこれは。異世界転生か?」
同時にこの男の記憶も流れてきた。ルイス・アーモンドという騎士の男。若くして騎士団で出世もし、真面目で有名らしい。そこは俺と同様で、好感度はあったが、どういうことだ。
「やっぱり異世界転生か……」
ルイス・アーモンドの記憶があるので生活には困らない。騎士団の上司にも俺の中身は気づかれていないが、このままでいいのか。
この世界の医学や薬学は進化していない。少なくとも元いた世界より劣っている。俺の知識だけでも、だいぶ進化させることはできるだろうが……。
「だめだ。この世界にはこの世界なりの進歩スピードがある。それに魔法もある世界だ。俺の知識を使ったら、何が起きるか保証もない……」
そう思った俺、もうこの記憶は消したくなった。完全にルイス・アーモンドとして一生を終えたいと思う。有紗のことを思い出しても辛いしな。
それに偶然、とある教会では記憶を消せる神父がいることも知った。これは相談してみる価値があるだろう。
「そうですか。前世の知識を消したいのですか」
「ええ、神父さん。もう戸川優の記憶も知識も未練ないです。ルイスとして生きます」
本音では有紗にだけは未練はあったが。いずれにせよ、この異世界にいる限り、有紗に会えることはないのだから。
「では、本当に記憶を消します。いいですか?」
「ええ」
涙は出た。口元が塩っぱいなぁ。でも仕方がない。もう二度と有紗に会えないのなら全部同じ。
さようなら、有紗……。
◇◇◇
俺はルイス・アーモンド。騎士だ。真面目とか堅物とか言われてるけど、本当は甘いものが好きなんだよなぁ。
担当地域のパトロールの帰り、カフェに寄ってみた。ジェマおばさんというちょっと騒がしい店長のお店だ。でもシフォンケーキの味は確かだ。騎士としては恥ずかしいので、あんまり行けないが。
「あれ?」
しかしカフェを覗いて驚く。ジェマおばさんはいない。代わりに異国の女性が働いていた。小柄だがキビキビと働き、笑顔がまぶしい。
急に心臓が跳ねた。わからない。このままカフェに入る勇気もなくて逃げたけど。
「誰だ、あの女性は……」
なぜか懐かしい気もする。あの笑顔、どこかで見たことあるようで、胸がキュンキュンうるさい。




